佐々木健太の目尻がわずかに細まり、鋭い眼光が田中の息を詰まらせた。
だが彼は、この男に抑えつけられるまいと決意していた。
わざと甲高い声で叫んだ。
「ここは佐々木家だ!お前に口出しする権利はない!佐藤美咲との件はなおさらだ!さっさと出て行け!」
健太は薄い唇をきつく結んだ。「随分と図太いな」
その時、高橋がノックして部屋に入ってきた。
「社長、監視カメラの映像をお持ちしました」
田中俊彦の右瞼が突然ピクピクと痙攣した。
この男が"社長"と呼ばれた?
佐々木家の人間はほぼ顔見知りだ。会ったことがなくてもニュースで見たことはある。だが目の前の男は記憶にない。
まさか…?
彼が顔を上げて佐々木健太を見ると、その端整な顔に沈んだ怒気が漂い、投げかけられる眼差しは侮蔑に満ちていた。
まるで田中俊彦など眼中にないとでも言わんばかり。
一瞥を与えることすら慈悲だと嘲笑っているようだ。
男が放つ濃厚な支配者オーラと成熟した威圧感に、田中俊彦の背筋が凍った。
彼が反応するより先に、背後で小野寺彩乃が慌てた口調で口を開いた。
「…何の監視カメラです?」
佐々木健太は彼女を無視し、高橋の手にするタブレットを見つめた。
先ほど小野寺彩乃がテーブルクロスを引っ張った時、彼女はわざと監視カメラの死角を選んでいた。
だが彼女は宴会场に隠しカメラがあることを知らなかった。
高橋が持ってきた映像は、彼女の行動をはっきり捉えていた。
佐々木健太は映像を確認すると、高橋に冷たく言った。
「一階の大スクリーンで、この映像を三回流せ」
田中俊彦と小野寺彩乃が呆然とする間、高橋は既に部下に指示を出していた。
30秒も経たぬうちに、一階宴会场正面の大スクリーンに映像が流れ始めた。
映像は高画質映画並みに鮮明で、小野寺彩乃の手の甲の産毛さえも写し出していた。
この休憩室の扉から振り返ると、一階のスクリーンがちょうど見える位置だった。
田中俊彦が振り返り、信じられないという目で小野寺彩乃を見つめた。
「お前、美咲がわざとトラブルを起こしてテーブルクロスを引き千切ったって言ったよな?なのに監視カメラにはお前がクロスを引っ張る手がはっきり写ってて、美咲の手は全く触れてもいないじゃないか!」
小野寺彩乃は涙で顔を濡らし、説明のしようもなかった。
彼女はしばらくぐずぐずと言いよどみ、泣きながら訴えた。
「…たぶん私がうっかり引っ張っちゃったんだと思う。佐藤さんに怒らされて、頭が真っ白になって…だから彼女がやったと思い込んじゃったの…」
この言い訳を誰も信じなかった。
小野寺彩乃は必死に田中俊彦の袖を引っ張った。
「俊彦、わざとじゃないの!佐藤さんに挑発されたのよ!」
窓際で嘲笑が漏れた。
「小野寺さん、監視カメラは音声も記録しています。差し支えなければ、あなたが部屋に入ってから今までの録音も再生しましょうか。皆で佐藤さんがどう挑発したのか、しっかり聞かせてもらいますよ」
「ダメ!」小野寺彩乃は焦りのあまり叫んだ。
しゅんとして口を閉ざし、ただ必死に涙を流して田中の同情を引こうとした。
怒りが収まった田中は、五分前の自分に戻って佐々木健太への暴言を撤回したい衝動に駆られた。
「…今回の件は彩乃が悪い。宴会を壊すつもりはなかった、ただの軽率な判断だ。彩乃、さっさと佐々木社長に謝れ!」
小野寺彩乃は慌てて佐々木健太に向かって「申し訳ございません」を繰り返した。
佐々木健太は冷たく彼女の言葉を遮った。「謝る相手は私ではない」
小野寺彩乃が呆然とし、視線が美咲へ移った。
佐々木家の人に謝るのは構わないが、佐藤美咲に謝るのは屈辱でたまらなかった。
「私…」
「どうやら小野寺さんに反省の色はないようですね。であれば、佐々木家はあなたを歓迎できません」
佐々木健太が扉の外の高橋に目配せすると、すぐに黒いスーツを着た警護員らしき二人の男が入ってきた。
二人は小野寺彩乃を左右から抱え上げ、階段の方へ引きずっていった。
小野寺彩乃は数秒呆然とした後、泣き叫んだ。
「謝ります!佐藤美咲に謝りますよ!」
彼女を引きずる警護員の足は止まらなかった。
佐々木健太は冷たく彼女を見つめた。
「もう遅い」
「俊彦助けて!」小野寺彩乃が必死にもがいた。
田中俊彦が追いかけようとした時、佐々木健太が言った。
「田中さんが追いかければ、皆あなたが小野寺さんと示し合わせて私の宴を台無しにしたと思うでしょうね?」
「違います!僕は何も知りません!」
田中俊彦は階段に引きずられる小野寺彩乃を一瞥しただけで目を背けた。
今は冷酷に小野寺彩乃と線を引くしかなかった。
「社長、実は今日は佐々木グループとお話ししたい案件があって…宴を台無しにするはずがありません。お時間いただけないでしょうか…」
彼は震えながら、商談は流れたと悟りつつも、最後の望みをかけていた。
しかし長々と説明しても、佐々木健太は一言も聞いている様子がない。
一人掛けソファに座り、携帯でニュースをスクロールしている。
無視された屈辱感に田中俊彦は穴があったら入りたかった。
商談の話を諦め、美咲を見つめて声を潜めて言った。
「いつ佐々木社長と知り合ったんだ?」
美咲は適当にあしらった。
「あんたには関係ないでしょ?さっさと消えたら?」
「…」田中俊彦は怒りを必死に抑えた。
「佐々木社長と知り合いなら、後で僕のことをよく言ってくれないか?田中グループの案件を話したいんだ」
美咲は白い目を向けた。「田中グループなんて私に関係ある?」
田中俊は彼女の手首を掴んだ。
「もういい加減に怒りも収まっただろう?来月結婚式を挙げれば家族だ。田中家が君に関係ないわけがない。田中家の事業がもっと大きくなるのを見たくないのか?」
呆れ果てると笑いが込み上げることもあるものだ。
美咲は思わず笑い声を漏らした。
「田中俊彦、もう別れたって話は置いといて、別れる前だって、あなた私にいくら使ってくれたの?」
「田中家の商売がどんなに繁盛しても、私に株くれんの?」
「……」
「だから田中家なんてどうでもいいの。もう別れたんだから、今後あなたとは一切の関係もないわ」
彼女は田中俊彦の手から力強く手を引き抜き、テーブルのティッシュで手首を二度拭った。田中俊彦に触れられた部分が汚れたように。
その動作が田中俊彦の目を刺した。
彼は心の底で、佐藤美咲が婚約破棄するはずがないと思っていた。今の全てはただのわがままだと。
「ウェディングドレスを選びに付き合わなかったことで怒ってるんだろう?明日時間があるから一緒に行く。招待状も出したんだ、結婚しないわけにはいかない」
彼の態度は既に和らいでいたが、美咲は無反応だった。
田中は美咲の腕を掴み、外へ引っ張っていこうとした。
「佐々木社長、婚約者と用事がありますので、これで失礼します。また改めてお伺いします」
佐々木健太が顔を上げ、冷たい視線が田中が美咲を引く手に落ちた。
「佐藤さんは私の客人だ。行きたいなら一人で行け」