……………………
──レヴィア
防空壕のような入り口をしていたが、中は予想外なほど広かった。
いや、おかしい。外から見た大きさとはまるで異なる広さをしている。
そして、仄かに明るい。
最初は入り口の光の明るさかと思ったが、明るさはずっと奥まで続いている。辛うじて足元が見れる程度の明るさだが、明るいことには変わりない。
久隆は光源を探す。
それは比較的すぐに見つかった。壁に埋まっている鉱石が光っているのだ。
そこから連想されるのは放射性物質。暗闇でも光を放つ物質。
だが、そうではないことはすぐに分かった。放射性物質は空気を電離して青く光るがここの物質は赤く光っている。炎のように赤く。そもそも日本で放射性物質が私有地に不法投棄されることは対テロの観点からしてまず考えられないし、日本では天然のウランなどが採掘される場所も限られている。
「大丈夫か!」
それよりも子供だ。
子供の泣き声は少し止んで、今は啜り泣き程度になっている。助けが近くにいることで安心したのかもしれない。それならばそれで返事を返してもらいたいものだが、子供というのは時に不可解な行動を取るものだ。
「もう大丈夫だぞ! 助けに来た!」
久隆は子供を励ますために薄暗い洞窟内を進んでいく。
「うぐ、ひっく、アガレス? 助けに来てくれたの?」
少女の声がようやく久隆の呼びかけに反応し始めた。
「怪我をして動けないのか! 今そっちに向かっている!」
畜生。生き埋めだけはごめんだぞ。今日、山に入っていることを知っている人間はいないんだ。捜索願も出されず白骨化して発見される羽目になっちまうぞ。久隆はそう考えながらも僅かな明かりを頼りに声の方に進み続ける。
「アガレスの声じゃない! 誰なの! 誰なの!」
「心配するな! すぐに警察と消防を呼ぶからな!」
そう告げてこの山がスマホの圏外であることを久隆は思い出した。
だが、今はいち早くこの洞窟から子供を救助するべきだ。久隆の脳裏に防空壕で生き埋めになった小中学生のニュースが過る。
「誰なの……。怖いの……。痛いの……」
「怪我をしているのか。安心しろ。診療所まで連れて行くからな」
この田舎の地方医療を支えるのは老齢のひとりの医師のみである。
声はかなり近づいてきた。そろそろ姿が見えてもおかしくない。
「大丈夫──」
そして、声の主を見たとき、久隆は固まった。
その子供は少女で中学生程度の外見をしていた。プラチナブロンドの髪を腰まで伸ばし、その瞳は暗闇の中で赤く光っている。最近の中学生にしても発育が良すぎる気もするが、肝心なのはそんな部位じゃない。
その少女には角と尻尾があったのだ。間違いなく角と蛇のような尻尾だ。
そして、山を歩いて来たにしては汚れのないゴシックロリータ―ファッション。まあ、ゴスロリと言ってもノースリーブの黒いワンピースにフリルが付いていて、胸の部分を赤いリボンで結んでいるだけだが。
「これは……」
「人間っ!? レヴィアを殺し来たの!? そうなのね!?」
「いや。違う。落ち着いてくれ。俺は君を助けに来た」
少女が錯乱するのに久隆まで気がおかしくなりそうだった。
コスプレ? こんな山奥で?
風景のいい場所で写真を撮って、それをインターネットにアップロードすることを趣味にする人間がいるという話は聞いたことがあるが、少女はスマートフォンを持っている様子もない。それにここはお世辞にも景色がいいとは言えない。
それに加えてこんな目立つ少女が村にやってくれば、すぐに噂になるはずだ。村までは自家用車を使うか、1日2本のバス路線を使うしかない。誰が来たかを熱心に観察する村人は多く、都会から目立つ人間がくれば噂はあっという間に広まっただろう。
「歩けるか?」
「殺さないの?」
「言っただろう。助けに来た、と」
子供兵を殺すのはもううんざりだ。それに日本に子供兵などいはしない。
「……危害を加えないの?」
「加えない」
「……信じていいの?」
「信じてくれ」
一刻も早くこの洞窟を出なければならないんだと久隆は焦る。
「……分かった。信じるの。けど、歩けないの……」
「足に怪我をしたのか?」
「うん。落ちたときに足首が痛くなったの」
「見せてみてくれ」
やはり、山歩きをするのに向いていないややヒールのついたエナメルと思われる素材の靴を履いている少女の足を久隆は観察する。特殊作戦部隊にも衛生兵はいるが、応急手当については全員ができるように教育されている。
「足首を痛めているな。骨折しているかもしれない。医者の所に行こう」
「歩けないの」
「大丈夫だ。背中に背負っていく」
そう告げて久隆は少女に背中を向けた。
「……魔族に背中を見せるなんて命知らずなの」
「魔族が何かは知らないが、動けないんだろう? ここにいるのは危険だし、足も診てもらわなければならない。さあ、負ぶさって」
久隆が促すのに少女は少し躊躇ったのちに、久隆の背中に負ぶさった。
「診療所は自動車で30分の場所にある。少し、我慢していてくれ」
「じどーしゃ?」
「ああ。田舎は自家用車を持っていないと生活困難だ」
少女が首を傾げると、久隆はそう答えた。
「そうなの。レヴィアの城には何だってあるの!」
「そうか。ご両親が探しているんじゃないか?」
城というのは家のことだろうと久隆は理解した。
「……お母様もお父様も死んでしまったの。今はべリアとアガレスが仕えてくれているの。ふたりはきっと心配してるの」
「済まないことを聞いた」
「気にしないでほしいの。聞かれたから答えただけなの」
久隆は少女を背負ったまま、洞窟の出口を目指す。
少女は軽かった。軍事訓練で石をバックパックに詰め込んでひたすら走らされた久隆からすると羽のような軽さで、飛んでいってしまいそうな不安が思い浮かぶほどだった。
「よし。外に出たぞ」
「どこなの、ここ!?」
「どこも何も、ここから入ったんじゃないのか?」
「違うの! レヴィアはアガレスと一緒にダンジョンの視察を行っていたの! 外には近衛兵たちがいたはずなの! それにこんな山の中じゃなかったの!」
「そいつは……」
ダンジョンという言葉には聞き覚えがある。ゲーム好きだった隊員がダンジョンを攻略すると言ってよくゲームをしていた。モンスターが出て、お宝があって、強力な敵──ボスがいるようなものだったはずだ。
だが、それはゲームの話だ。現実の話じゃない。
しかし、しかしだ。
今、久隆が背負っているのは角と尻尾のある少女だ。これがコスプレでなければ、あの突然現れた防空壕に似た空間がダンジョンでないとどうして言える?
「そうなの。まだ名前を名乗ってなかったの」
久隆の背中で少女が告げる。
「レヴィアはレヴィア・オブ・ヴェンディダード。魔王なの」
……………………