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二番目の遭遇者

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 ──二番目の遭遇者



 翌朝、再び久隆たちはダンジョンに挑むことになった。


 今日も弁当と水筒を持っただけの探索だが、昨日より広範囲の探索を目指していた。


 昨日、探索した場所にはメモを残してある。この階層の判明している限りの地図と出口までの道のり。化け物──魔物には文字が読めないそうなので、そういうものを残しても大丈夫だと判断した。


「いくぞ、レヴィア。また多数敵が来たら援護を頼む」


「分かったの」


 昨日と同じく前方と後方に注意しながらの探索だ。


 本当はもうふたりメンバーがいた方がフォーメーション的には安定するのだが、最小単位のツーマンセル二人一組で行動するしかない。今は人手が足りないのだ。


 あれからいろいろと考えたが、やはり宝石と金を換金するのは難しく、民間軍事企業PMCを雇うのは不可能に近かった。それに民間軍事企業PMCも信頼できるところを選ばなければ情報が漏洩する可能性がある。


 結局のところは、事情を知っている久隆が動くしかない。


「止まれ」


 久隆がハンドサインと言葉で合図する。


「足音だ。複数。恐らくは6体。それも走ってこっちに向かってきている」


「レヴィアたちならやれるの」


「いや。待て。ひとりだけ足音が軽い。ゴブリンが追われているのか……?」


 久隆は斧を握ったまま曲がり角をライトで照らし、レヴィアが確認できるように視界を確保しておく。これで飛び出てくるものが何だろうと判別できるはずだ。


「来るぞ。レヴィア。しっかり確認してくれ」


「分かったの!」


 足音は急速に近づいて来ている。やはり、軽い足音──体重30から40キログラム程度だと予想される──の足音の後ろから、この間の戦ったオークたちの足音が響いている。今度は変わった状況のようだ。


「ひかっ、ひかっ、光っ!」


 息を切らせて久隆たちの前に飛び出してきたのはゴブリンではなく女性だった。


 いや、だが人間の女性ではない。魔女の被るような三角帽子の頭部からは角がはみ出ている。レヴィアのそれとは少しばかり形状が異なる。レヴィアのそれがぐるりとアンモナイト状に巻いた小ぶりの角なのに対して、飛び出してきた女性は牛のような短く、前に尖った角をしている。


「レヴィア!」


「フルフルなの! 仲間なの! 攻撃しちゃダメ!」


「分かった!」


 となると、後ろからついて来ている足音は追手か。


「レ、レヴィア陛下っ! ああ! よかった!」


「早くこっちに来るの! 魔法を叩き込むの!」


「わ、分かりましたあ!」


 へたへたと座り込みそうになったところを足を引きずるようにして、フルフルと呼ばれた女性がレヴィアの方向に向かっていく。


 それと同時にオークたちが姿を見せた。


「ふ、『降り注げ、氷の槍!』」


 レヴィアが詠唱し、無数の氷の槍がオークに向けて降り注ぐ。


 しかし、どうにも勢いが足りないのか氷の槍の何本かはオークの肌で弾かれた。だが、数本はオークに突き刺さり、オークが悲鳴を上げて斧を振り回す。


「よし。よくやった、レヴィア」


 久隆は斧でオークの首を刎ね飛ばす。既にオークの斧の間合いに入っているが動きは久隆の方が遥かに俊敏で、オークがでたらめに振り回す斧など掠りもしない。


 久隆は的確にオークの急所を突いていく。オークというよりも人間の場合の弱点だが。頸動脈、大腿動脈、腎臓、頭部。斧で潰せる部位は片っ端から潰していく。どうやらオークの解剖学は人間と同じようであり、人間の場合の急所を突けば、オークも倒れる。


 5体のオークは瞬く間に殲滅され、姿を消すと宝石と金を残していった。


「足音はしない。他に追手はいないな」


 静かになったダンジョンで久隆が耳を澄ませ、地面に手を置き、音と振動で敵の気配を探るが、この付近に他に魔物はいないようである。


「で、そっちの人は大丈夫なのか?」


「意識がないの! きっと急性魔力欠乏症なの!」


「おいおい。それはどうやったら治るんだ?」


「魔力を与えれば落ち着くはずなの。ナイフを貸してほしいの」


「分かった。気を付けて扱えよ」


 久隆がホルスターから軍用ナイフを抜いてレヴィアに手渡す。


「んっ……!」


 レヴィアはそのナイフで手の平を切ると、そこから流れる血をフルフルの口に運ぶ。


「おい。大丈夫なのか?」


「これぐらい痛くないの。フルフルが死んでしまう方が心配なの」


 ああ。部下思いなんだなと久隆は感心した。足を捻挫して泣いていたというのに。


「ん……?」


 久隆が警戒を続ける中、フルフルが目を覚ました。


「フルフル! もう大丈夫なの? どこか怪我とかしてないの?」


「ああ! 陛下、陛下、レヴィア陛下あっ! ご無事でしたかあ! もう皆、心配で、心配で……っ! 陛下がご無事でよがっだでずうっ!」


 フルフルという女性はもう涙をだらだら流しながらレヴィアを抱きしめていた。


「感動の再会はいいことだが、外でやろう。また客が来るかもしれない」


「は、はい。先ほどはありがとう──」


 フルフルが久隆を見て固まった。


「に、に、に、人間っ!? 人間がいるっ! だ、だ、だ、だ、誰か助け、助けて!」


「情緒不安定か」


 ようやく落ち着いたと思ったら、久隆を見た途端に突然慌てふためき始めるフルフルを見て久隆はため息を吐く。


「フルフルは家族を人間に殺されたことがあるの。それに彼女自身も危なかったの。だから、怯えるのは許してあげてほしいの」


「別に構わないが、俺の家に連れて帰ることになるよな?」


「そうなるの」


 そう告げてレヴィアがフルフルを見る。


「フルフル。久隆は悪い人間じゃないの。レヴィアのことも助けてくれたの。この世界の人間たちは魔族だからという理由で殺しに来たりはしないの。レヴィアはこの世界の人間に足を診てもらったぐらいなの」


「そ、そうなのですか……?」


「そうなの! レヴィアが安心しているのだからフルフルも安心するの」


「わ、分かりました……」


 フラフルはおずおずと久隆の方を向く。


「お名前は久隆様ですか……?」


「球磨久隆だ」


 久隆はそう告げてフルフルの目をしっかりと眺めた。


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