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これからについて

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 ──これからについて



「やあ、球磨さん。今日はどうなさいました?」


「親戚の子が足を痛めて。折れているかもしれないし、痛がっているので診てもらえますか。痛み止めなど処方してもらえると助かります」


「分かりました。診てみましょう」


 診療所の医師は65歳ほどの男性だった。久隆も何度か世話になっている。


「そこに座って──」


 医師はそこでレヴィアの尻尾を見つけた。


「……これは?」


「コスプレですよ。よくできてるでしょう」


「ああ。びっくりしました」


 俺もびっくりしたよと久隆は思った。


「ああ。これはかなり腫れていますね。これは痛いでしょう。一応レントゲンを撮りましょう。レントゲン室に」


「はい」


 レヴィアを背中に乗せてレントゲン室に移動する。


 それからレントゲンを撮って、骨に異常はないことを確認し、医師は捻挫と診断し、シップと痛み止めを処方した。流石にここまで田舎の診療所にナノマシン療法の設備はない。ナノマシンならばすぐにでも治るだろうが、医療費全額負担と考えるとやめておいた方がいい。


「少しは痛いの収まったか?」


「うん。ひんやりしているの。アイススライムを使っているの?」


「そんなものは使わない」


 最近の医薬品は安くてよく効く。医学も日進月歩だ。


「さて、これからどうする?」


「……きっとアガレスとべリアが探しているの」


「そうだな。あそこ以外の入り口を知っているんだろう? どこにあるんだ?」


「分からないの。気づいたらあそこに落ちたの。きっとダンジョンコアが暴走したと思うの。ダンジョンコアが暴走して異世界に繋がってしまったという話は昔聞いたことがあるの。きっとそうなの。魔王だから分かるの! 魔王だから!」


「じゃあ、どうやって帰るんだ?」


「そ、それは……分からないの……」


 またあの洞窟に潜ってみるということを久隆は考え始めていた。


 何かしらのヒントがあるかもしれない。


「まあ、とりあえず今日は俺の家に泊っておけ。部屋は余っている。流石にあそこで夜を明かすわけにはいかんだろう。何か苦手な食べ物はあるか? あるいは宗教上の理由で食べられない食べ物とかは?」


「特にないの。なんでも食べるのがいい魔王だってべリアが言ってたの」


「そうか。そいつはいいことだ」


 子供というのは好き嫌いしがちだ。久隆も子供のころは魚が苦手だった。


「じゃあ、スーパーで買い物してから帰るか。晩飯は何にしたものか……」


 いつもは酒の肴になるような夕食ばかりだが、そういうのは子供はあまり好きじゃないだろう。久隆はまだ36歳、もう36歳。爺臭い食事というわけではないものの、手が抜けて、安くて、酒の肴になって、それで片づけが楽な食事を選びがちだ。


 だが、子供には美味いものを食べさせてやりたいものである。


「あれにするか」


 久隆はスーパーに車を走らせると、レヴィアを車に残して買い物に向かった。


 買い物は20分程度で終わった。久隆は後部座席に品物を放り込むと、再び運転席に戻って来た。見慣れぬものがたくさんあるのにレヴィアは後部座席を見つめている。


「ジュース、飲んどけ。何時間あそこにいたか知らないが、水分補給してないだろう? スポーツドリンクや麦茶の方がいいだろうが、今回は特別だ」


「む? そう言えば喉が渇いていたの。けど、これはどうやって飲むの?」


「ここのキャップを回すんだ。左にぐるっと」


「おおー。これは変わった容器なの」


 それからレヴィアはオレンジジュースの匂いをクンクンと嗅いでから、口をつけた。そして、そのままぐびぐびとオレンジジュースを飲み干した。


「ぷー! これは美味しいの! もっとほしいの!」


「ダメだ。後はお茶だ」


「どうしてなの!?」


「甘いものの飲みすぎは健康によくない」


「ぶー……」


 疲労した体には糖分が必要だろうが、今のレヴィアは疲労しているようには見えない。少なくとも文句が言えるぐらいは元気だ。


「それに晩飯前にジュースを飲みすぎると飯が食えないぞ」


「それもそうなの。何を食べさせてくれるの?」


「大したものじゃないが、子供が好きそうな食べ物だ」


「レヴィア、子供じゃないもん!」


「魔王様だったな」


 はいはいというように久隆が流す。


 確かにあの魔法には驚かされたが、こちらに危害を加えてくる様子もないし、それどころではない様子だし、そもそも迷子だ。魔王らしいところは全く見られない。魔王と言われても全く実感が湧かない。


「明日、またあのダンジョンとやらに行ってみよう。もしかすると、もうそこで待ってるかもしれない」


「それは難しいと思うの。あのダンジョン超深度級ダンジョンなの。最低でも20階層はあるの。ダンジョンコアが暴走したなら、あの時ダンジョンコアの傍にいたものたちは別々のフロアに飛ばされたと思うの」


「地下20階か。だが、それぐらいなら──」


 そこで久隆は重要なことを思い出した。


「ダンジョンにはその、化け物がでたりするのか?」


 ゲームのダンジョンはそういうものだった。


 リアルのダンジョンは地下牢だ。いるのは囚人だけ。


 ダンジョンというものが何を意味するのかしっかりと確かめておく必要があった。


「……? 当然いるの。お前、ダンジョンについて何も知らないの? この世界にはダンジョンがないの?」


「ダンジョンを日本語にしたら地下牢って意味だ。こっちの世界で迷い込んでやばい怪物に出くわすのはミノタウロスのいるラビュリントスだ」


「ふうむ。ダンジョンがないなんておかしな世界なの」


「ダンジョンがある方がおかしいと思うがな」


 今回は奇跡的に化け物に出くわさなかったということだろう。


 明日はある程度準備して向かう必要がありそうだと久隆は考えた。だが、下手に猟銃を使えば警察から事情を聞かれる。そして、素直に事情を話せば間違いなく日本情報軍が首を突っ込んでくる。


 軍学複合体。富士先端技術研究所などは軍事研究のための民間研究機関のようなものだ。あそこで生み出されたナノスキンスーツや人工筋肉を使った軍用義肢、強化外骨格(エグゾ)などが日本国防組織に供給されている。


 きっと連中はレヴィアのことを調べたがるだろう。金属探知機にも引っかからず、致死的影響のある効果を及ぼせるならば、作戦の幅は広がる。


 と、まあ、そういう理由で猟銃は軽々しく使用できない。


 そうなると武器になりそうなものは薪を割る斧と海軍時代から愛用している軍用ナイフ、そして山刀になる。当然ながらレヴィアと違って久隆は魔法など使えない。


「化け物がイノシシ程度だといいんだがな……」


 イノシシでも人間にとっては危険な生き物だ。


 人間とは脆弱な生き物なのである。


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