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ダンジョンの怪物

……………………


 ──ダンジョンの怪物



 レヴィアの声に足音の主は応じなかった。


 ただ、足音の早さが早まっている。


「どうやらお仲間じゃなさそうだな。よく見ておいてくれ。頭を叩き割っていいかどうかを。下手にそっちの住民を殺して、国際問題を引き起こしたくはない」


「わ、分かったの」


 レヴィアの声には怯えの色がある。


 彼女は魔王だ、魔王だと自己主張していたが、こういう場面には慣れていないらしい。その点、命の駆け引きをしてきた久隆は肝が据わっている。自分は生き残るし、レヴィアも守るし、敵は殺すという覚悟ができている。


 斧は両手で構え、太ももには海軍時代の私物であったホルスターに同じく海軍時代の私物である軍用ナイフを差していつでも引き抜けるようにしてある。武器としての耐久性はあまりない山刀は背中にホルスターで吊るしている。


 できれば斧の一撃で終わらせたい。足音はどう聞いてもひとり分。相手が悲鳴を上げる暇もなく、仕留めておきたいところだった。下手に悲鳴を上げられ、近隣住民に聞かれるようなことがあれば詮索好きな年寄りたちがやってくる。


 何より一撃で死んでくれなければ、自分たちが攻撃されるリスクが上がる。


「────!」


 そして、足音がかなり近づいてきたとき、ライトの照らす曲がり角から緑色の肌をしたこの世のものとは思えないほど醜悪な顔をした身長140センチほどの、何と言っていいか分からない生き物が飛び出してきた。


「殺していい奴か!?」


「殺していい奴なの!」


 化け物の手には石でできた斧が握られている。それが振るわれる前に久隆が人工筋肉をバネのように跳ねさせ、化け物との距離を一気に詰めると頭に斧を振り下ろした。


 化け物は悲鳴を上げる暇もなく頭を叩き潰された。斧の刃が深々と食い込み、それを引き抜いたと同時に地面に崩れ落ちる。


 それと同時に化け物の体が煙になって消え、その後に赤い宝石のようなものや、金貨が現れた。金貨である。どこの国のものか分からないが、刻印が押された金貨だ。


「……は?」


 化け物の死体が消えたことにも驚かされた久隆だったが、そこから宝石と金貨が出てきたことにも驚いた。あの化け物が残していった品なのは明らかだが、どうして死体が消えて金と宝石が残るのだろうか?


「やったの!」


「さっきのはなんだったんだ?」


「多分、ゴブリンなの。ただ、このダンジョンは超深度ダンジョンだから、ただのゴブリンと言えどレベルが高いの。よく一撃で倒せたのね?」


「ゲームみたいだな……」


 ゲーム好きの戦友がゲームをしているところを覗かせてもらったが、レベルと色が違うだけで、グラフィックは同じというモンスターがいたものだ。開発者が面倒くさがって新しいモンスターを作る手間を省いたなと思ったものだったが。


「で、どうしてこいつが金貨や宝石を落とすんだ?」


「……? 魔物が金貨と宝石を落とすのは当たり前なの。一体他にどうやって金貨を得るというの? 魔物がいないと経済が回らないの。魔王だから知ってるの。レヴィアは賢い魔王だから!」


「いや。他に手段はあるだろ。金山を掘るとか、砂金とか」


「きんざん? さきん? そんなものはヴェンディダードにはないの」


「つまり、国家財政はダンジョン頼りだと……?」


「それが普通なの」


 いや。それはおかしいと思う久隆だった。


 だが、こういうおかしな生き物がいて、魔法があって、ゲームのようなダンジョンのある世界ならば、それもあり得るのかもしれないとも思った。物事を地球基準で考えるのはこれからは命取りになりそうだ。


「もう少し進んでみるか。少なくとも斧で殺せない相手じゃない」


 久隆は斧の刃が欠けたり、血や脂が付いていないか確かめたが、斧は新品同様の鋭さを保っていた。


 敵は殺せる。少なくともあの緑色の化け物は。


 だが、用心は必要。


 なるべく足音を立てず、ライトの明かりも必要に応じて消しては灯し、慎重に、慎重にダンジョンの中を進んでいく。


 それから久隆が用心したのはブービートラップの類。あの緑色の化け物は斧を持っていた。道具を作るだけの知恵はあるということだ。それならば、罠の類を作っていてもおかしくはない。原始人だって落とし穴ぐらいは作れた。


 そうやって用心しながら進んでいく。


 時刻は軍用規格の腕時計で確かめる。ダンジョンの中は暗く、時間の感覚を失いやすい環境にあるので、何分ほどでどの地点に到達できたかは記録しておきたい。当然ながら、地図も作成している。手元のメモ帳に歩幅から計算された距離と時刻を明記している。


 地図はタブレット端末でもよかったのだが、民生用のタブレット端末ではバッテリーが上がるのが早く、それに加えて衝撃に弱いなどの弱点がある。その点、アナログな記録方法は残りやすく、いざという時に安心できる。


 軍用規格のタブレット端末ではそんな心配はせずともよかったのだが、久隆はもう軍人ではない。軍の装備で利用できるのはタクティカルベストなどの私物だけだ。


「また足音がするな」


「……確認する?」


「そうしてくれ。もし、殺さなければいけないものだったら俺が仕留める」


「分かったの」


 レヴィアは久隆を信頼しつつあった。


 人間が人間の敵である魔族を助けてくれることなどないと思っていたが、目の前の久隆は身を張ってレヴィアを守ってくれている。食事を出してくれた。寝床も提供してくれた。そして、足の治療もしてくれた。


 これが罠か何かだと疑うような気持ちはレヴィアはなかった。


 久隆は信頼できる。


「アガレス! べリア! レヴィアなの!」


 足音がぴたりと止まる。


 だが、声に反応した化け物である可能性は否定できなかった。


「畜生。複数の足音が。また確認してくれ」


「分かったの」


 それにいくら魔王でもレヴィアには実戦経験がない。魔物も人も殺したことがない。だが、久隆は手慣れている。どこまでもスムーズに相手を仕留める。


「来るぞ。ライトで照らすから確認を頼む」


 久隆がそう告げた直後、曲がり角から先ほどの緑色の怪物を倍にしたような大きさの化け物の群れが現れた。手には先ほどの化け物と違ってしっかりとした鉄の斧を有している。相手の得物の長さは40センチほど。


 それが4体。


「殺していい奴なの!」


「分かった」


 相手が行動を起こす前に再び人工筋肉をバネにして跳躍し、狼狽える化け物の首を刎ね飛ばす。頭を叩き潰さないのは、斧を次の瞬間にすぐさま利用するためだ。


 2体目、3体目、4体目の化け物たちが一斉に斧を構える。だが、既にここは久隆の間合いだ。逃げるには遅すぎ、行動するには遅すぎる。


 久隆は1体目の化け物の体を蹴って、2体目の怪物の腹部を狙う。狙いは腎臓。激痛と大量出血が見込める人体の急所だ。そこに斧が深々と食い込む。


 2体目の化け物が悲鳴を上げている間に、斧を引き抜き、3体目の化け物に向かう。まずは相手が振り下ろしてきた斧を躱し、無防備な相手の腕を思いっきり蹴り飛ばして得物を遠くに蹴りやり、斧を股間に振り上げる。


 激痛を前に化け物が悶え狂い、その隙に4体目に取り掛かる。


 4体目は臨戦態勢だった。斧をしっかりと構え、その刃を久隆に向けている。


 久隆は太もものホルスターから軍用ナイフを素早く引き抜くと化け物の顔に、思いっきり投擲した。軍用ナイフは狙い通りに化け物の目に刺さり、悲鳴を上げる化け物の頭を久隆は叩き割った。


「足音も気配もなし。クリア」


 久隆は消えつつある化け物の死体を前にそう宣言した。


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