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──メッセンジャー
フルフルは妙齢の女性だった。
背丈は150センチほど。ぼさぼさした赤毛をショートヘアにし、たれ目気味な目には久隆に対する警戒の色が残る。服装は魔法使いが纏うようなローブ姿で、ローブの下にはシャツとスカート。スカートのベルトには様々な色の液体の入った試験管を下げている。
「紹介するの。この子はフルフル。べリアの側近なの。けど、べリアはどうしたの? まだダンジョンの中にいるの?」
「はい。私はダンジョンコアが暴走したときにアガレス閣下のところに飛ばされました。それからアガレス閣下はダンジョン内での生活基盤を整え、ダンジョンからの脱出を試みられております。べリア様とはもう全く連絡が取れておりません……」
「そうなの……」
ぐすぐす泣きながらフルフルが報告するとレヴィアはフルフルの頭を撫でてやった。
「きっとダンジョンでの暮らしは辛かったに違いないの。だけど、もう安心するの。レヴィアたちはアガレスとべリアを迎えに行って、そして元の世界に帰るの!」
「は、はい! ……元の世界……?」
フルフルが首を傾げる。
「なんとね! このダンジョンは異世界と繋がってしまったの! だけど、安心するの。久隆がきっとどうにかしてくれるの」
「ひえっ! つ、つまり私たちは異世界に……? か、帰れますよね……?」
「きっと帰れるの。だから安心するの」
顔面蒼白がさらに青白くなるフルフルにレヴィアがポンポンと頭を撫でてやる。
「引き上げるぞ。とにかく、そいつに落ち着いてもらって、事情をちゃんと聞こう。それにかなり衰弱しているように見える。まずはお茶を飲むんだ。それだけでも体力は少し回復するし、落ち着ける。ほら、これを」
久隆は背中に背負った登山用のバックパックから水筒を取り出し、蓋を開けてフルフルに差し出した。だが、フルフルは酷く警戒して、全く手に付けようとしない。
「大丈夫、大丈夫なの。久隆は安心できるの。ほら」
フルフルの代わりにレヴィアが水筒を受け取り、ごくごくと麦茶を飲んだ。
「あわわわわわっ! そ、そんな得体の知れないものをっ!? げ、げ、解毒の魔法を! 『浄化されよ、悪しきものよ去れ!』……? あれ? 効果がない……?」
「だから、大丈夫だって言ったの」
そう告げてレヴィアがフルフルに水筒を差し出す。
「飲むの」
「は、はい」
レヴィアに言われてようやくフルフルは麦茶に口をつけた。それからは一気にぐびぐびと麦茶を飲み干していく。よほど喉が渇いていたのか、息継ぎする様子すらない。
「ぷはっ! 生き返りましたー……」
ようやく落ち着いた様子でフルフルが告げる。
「じゃあ、外に出るぞ。歩けるか?」
「に、人間が、わ、私を気遣うとはどういうことですか!? 何か罠を仕掛けているのですか!? はっ……! まさか、恩を売っておいて、倍にして返せとかいう契約魔法を行使しているのですか!?」
「落ち着け。何もしてない」
フルフルは手に持っていた杖を持ってよろよろと立ち上がった。
「フルフル、歩けるの? 大丈夫なの?」
「これしきのことだ、だ、大丈夫です、へ、へ、陛下……」
「滅茶苦茶よろよろしているの。生まれたての小鹿なの」
フルフルはなんとか歩けるという具合だった。
「それじゃあ、次に襲われた時には助からないし、時間がかかる。レヴィア、バックパックを背負ってもらえるか? そう重くはない」
「任せるの!」
レヴィアは久隆からバックパックを受け取った。
「さ、背負ってやるから乗れ」
「に、人間が魔族に背中を見せるなんて……。馬鹿なんですか……?」
「誰が馬鹿だ。馬鹿はそっちだ。ここでぐずぐずしているとさっきのような連中にまた出くわすぞ。今度は全員守れるという保証はないからな。逃げるのが先決だ。お前の体力もそこまで回復しているようではないし」
「ううっ……。人間なんかにド正論で負けてしまいました……。もう私の尊厳はボロボロでずう……」
「いいからさっさとしろ。死にたいのか」
「分かりました! 分かりましたよ! お、お願いします!」
フルフルは恐る恐ると久隆の背中に乗った。
「レヴィア。ぴったりついてこい。一気に戻るぞ」
「分かったの!」
久隆はフルフルの重さを感じさせぬ速度で走り始め、後ろから中身はほとんどからのバックパックを背負ったレヴィアが続く。
ふたりは道に迷うことなく、ダンジョンの出口を目指し、やがてダンジョンの外の光が見えてきた。ダンジョン外から夏の熱気が風によってダンジョン内に吸い込まれてくる。しかしながら、不思議とダンジョン内では夏の暑さはあまり感じられない。
(むっ……! これは刀ですね……? 貧弱な付呪師の私でも背後から刀で襲い掛かればこの男を仕留められるのでは……?)
久隆の背中にいるフルフルは久隆が背中に下げていた鞘に包まれた山刀を見て、そのようなことを考えていた。
「山刀には触れるな。よく研いであるから怪我するぞ」
「さ、さ、さ、触りませんよ!」
ギクリとしながらフルフルが首を横に振る。
「さて、出口だ。今日は家まで帰るか」
「それがいいの。今日はフルフルを休ませてあげないといけないの」
「そうだな。お前の大切な部下だものな」
久隆たちは工事中と書かれた看板の横を抜け、裏山を降りると久隆の家の裏口を潜り、家の中に入った。クーラーはまだ付いていないので蒸し暑いが、すぐにクーラーと扇風機をつけたので空気がひんやりとし始める。
「す、涼しい……。まさか氷系統の魔法を……?」
「違うの。この世界は電気で動いているの。魔法は使われてないの。久隆も魔力を持ってないの。それに他の人間たちもどうやら魔力を持ってないようなの」
「魔力もなしでどうやって暮らしていっているというのですか……」
「そこが面白いところなの。是非ともこっちの技術をヴェンディダードにも持ち帰りたいところなの。きっと国が豊かになるの!」
「流石は陛下です! この状況でも我らがヴェンディダードのことを思われているなんて、私感動しましたー!」
ははーっと平伏するフルフル。
「おい。何日ほど飯を食ってない?」
そこで久隆が尋ねに来た。
「ダンジョン内で日数を知るのは難しいのですよ。ですが、そうですね。3、4日ぐらいでしょうか……。アガレス閣下に地上を目指すように言われてからひたすら地上を目指し続けて3、4日。速度上昇の付呪をかけ続けて走り続けましたが……」
そこでぐぅーとフルフルのお腹が鳴いた。
「そうか。3、4日か。じゃあ、まずは消化にいいものだな。今、レンジで作れるおかゆを温めてやるからそこの椅子に座って待ってろ」
「に、人間の施しなど受けないのです!」
「いいから座ってろ」
久隆はそう告げると戸棚を漁り始めた。
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