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──過去のトラウマ
夢を見た。
東南アジアの夢だ。
遠い過去の記憶ではない。1年前には久隆はそこにいたのだ。
「アサシン・リーダーよりグレイフォックス。目標を確認」
『了解した。レーザー誘導を開始しろ。爆撃を行う』
日本海軍は東南アジア各地に広がる混乱の渦を鎮めるために戦力を派遣していた。
ある部隊は海賊たちを取り締まるための艦艇の運用のノウハウを東南アジア諸国に伝え、そして日本の軍需産業から艦艇を購入──
ある部隊は臨検などを行うための兵士の訓練を担当していた。これには
だが、大規模だったのは直接海賊や宗教原理主義者たちを叩くことだった。
もちろん、アジアの戦争が終わり、日本国政府はまた白木の箱を数えるようなことはしたくなかった。白木の箱が増えれば増えるほど、マスコミの報道は苛烈化し、内閣支持率は低下していくのだから。
だから、大規模な軍隊を展開させることは避けた。
小規模の特殊作戦部隊を投入し、空軍と海軍の爆撃によって敵を叩くという手段を選んだのだ。アメリカのアフガニスタン戦争初期に行われていたのと同じ手法だ。高脅威目標を空爆で叩き、土地を占領するという行為は現地の軍隊に任せる。
久隆たちがレーザー誘導装置で狙いを定めているのは海賊の訓練施設と思われる場所で、その弾薬庫にレーザー照準が行われていた。
「大爆発が起きますね、大尉」
「だろうな。相当溜め込んでいる」
しかし、武器はどこから流れてきたのだろうか。
中国が支援しているという陰謀論は否定できる。彼らは今それどころじゃないほどの被害を負っている。経済の専門家はひとりは3年以内に中国は再び大国に戻るといい、別のひとりは10年はかかるという。
いずれにせよ、今の中国に海賊たちを支援する力も理由もない。
だが、ロシア人と中国人の
そもそもロシア製と中国製の兵器はそうでなくともゲリラやテロリストの手にあったのだ。今になってロシアと中国が兵器管理を徹底していないと非難するのは遅すぎる。
『爆撃まで10秒』
近くの空軍基地に展開している戦闘爆撃機がレーザー誘導爆弾を搭載して接近してきている。今の空爆において西側では
『爆弾投下』
空を戦闘爆撃機が飛び去っていくのを感じた。
それから数秒と経たないうちに弾薬庫に2発のレーザー誘導爆弾が命中した。
大爆発。キノコ雲が形成されるほどの爆発が起きた。
「大尉。あそこに子供が……」
「まさか」
爆発で吹き飛ばされた建物やテントの中から子供の体が出てくる。久隆たちが子供兵のゲリラに襲われたのはつい1週間前の話だ。
死んでいるのは確実だった。弾薬庫の爆撃の衝撃で肺が潰れ、壁に叩きつけられ、崩壊した建物の下敷きになり、訓練施設にいた子供兵のほとんどが死んだ。
「なんてこった……」
隊員のひとりがそう呟くのが久隆の耳に聞こえた。
「俺たちはきっと地獄に落ちるな」
「何を言っている。ここが地獄だ」
隊員たちが祈るように呟く。
久隆はただ燃え上がる弾薬庫と子供兵を見つめ続けていた。
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嫌な夢を見たときの朝は意外とさっぱり目覚める。
海軍時代に脳にナノマシンを叩き込み、どんな時だろうとメタンフェタミンのような覚醒作用で目覚めていたときのように。夢の中の嫌な感覚を引きずったまま、その目覚めだけはしっかりとしている。
久隆はそこで同居人がいたことを思い出した。
「朝飯、作らないとな」
時刻は午前6時。軍隊風に言うならば
久隆は起きて顔を洗い、身だしなみを整えるとキッチンに向かった。
途中、昨日のことは夢だったのではないだろうかと思ってレヴィアの部屋を覗いてみたが、夢ではないと分かった。レヴィアは布団から足をはみ出させ、枕を抱きかかえてぐっすりと眠っていた。
「人の気も知らないで……」
久隆が敢えて田舎で暮らすようにしたのは子供がいないからだ。
いくら民間軍事医療企業によるカウンセリングを受けても、いくらナノマシンによる脳の精神医療を受けても、子供に対するトラウマは消えなかった。
どこかで思い出すのだ。爆弾で吹き飛ばされる子供を。手榴弾を投げそこなった子供を。自分たちが撃ち殺した子供を。
だが、今はマシな方だ。子供が騒いでいても自分たちに手榴弾を投げつけてくるとは思わない。彼らが突然カラシニコフを持ち出し、自分たちに向けて乱射してくるとは思わない。それまでは子供という存在にピリピリしていたというのに。
「昨日は食べてたし、朝は軽めにしとくか」
食パンをトースト。それから目玉焼きを焼く。バナナの皮をむいてカットする。最後はコーヒーと野菜ジュース。
「朝だぞ。朝飯だ」
「ううん……。まだ朝じゃないの……」
「何言ってる。もう朝だ。起きろ、起きろ」
レヴィアから枕を取り上げて上半身を起こさせる。
「眠いの……」
「いつもは何時くらいまで寝てるんだ? 昨日は9時には寝てただろう?」
「執務があるから7時くらいなの。ふわあ……」
レヴィアが大きく欠伸する。
「じゃあ、今は7時だ。起きろ。寝すぎるとおかしくなるぞ」
「分かったの……」
レヴィアは昨日久隆が寝間着替わりに渡しただぼだぼのTシャツ姿でダイニングに向かう。そして、鼻をすんすんと言わせると、ダイニングに急ぎ早に向かっていった。
「いい匂いがするの! 今日は朝から御馳走なの?」
「いや。普通の朝飯だ。焼いたパンに焼いた卵。それからバナナ。これぐらいは馴染みのある朝食だろう?」
どう見ても西洋系の顔立ちをしているレヴィアなので久隆はそう告げた。
「卵は茹でるものなの。宮廷で焼いた卵なんて出ないの。殻がないと見た目が映えないからだと聞いたの。けど、焼いた卵は美味しそうなの!」
ちょんとレヴィアは椅子に座った。
「苦手じゃないならよかった。ほら、ジャムでもバターでも好きなもの使え」
「ありがとうなの」
素直にお礼も言えるし、好き嫌いはしないし、できた子供だなと久隆は思った。
少なくとも自分にカラシニコフや手榴弾を向けてきたりはしない。
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