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第4話 真珠の涙

「か……かおるさんっ!」

 僕は小説投稿サイトで薫さんへの気持ちをこれでもかというぐらい盛り込んだ作品を書いた。すると通知欄にメッセージが届いていたのだ。


 私も同じ想いです――真珠の涙


「うぅっ……」

 この時をどれほど待ち望んでいただろうか。本当に光り輝く真珠のようなものが頬を伝う。

 すぐに僕は返信ボタンを押してメッセージを送る。「今から行きます」と。


 薫さんの家まで行く途中、喫茶店のある曲がり角であのTシャツにジレの大きな姿が見えた。


「ゆい……!」

「薫さんっ……!」


 僕は薫さんの大きな筋肉に顔を埋めた。優しいけれど力強くぎゅっとされてまた真珠の涙が流れそうだった。

「同じっ……同じ想いって……薫さんっ……僕は……このままでいいんですかっ……」

「もちろん。あの小説、俺の心にぐっときた」

「嬉しい……!」


 そのまま僕たちは夕陽を浴びながら、熱い抱擁を交わし続けていた。


 ――やっとこの時がきたんだ。



 ※※※



 それから僕と薫さんはある日デートをすることになった。

「薫さんっ♪」

 僕は薫さんと腕をぎゅっと組んだ。

「可愛い、ゆい……」

 薫さんが反対の手で僕の頭を撫でてくれた。


 今日は小説の勉強も兼ねて薫さんと映画鑑賞だ。見るのは大人の恋愛映画。少しミステリー要素も入っていって僕の身体に緊張が走る。

 館内で一緒にポップコーンをつまみながら、鑑賞する。先の読めない複雑な展開、男女の思い……途中で少し怖いシーンもあり僕は薫さんの手を握っていた。薫さんも手を握り返してくれて僕は余計にドキドキしていた。


 そしてもちろんキスシーンもある。俳優の綺麗な横顔を見て僕は思わず薫さんの顔を見てしまう。薫さんは僕の手を握りながら優しく頷いてくれた。洋画だからなのか、ドラマで見たものよりも本格的なキスシーンで僕は頬を赤らめる。


 すると薫さんが手を離し、僕の頭を撫でてくれる。その時にふわりと香る、薫さんの味わい。だめだ……映画に集中できない。手も大きくて筋肉質なのがてっぺんから伝わってきて、僕はもっと薫さんに触れたくなってしまう。もっと薫さんに甘えたくなる。

 どうにかこらえたが、映画を見終わった後に僕は真っ赤になって薫さんにしがみついていた。



「どうだ? 恋愛小説の勉強になっただろう?」

「うん……キスだけじゃなくて日常シーンでのやり取りも参考になったよ。恋人同士ってああいう感じなんだね」


 ランチを食べながら僕たちは映画の内容を話していた。これを小説の参考にするとしたらどうなるのだろうか。

「恋人って出会ってすぐに意気投合してああなるってことだね」

 僕がそう言うと薫さんが吹き出していた。


「おいおい、必ずしもそうとは限らないぞ? お互いを少しずつ知っていく過程にもそれぞれのストーリーがあるんだよ」

「僕たちもああいうのを……」


 ――この先はまだ言わないでおこう。


 ランチの後、薫さんが小説のプロットを見せてくれると言うので自宅にお邪魔した。薫さんの部屋のこの匂いが大好き。

 PC内にプロットのデータがあるらしく、特別に見せてもらう。


「この小説用のアプリが便利だぞ。ここでプロットも作成できるんだ」

 そこには連載中の恋愛小説のプロットが表示されていた。登場人物の関係や物語の流れがわかりやすくまとめてある。


「俺もプロじゃないから完璧ではないが、箇条書きでもいいんだ。思いついたことをメモして繋げていって矛盾がないか確認していくんだよ」

「な……なるほど……」


 僕はメモを取りながら薫さんのプロットをじっと眺めていた。

「ノートに書いているんだけど、薫さん、見てもらってもいい?」

「もちろん」


 ノートを取り出して薫さんに見せる。箇条書きのようなメモのようなプロット。矢印があちこちに書かれていて何だかまとまっていないような気がする。


「ゆい、ここまで書けているなら自信を持っていいんだぞ」

「本当? 嬉しい」

「あとは――もう少し人物の特長や背景なども入れると深みが出るかも。この相手を好きになった理由が主人公の昔の出来事に関連する、みたいな」

「本当だ。そういうのがあると感情移入しやすそうだね」


 僕は考える。どうして主人公はこの相手を好きになったのだろう。

「イメージしづらいや」

「ゆい、自分の経験を元にしてもいいんだぞ? 最初はその方が書きやすいかもな」


 僕はノートに書き加えながら考える。経験が元になるということは。


 ――薫さんの小説はこれまでのことなのだろうか。


「薫さんはあのような小説みたいな経験を?」

「え? それはまぁ……多少はな。だが今一番好きなのはゆいだ」


 そう言われて僕の顔はみるみる真っ赤になってしまう。

「可愛い奴め」

 その大きくて優しい手で頭をポンとされると、僕はやっぱり薫さんに甘えたくなる。


 もっと一緒にいればもっとときめく恋愛小説が書ける気がする。そう思いながら薫さんのPC画面を見ると不思議なフォルダを見つけた。ちらっと中身を見ると画面のスクリーンショットが保管されている。


「あ……ゆいっ……それは……」


 焦っている薫さんをよそに僕がファイルを開くとそれは……僕からの応援コメントのスクリーンショットであった。これまで僕が送信したもの全てが保管されている。


「これ……」

「バレたか。『メンダコの趣き』さんのコメントが嬉しくてな。いつも画面をスクショして保管していたんだよ。誰かに応援されるってここまで嬉しいことなんだな」

「薫さん……」

「俺だってずっと……」


 ――薫さんのその目に、ふと何かを知り尽くした男性の光が宿った気がした。そしてすぐに大きな肉体で力強く僕を抱き締めてくれた。目の前に立派な山が2つ、背中に手をやればウエストラインまでの引き締まりを感じてその下まで触れたくなる。薫さんの香りに包まれて頭がふわふわしている。


「薫さん……僕もっと恋愛小説を書けるようになりたい。だから今日は……」

「いいよ……じっくり指導してやるから覚悟するんだな」


 薫さんに唇を塞がれ、僕は身を委ねながら愛される幸せと愛する幸せの両方を感じていた。

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