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──レベルアップ
「信じられないの……。超深度ダンジョンの魔物をこうも簡単に倒すなんて」
「それなりに鍛えてはいるからな」
「そういうレベルじゃないの!」
久隆は軍人だ。それも特殊作戦部隊に所属していた軍人だ。
久隆は深夜に軍用ナイフ1本で敵1個小隊を壊滅させたこともある。音もなく敵に忍びより、敵の首を引き裂き、腎臓を滅多刺しにし、心臓にナイフを突き立てるのだ。そうやってひとりで、軍用ナイフ1本で、敵を殺した。1個小隊40名を殲滅した。
だから、今の近接戦闘も要領は少し違うが、似たようなものだった。
奇襲効果こそないものの、化け物の弱点が人間と同じならば、久隆にとって殺せない相手ではない。久隆がこれまで殺してきた連中のリストに名前を載せるだけに終わる。
「きっとレベルが凄く高いの。レベルはいくつなの?」
「レベル? 階級のことか? だから、元海軍少佐だと……」
「そうじゃないの。レ・ベ・ル。きっとレベル6かレベル7ぐらいはあるのね。間違いないの。レヴィアは魔王だから分かるの。魔王だから!」
「いや。なんだ、それ?」
「……レベルを知らないの?」
「知らん」
ゲームでは経験値を集めるとレベルアップするというような話を聞いたことはあるが、ここは現実だ。ゲームの世界じゃない。人間の特質を数値化するという試みは大学入試や営業成績、あるいは授与された勲章の数で行われてきたが、数値化できないものもあるだろう。軍隊においては数字は重要だが、軍人の能力で数値化できるものは少ない。
「おかしいの。この世界、絶対におかしいの!」
「いや。おかしいのはそっちだと思うぞ」
レヴィアが叫ぶが、久隆は肩をすくめた。
「今からレベル測定を行うの」
「どうやって?」
「レヴィアに任せるの」
レヴィアはそう告げて人差し指と親指で丸を作ると久隆の方を向いた。
「……!? 信じられないの! たったのレベル2なの! それも1レベルはさっきの戦いで上がっているの!」
「あー……。それは悪いニュースか?」
「違うの、違うの! レベル2だけれどステータスは魔族におけるレベル9以上に相当するの! これは凄いことなの! けど、魔力はゼロなの。空っぽなの。これじゃあ、ステータスが分からなかったのも当然なの」
「レベル9ってのはどれぐらいのものなんだ?」
「レヴィアの近衛兵たちがほぼレベル9なの。彼らはどこまでも辛い経験をして、訓練に励んで、実戦に挑んで、ようやくレベル9になったの。お前も元軍人だそうだけど、凄い訓練していたの?」
「まあ、それなりにはな。いろいろと体力が求められる職場だった」
それなり以上である。日本海軍唯一の特殊作戦部隊である特別陸戦隊は高度な戦闘技術が求められた。水中でも行動でき、陸でも行動できる。場合によっては空挺降下することもある。それに加えて、強化外骨格(エグゾ)なしで数十キロの荷物を背負って行動することすら求められるのだ。
そして、当然ながら戦闘ができなければならない。ナイフから対戦車ミサイルまで。あらゆる武器を使いこなすことが求められた。場合によって狙撃手選抜課程に入り、狙撃手としての技術を身に着けることもある。久隆は狙撃手の道は選ばなかったが、将来的には将官になろうと海軍大学校で指揮参課程を通過している。
つまり、体力もあるし、頭も切れる。
ほとんどの特殊作戦部隊の隊員はそういうものだ。ただし、彼らは軍事的に優れた存在ではあるが、政治的に優れた存在かどうかは分からない。政治的な発言をする軍人というのを久隆は嫌っていた。
そして、
「凄いの! 凄いの! これからレベルアップしたら凄いことになるの!」
「そんなに簡単にレベルアップするものなのか?」
「うーん。人間も魔族も経験を積むことでレベルアップするの。さっきみたいに実際に戦うのが一番レベルが上がりやすいの。訓練ではそこまでレベルは上がらないの。上がったとしてもレベル4くらいが上限なの」
「そういうもんか」
しかし、レベルとは。
もしや、久隆自身、既にダンジョンがこの世界に現出したことの影響を受けているのだろうか? 少なくとも久隆はこれまで数百人という人間を自分の手で殺してきたが、レベルが上がったなどという現象には出くわしていない。
「初期値の成長値がこれだけ大きいと凄いことになりそうなの……」
「レベルを上げ続ければ同じくらいにはなるんじゃないか?」
「そんなに世の中、甘くないの。世の中はビタースイートなの。レベルには上限があって、魔族も人間もレベル10前後でレベルアップが止まるの。たまに限界を突破する魔族や人間はでるけど、本当にたまになの」
「ちなみにお前はどうなんだ?」
「もちろん、レヴィアは魔王だから限界突破するに決まっているの!」
「今のレベルは?」
「……レベル6なの」
はあ、と久隆とレヴィアが同時にため息をつく。
「つまり、今のところ俺の方が強いわけだ」
「レ、レヴィアは魔法が使えるもん! 魔力ゼロじゃないもん!」
「それもそうだな」
確かに魔法というのは便利そうだった。
氷のつららで攻撃する。きっと他にも魔法はあるだろう。
さっきのように多数の敵を相手にする場合は任せた方がいいかもしれない。
流石の久隆も身長2メートル越えの武装した化け物を相手に立ちまわるのは苦労する。
「それじゃ、もしさっきみたいに敵が複数出てきたら魔法で援護してくれ。ただし、俺は巻き込まないようにな。できるか?」
「できる!」
「よし。任せたぞ」
久隆はそう告げるとダンジョンを再び進み始めた。
足音は複数聞き取れている。久隆自身は足音を立てない歩き方をしているが、レヴィアはお構いなしだ。相手の足音が聞こえているということは、こちらの足音も向こうに聞き取られているだろう。
このダンジョンの環境がその可能性を増している。
ダンジョンは僅かな光源に照らされるだけで、薄暗い。ライトの明かりがなければ道に迷うだろう。そして、動物というものはそのような環境に対して適応するものだ。
一部の蛇のようにサーマルセンサーを有することや、猫のように微弱な光を増幅して視界を有すること。あるいは聴力を上げて、音によって地形と他の生物の位置を把握するというもの。恐らく、ここにいる連中の耳はいいだろう。
「また足音が近づいてる。数は5から6体。確認を頼む」
「任せるの」
レヴィアはそう告げて久隆のライトで照らされた曲がり角を見つめ続けた。
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