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不法滞在者

……………………


 ──不法滞在者



 俺が銃口を向けている相手。


 一見すれば14、15歳の中学生程度の少女だ。


 だが、そうではないのはすぐに分かる。


 ナイフに似た形状の耳/猫のように縦に長い瞳孔/半開きの口から除くサメのような歯/と、それらがこいつは人間とは異なる生命であることを伝えていた。


 そのは一見して知的生命体のように、ぼろぼろながらも服まで着ているが、こいつはさっき俺が殺したクリーチャーと同様の存在だ。


 人間を殺し、生きたまま食うような、そんな化け物だ。


「……どうするつもりだ?」


「背中を見せたところを襲われるのはごめんだ。リスクは低く抑えるに限る」


 俺は銃口を化け物の頭部に向けた。


「やめろ。まだ撃つな」


 そこで湊がショットガンの銃身を掴み、銃口を降ろさせる。


「君、名前は?」


 湊はそう言って化け物に話しかけ始めた。


 だが、化け物は口を開いたり、閉じたりしているだけで何も声を発さない。


「あたしは、湊」


 自分を指さし、自己紹介するようにそう言う湊。


 こいつはこういうところがある。一種の病気とも言えるようなお人よし。悪党を殺すのにも自分が納得できる明確な理由を必要とする人間。民間人の犠牲というやつを容認できない潔癖症。


「君は?」


 次に湊は化け物の方を指さす。


「マ、マオ……」


 化け物はかすれるような声でそう言う。


「君は、マオ?」


「マオ! マオ!」


 湊が確認し、マオと名乗った化け物は必死に頷く。


「それは本当に名前か? 鳴き声じゃないのか?」


「名前だよ。間違いない」


「そうかい。で、どうする、正義の味方さん?」


 俺はさっさと地上に戻ってドラッグを厚生労働省の連中に引き渡し、自宅に帰りたかった。ダンジョンというのはそこにいるだけで神経をすり減らす。


「怪我をしているみたいだ。公社に連れていこう」


 湊はそう言ってマオが手に裂傷を負ってるのを指さした。やや深い傷で、血に混じって膿が出ている。


「おい。本気で言ってるのか?」


「どうみても害はない。ビビってんのか、佐世保?」


 俺は表情で最大限に不快感を示したが、港はそう言い返してきた。


「分かった、分かった。だが、何かしようとしたらすぐに殺すぞ。いいな?」


「お前、脳みそと一緒に良心まで欠けちまったのか?」


「うるさい」


 確かに俺の手術を担当した医者と技術者の話では、俺は脳を欠損したことによって、元の人格が喪失していると言っていたが。


「一緒に行こう、マオ。分かるか? 一緒に行く」


 手話のようにジェスチャーで湊はマオとコミュニケーションを取ろうとする。


 マオの方にも理解するつもりはあるようで、ジェスチャーを必死に読み取ろうと見つめ、頷いていた。


「よし。出発だ」


 それから俺たちは出発した。


 俺と湊で精製済みのドラッグを背負って運び、先頭には斥候ポイントマンである湊が立ち、間にマオ、そして後方を俺が見張る。


 二人一組ツーマンセルはこの手の作戦の基本的な戦術単位だ。俺と湊は公社に入ってずっとこうして組んでいた。


 俺たちはダンジョンの牧歌的も言える中を歩いて進む。


 草花が生い茂る草原。木々が栄える森。小川のせせらぎ。


 ときおりそんな自然の中からクリーチャーが湧き出てくる。


 醜い小人。先ほどのような恐竜に似たトカゲ。人食い植物や巨大アメーバ。


 それに巨人だっているし、人狼やドラゴンを見たって話もある。俺たちもダンジョン戦役でいろいろな化け物を見てきた。


 そいつらが虐殺を繰り広げ、俺の知る“正気”の世界を奪って行くのを見た。


 だから、俺はおぞましいクリーチャーどもを憎み、それを生み出したダンジョンを憎んでいる。存在するべきでなかった狂気を憎んでいる。


「佐世保。不味いことになったみたいだ」


「送り狼か?」


「ああ。車両4台と武装した人間が1個分隊規模。こっちに迫っている」


 ちんたらしていたせいか、ドラッグカルテルが襲撃に気づいて追手を放ってきた。


 湊がドローンから捉えたドラッグカルテルの車列の映像が俺にも共有された。敵は民生品のピックアップトラックに重機関銃を据えたテクニカルを使い、俺たちのあとを追いかけているようだ。


 痕跡を残したつもりはないので、方々に放った追手のひとつというところだろう。


「どうする? 片付けるか? それともやり過ごすか?」


「悪党が1個分隊消えれば、ダンジョンも多少はマシになるだろう。やるぞ」


「オーケー。決まりだな」


「ドローンで先頭車両を潰してくれ。あとはこっちでやる」


 俺たちは敵の通るルートで待ち伏せすることにした。


 敵の車両は道なき道を進んでいるつもりだろうが、自然環境が道を構築している。民生品のピックアップトラックでは越えられない段差や視界が塞がる高い草木を避けると、自然と通れるルートは絞られてしまうのだ。


 俺たちはそんな自然の道の路肩に潜み、湊は新しいドローンを飛ばす。


 今度のドローンはいわゆる自爆ドローンだ。ウクライナ戦争辺りから大々的に使われるようになった安いFPVドローンに爆薬を詰んだ、貧者の航空支援である。


「3カウント」


 湊がそう言い、3秒のカウントが始まる。


 3──────ドローンからの映像を俺も共有する。


 2────黒い塗装のピックアップトラック4台が列を作って進んでいる。


 1──ドローンが急速に降下し、驚く運転手の姿が見える。


 0。ドカン。


 先頭を進んでいた車両が爆発し、カルテルの追手に混乱が広がった。


 わあわあと叫ぶながら車両から飛び降りるカルテルの兵隊たち。そのまま車両に乗っていれば、また自爆ドローンが飛んできたときにくたばるのだと理解しているのだ。


「熱光学迷彩起動。間違って俺を撃つなよ」


「分かっている」


 俺は事前に羽織っていたポンチョ型の熱光学迷彩を起動し、静かに、だがどんなハンターより素早く獲物に近づく。


「敵だ! この近くにいるぞ!」


「探せ!」


 時代遅れのカラシニコフではなく、AR-15系列のアサルトライフルで武装したカルテルの兵隊たちが叫んでいる中に俺は手榴弾を投擲。


 知性化スマート弾頭シェルの一種である手榴弾はセンサーから最適の起爆地点を割り出して自動的に炸裂する。


「ぎゃああ────」


 手榴弾の爆発で2、3名のカルテルの兵隊が倒れる。


 さらに俺は混乱を活用して近づき、指揮官らしき通信機材を持った兵隊の背後に回り込むと、その首をナイフで描き切った。誰もがその死に気づかないまま、指揮官は自分の流す血の海に沈む。


 あとは簡単に料理できる。


 背後から近づき頭をショットガンで吹き飛ばす。


 ボン、ボン、ボンとカルテルの兵隊の頭が面白いように爆ぜて、ダンジョンの地に倒れる。異界の地に地球の血が流れる。


 そうして1個分隊10名の兵隊が壊滅するまで要した時間は15分程度。


 ちょうど、熱光学迷彩の時間切れに近い時間だった。これは便利な装備だが、恐ろしく電気を食ってしまう。


「クリア」


 俺は確認殺害を実施し、全員の死亡を確認したのちに湊に合流。


「流石だな、ブギーマン」


「やめろ、その名前は」


 ブギーマン。ベッドの下やクローゼットの中に隠れている怖いお化け。子供ぐらいしか信じない、ちゃちで陳腐な化け物。


 しかし、マオは俺の方を恐怖の混じった視線で見ている。


「マオを怖がらせるなよ」


「そんなつもりはない。さっさと撤収しよう。これ以上は弾薬が危うい」


「了解だ」


 俺たちは再びダンジョンの大地を進む。



 この土地はいくら平和に見えても、平和からは程遠い場所だ。



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