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災害非常食

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 ──災害非常食



 久隆が保存のきく商品でまず思いついたのは缶詰だった。


 確かに缶詰は保存が効く。だが、重量にもなる。


 缶詰がダメになると選択肢は限られてくる。


「これだ、これ」


「なんなの、これ?」


「災害非常食だ」


 自宅のノートパソコンの画面をレヴィアが覗き込むのに、久隆がそう答える。


 ノートパソコンの画面には最近の軍用レーションのようなパックされた食べ物が映っており、それを実際に皿に広げた様子も映し出されている。メニューはカレーとウィンナー、それからツナサラダだ。


「……? これはどういう仕組みなの?」


「基本は軍のレーションと変わりない。化学反応で熱を起こすものが入っていて、パックしたまま温める。レーションと同じく密閉されているため、保存も効く。これがあればダンジョン内での食糧問題は解決だ。軍と同じならば、重さもそこまでない」


「普通、保存食と言ったら固く焼いたパンにキャベツの漬物、そして干し肉と決まっているの。だけど、こっちの方がそれよりもずっと美味しそうなの!」


「今の保存食は味にも重点を置いてるからな。特に災害時の食事は気を配っている。災害時はストレスで食欲が減る。それでも栄養を摂取するために食事をしなければならない。これには1日の食事で必要とされるビタミンやタンパク質がちゃんと含まれている」


 久隆はそう告げて災害非常食のセットをネット注文した。届くのは3日後だ。


 それからペットボトル入りのミネラルウォーターをいくつか注文しておく。水分補給は欠かさず行わないとこの夏で毎日あのダンジョンに通うことになるのだから、水分不足で健康に支障が出ては困る。


「食料に関してはこれで解決だ」


「では、明日から深層を目指すの!」


「荷物が届くのは3日後だ。それまでは1階層を少しずつ攻略していく」


「むー……。早く荷物が届くといいのに……」


 レヴィアは残念そうな顔をして、頬を膨らませた。


「ところで、一応聞いておきたいんだが、化け物がダンジョンの外に出ることはないよな? 出るなら流石に俺だけでは手に負いかねる」


「出ないの。ダンジョンの魔物はダンジョンコアから魔力供給を受けているから、ダンジョンの外に出たら、あっという間に死ぬの。それを本能で知っているから、魔物が外に出るようなことは心配しなくていいの」


「それは助かった。後はちょいとばかり工夫を凝らしておかないとな」


 そう告げて久隆は立ち上がった。


「どこに行くの?」


「ホームセンターだ。スーパーに行くついでにな」


「レヴィアも行くの!」


「いいぞ。ただし、大人しくしておけよ?」


「もちろんなの!」


 久隆の後をレヴィアがトトトと追いかけ、彼らは再び自動車に乗り込んだ。


……………………


……………………


 ホームセンターで久隆が何を買ったかと言えば、武器ではないし、防具でもない。DIYをしたところで民間で販売されてるもので、武器や防具になるものは限られるし、いらぬ買い物をして警察に目をつけられるようなことはしたくなかった。


 久隆が買ったのは工事現場などに置く三角コーンとバー、そして工事中という看板だった。それだけを買って久隆はホームセンターを出た。


「いろんなものがあるところだったの……。けど、それは何の役に立つの?」


「うっかり他の人がダンジョンに入り込まないようにするための道具だ。これを置いておけば無断でうっかりダンジョンに入り込むようなことはないだろう」


「つまり、結界……?」


「違う」


 久隆が心配していたのは興味半分でダンジョンを覗きに来る人間がいないかどうかだった。地元の年寄りたちはよほどのことがない限り、他人の土地に入るようなことはしないが、その親戚の若い孫などになると分からない。


 そのために工事中という看板を立てておくのだ。


 まあ、最近は迷惑な動画作成者も法律で取り締まられるようになったので、工事中という看板を見れば回れ右するだろう。それに防空壕に入った小中学生が死んだのはそう昔の話ではない。学校では散々、危ない場所に入るなと教えられているはずだ。


「ただの柵なの? 貧相な柵なの。一発で破壊できるの」


「壊すな、壊すな」


 柵としては確かに三角コーンとバーだけでは貧相だ。破壊するまでもなく、簡単に乗り越えて中に入れる。だが、工事中と書かれた怪しげな穴を三角コーンで囲ってまでしてあれば、滅多なことでは人はその中に入ろうとしない。


「予備の乾電池も買っておいたし、ライトも大丈夫だ。こういうことは少しずつ進めていかないとな。俺たちは人手も物資も不足している。ちゃんと準備しておかないと、周りに迷惑をかけることになる。お前もお前を探している連中に迷惑かけたくないだろ?」


「そうなのだけれど……。早く助けにいってあげたいの」


「分かってる。できるだけ急ぐつもりだ」


 久隆もあのダンジョンの中に閉じ込められている人間──いや、正確には魔族だろうが──がいるとしたら助け出したいし、何よりレヴィアを迎えに来てほしい。


 だが、今は人手が足りないし、物資もない。ことを急ぎすぎれば二次遭難だ。


「そうなの。人手は人を雇えばいいの。傭兵を雇うの!」


「傭兵を雇うってな。この平和な日本の片田舎に民間軍事企業PMCなんてやってきたら、それこそ大変な騒ぎになるぞ。そもそも俺にはそんな連中を雇えるだけの金は持っていない。連中を雇うには大金がかかる」


 民間軍事企業PMCはピンキリだが、良質で口の堅い会社を雇うとなると、それなりの費用がかかることを久隆は知っている。正規軍の兵士より高給取りなのだ。その代わり、昇進はないし、保険もない。捕虜になっても助けてもらえるか分からない。


 それだけのリスクを背負っているからこそ、彼らを雇うのは金がかかるのだ。


「お金ならダンジョンで稼げばいいの! 超深度ダンジョンだから、1階層でもそれなり以上の利益が得られるの!」


「いやいや。俺の国であの金貨は使えないからな? 宝石も換金できないぞ。宝石は産地がはっきりしていないと売買できないって法律ができたんだ。戦争のために宝石を使う連中のせいでな。だから、ダンジョンにいくら潜ろうと金は稼げない。出ていくだけだ」


「金貨も使えないの?」


「難しいな。出自不明の金を換金してくれる奴は滅多にいないだろうし、税金の額で国税庁を通じて政府にダンジョンの存在がバレかねない」


 不適切な金の流れがあれば、すぐに脱税を疑われる世の中だ。民間軍事企業PMCなど雇える金が突如として田舎から出現すれば、国税庁が間違いなく嗅ぎつける。それに出自不明な怪しい金を現金にしてくれる場所も少ないだろう。もちろん、貴金属買取を行ってる業者は存在するが、それだってむやみやたらに換金しているわけではない。


 まして、民間軍事企業PMCを雇えるような額ともなれば、反社会的組織のマネーロンダリングを疑われる可能性すらある。


 とにかく、不用意な行動は避けると決めた以上、安心できる相手でない限り取引はしない。知り合いに少しばかりこういう出自不明の金や宝石を扱っている地下世界アンダーグラウンドの人間がいるが、そっちも現段階では信用しない。


「少しずつだ。だが、確実に助けてやる」


 久隆はレヴィアにそう言い聞かせた。


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