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──魔法と斧
曲がり角から現れたのはさっきの化け物と同じ体長2メートル越えの斧で武装した連中だった。数は5体。やはり、この薄暗闇に適応していて耳がいいのか久隆たちの姿を見ぬままに、真っすぐ久隆たちに向かってきていた。
「レヴィア! やれ!」
「任せるの! ふ、『吹き荒れろ! 氷の嵐!』」
レヴィアが魔法を詠唱すると空気中の水分が氷となったかのような現象が生じ、その氷が刃のように鋭く形成され、それが吹きすさぶ嵐の中で化け物たちを滅多切りにし始めた。化け物は目をやられ、手足に裂傷を負い、悲鳴を上げる。
「よし! いいぞ。上出来だ」
魔法の効果が切れると同時に久隆が斧で化け物たちに襲い掛かる。
先ほどの魔法攻撃で弱っていたところに斧を持った久隆だ。
久隆は斧で首を刎ね、腎臓を叩き切り、頭を潰す。流れるような動きで瞬く間に5体の化け物を始末した。化け物はほとんど何の抵抗もできず、その姿が消え去り、ゴブリンのときと同じように黄金と宝石を残していった。
「ところで、この化け物の名前は?」
「多分、オークだと思うの。しかし、超深度ダンジョンのオークは中深度ダンジョンのオークロードに匹敵する強さだと言われているの。それをレヴィアとお前でやっつけたの! それも5体も! これは大勝利なの!」
「そっちの魔法もかなり使えるってのが分かったから頼りにできるな」
魔法で怯ませ、立ち直る隙を与えぬままに、斧で叩き切る。
リスクは減り、勝率は上がった。
「レベルは上がったと思うか?」
先ほどレヴィアからレベルが上がったと言われて、意識はしなかったものの、どことなく体が軽くなっていた。とはいっても、超人のようになったわけではない。意識すれば気づくレベルで感覚や手足の動きが鋭敏になっただけだ。
「うーん。上がってないの。レベル2からレベル3に上がるには、相当な努力が必要なの。レベルが上がるごとに次のレベルに進むのは難しくなっていくものなの」
「そういうものか」
だが、確かに身体能力が上がった気がする。だが、四肢をパラアスリート用の義肢にしている久隆にとって身体能力の向上は脳に叩き込んだ義肢をコントロールするためのオペレーティングシステムと義肢そのものの能力の最適化しかありえない。
いくら間違っても人工筋肉が勝手に出力を上げることはないだろう。
「しかし、今日はここまでだな」
「なんで!? もっと進むの! ここまで来たのだから4階層ぐらいまでは行けるの!」
「いや。思ったより広い。裏山は確かに広い山だったが、このダンジョンは空間が歪んでいるのかもっと広くなっている。全て探索しきるには物資が不足している。夕食までには帰れるようにしておかないと俺は昼食しか持ってきてない」
「むー……。残念なの……」
「大丈夫だ。俺がどこにでもあるような斧で相手を倒せるんだ。お前の部下はもっと強いんだろう? 心配することはない」
「それもそうだけど……。やっぱり心配なの! アガレスもべリアもきっと心配していて、無茶な探索をやっているに決まっているの!」
「なら、俺たちはもっと準備を整えて、万全の態勢で迎えに行けるようにしておかないとな。医療品や食料をもっと持ってくるべきだ。用心してし過ぎることはない。お前がやられたら、きっとそのふたりも悲しむぞ」
「……分かったの」
子供の割には意外と素直だ。わがままをそこまで言わない。
教育がよかったのだろうか。近頃の子供は理屈っぽくて、口答えをするものだが。
「帰るまでが冒険だ。俺の後ろにぴったりついておけ。道は分かれていた。後ろからも前からも襲われる可能性はある」
「お腹空いたの」
「外に出たら弁当を食おう」
久隆は一応化け物が落としていった宝石と金貨を拾っておく。下手に残しておいて、ここに何かあると思われたくはない。何事もなかったかのようにしておかなければ。
幸いにしてここは私有地だ。警察とて不用心には踏み入れない。
久隆は来た道を用心しながら戻っていく。道に迷うような馬鹿な真似はしない。
2時間ほどかけてきた道を戻った。時間は朝の8時にやってきて、2時間30分ほどかけて探索し、帰りに2時間と4時間43分が経過している。それはレヴィアのお腹も減るはずだ。もう12時30分を過ぎているのだ。
「さて、弁当にしよう」
ダンジョンの入り口から程よく離れた岩の上に久隆とレヴィアが腰かける。
「む? これは変わった食べ物なの。米は南方から献上されるから知っているけれど、それを丸めてあるの? 保存の効果があるの?」
「いや。そういうものはない。食べやすいだけだ。食器を使わなくても食べられるだろう? こうやってガブリとかぶりつくんだ」
「なるほど。効率的なのね」
ラップに包まれたおにぎりのラップを半分ほど外すとレヴィアは思いっ切り食らいついた。中身は鮭のフレークがひとつと塩昆布がひとつだ。
「うん! おいしいの! けど、保存が効かないのは問題なの……。これからダンジョンを何階層も攻略していくことになったら、1週間、2週間はダンジョンに潜ることになるの。何か保存のきく食べ物はないの?」
「なくはないが……。しかし、1、2週間も家を空けていると噂になるな……」
この田舎ではなんでも噂になる。久隆が1、2週間家を空けたら、何が起きたのだろうかとこの村は騒然とするだろう。警察にも通報されるかもしれない。まず考えられるのが山での遭難なのだから。
ある意味ではダンジョンで遭難しても助けが来る可能性はあるということだ。だが、ダンジョンの存在もレヴィアの存在も明らかになる。
「この黄色いのはなんなの?」
「たくあんだ。漬物だよ。野菜代わりだと思って食べておけ」
「む。これはなかなか……」
漬物でも本当になんでも臆せず食べるなと久隆は感心した。
「で、これからだ。当然のようなことだと思うが、ダンジョンってのは深くなれば深くなるほど化け物の脅威が高くなるわけなんじゃないか?」
「当然なの。だから、超深度ダンジョンは危険なの。ダンジョンの奥に何が潜んでいるのか分からないの」
「ダンジョンコアというのも最下層にあるのか?」
「最初はダンジョンの登場とともに地表にあるの。それからゆっくりと沈み続け、最下層に固定されるの。レヴィアたちはダンジョンが生まれたことを確認するために地表で、ダンジョンコアのことを確認していたの」
「なるほど。それでバラバラになったと」
「そうなの……。きっとみんな心配しているの……」
「どうにかしなくちゃいけないな」
20階層以上のダンジョンだ。それも1階層の地図を埋め尽くす暇もなく、4時間が経過するほどに広いダンジョンだ。これを攻略するとなると装備と物資は確実に備えておかなければならない。幸い、久隆には思いつく当てがあった。
「今は辛抱だ。だが、確実にお前を仲間たちのところに帰してやるからな」
久隆はそう告げてレヴィアの頭を撫でた。
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