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カレーライス

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 ──カレーライス



 夕食はカレーライスであった。


 子供の好きな食べ物では上位に入るだろう食べ物であり、そこまで洗い物も増えない。料理が面倒くさいのは片付けにあると久隆は以前、インターネットのライフハックサイトの記事で読んだことがある。


 具材はニンジン、ジャガイモ、ナス、豚バラ肉。シンプルだ。


 レシピサイトで一応分量や調理手順を確認しつつ、カレーを完成させていく。


 海軍カレーというのは有名で、日本海軍は旧大日本帝国海軍時代の伝統を引き継ぎ、週に1回はカレーを食べることになる。陸軍とは違って、食事を作ることを専門とする兵士を抱えた日本海軍のカレーは本格的だ。


 久隆も揚陸艦や潜水艦から敵地に忍び込む前に艦艇で食事を摂ったときにはカレーを味わったものである。艦艇ごとに特色あるカレーがあるのだ。


 だが、あいにく久隆はそういうものを専門に作っていた兵士ではなく、銃とナイフで敵を殺してきた兵士だ。料理は素人。この田舎でひとり暮らしなので自炊はするがプロの腕前とは言い難い。ただ、下手なアレンジなどはやらないので食べられる品は出てくる。


「ほら、晩飯だ」


「いい匂いがするの! 早く食べさせるの!」


「そう騒ぐな。カレーは逃げたりしない」


 和式の家屋だがキッチンとダイニングは洋風になっていた。昔はここで久隆の両親が祖父母の世話をしていたからだ。祖父母は痴呆にもならず、施設の世話になることもなく、両方とも内因性の心不全で安らかに死んだ。


 それを追うように両親も逝ってしまった。


 今ではがらんとしたダイニングでいつも久隆はテレビを見ながらひとりで食事をしていた。田舎のひとり暮らしというのはそこまでいいものでもない。老後を田舎で、という人間は夢を見すぎている。


「熱いから気を付けて食べろよ」


「わあ。温かい料理……」


「おいおい。そこ、感動するところか?」


「レヴィアの食事は毒見がいるから冷たくなっているの。べリアが魔法で少し温めてくれるけれど、やっぱり冷たいの」


「あー……。魔王ってのは大変なんだな」


 今頃はそのべリアという人物は死に物狂いでレヴィアのことを探していることだろう。暗殺を恐れて毒見までしていた人物が行方不明になったら、パニックだ。それに威厳こそないものの王と名乗るからには、それ相応の立場という物があるはずだ。


「まあ、その、温かい食事だ。味わって食ってくれ。毒は入ってない」


「うん」


 レヴィアはスプーンを握るとカレールーとご飯を口に運んだ。


「!? これは……毒なの!」


「辛かったか? 甘口にしたんだがな……」


「いや。これは贅沢病を招く毒なの!」


「……はあ?」


 異世界にはカレーを食うと病気になるという事例があるのだろうかと久隆は酷く不思議に思った。カレーは食べて見たが、いつも食べているカレーの数倍はマイルドな味だ。


「贅沢病は怖い病気なの。美味しい料理を食べていると患うの。レヴィアの父上も贅沢病で死んだの。だから、宮廷では美味しい料理は出さないの。焼いた肉、焼いた魚、焼いた野菜とかそういうのを食べるの」


「ああ。そういうことか。それは単なる食いすぎだ」


「食いすぎ?」


「そう。栄養的にバランスよく、適量の食事をしないといろいろな病気になる。お前の父親は食いすぎたんだろう。食いすぎると糖尿病や痛風のリスクが高くなるし、栄養バランスが崩れると免疫も弱まる。要はバランスよく食事して、適度に運動してれば、その贅沢病とやらにはならない」


「そうなの? 美味しい料理を食べても平気なの?」


「むしろ、子供のころはしっかり食べるべきだぞ。今度、診療所で栄養ピラミッドのポスターもらってきてやるから、献立はそれを踏まえて考えていこうな」


「これからも美味しいものが食べれるの……?」


「俺の料理は素人だから期待はするなよ」


「そんなことないの。生まれて初めてこんなに美味しいもの食べたの。きっと料理人だったのね? レヴィアは騙されないの」


「違うよ。元の職は軍人だ。ほら、この腕を叩いてみろ」


「……?」


 怪訝に思いながらもトントンとレヴィアが久隆の腕を叩く。


「変な感じ。人間にしては固いような……」


「これが義肢だ。カーボンファイバーと人工筋肉でできたパラアスリート用の義肢。俺は戦争に行って、四肢を失い、軍からこの義肢をもらって退役した」


「義肢? そうは全然見えないの」


「だろうな。外見で差別されないように人工皮膚が貼られているから」


 レヴィアは喋りながらもスプーンを動かす手は止めなかった。


「贅沢病は食べ過ぎるとなるの?」


「後は栄養バランスの偏りと運動不足だ」


「なら、もう一杯食べてもいい?」


「いいぞ。カレーを作ると余るからな」


「やった!」


 しかし、市販のカレールーで作っただけの簡単なカレーライスでここまで喜ばれると逆に心配になってくる。久隆の作るカレーより美味しいものはこの世にたくさんあるし、この田舎でもそれらは入手可能だ。


「飯食ったら、風呂入って寝ろ。空き部屋はいくつもある。どこを使ってもいい。部屋を決めたら布団を敷いておいてやる」


「お風呂があるの? お前は貴族なの?」


「違う。この世界じゃ一家にひとつは風呂があってもおかしくない」


「……この世界は進んでいるのね」


「それなりにはな。こんな田舎でもインターネットさえあれば通販で何でも買える。日用品買い出しなどは自家用車がいるが、遠方から荷物を届けてもらえるなら家をでなくともいいぐらいだ」


「凄いの。是非ともヴェンディダードにも取り入れたいの」


「異世界がどういう世界かは知らんが、カレーで驚いてるようじゃ、無理だと思うぞ」


「諦めないの。民の暮らしを向上させるのは施政者の義務なの」


「そうか」


 そうしているうちにレヴィアは二杯目のカレーを食べ終えていた。


「じゃあ、風呂沸かしてくるから待ってろ。着替えは……ないよな」


「……ないの」


 流石に子供用の下着を売っているような店は近くにはない。ちょっと離れた町まで行かなければならない。田舎とはそういうところが不便なのである。自動車がなければ生活していくことは難しいだろう。いくら通販があっても。


「明日にはそっちの迎えが来て、無事に元の世界に戻れるかもしれないし、我慢しておけ。寝間着は俺が使っているシャツとかを使っていいぞ」


「お前、名前をまだ聞いていなかったの。名前は?」


 レヴィアがそう尋ねる。


「球磨久隆。元日本海軍少佐。今は無職だ」


「球磨久隆。お前はどうして魔族に親切なの?」


「別に魔族だからとかそういうのじゃない。困ってる人間がいたら助ける。俺は軍人だった。俺は山ほど殺してきた。だが、それは多くの人々を救うためだった。だから、助ける。さあ、食事は終わりだ。食器は流しに。風呂は10分もすれば沸く」


「変わった人間なの」


「俺からすればお前の方がずっと変わっているよ」


 久隆はそう告げて風呂を沸かしに行った。


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