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──再戦、1階層から10階層
その日の午前中に荷物は届いた。
ライフル弾にも耐えられる防弾チョッキだ。
昔と違って防弾チョッキも軽くなった。ライフル弾が防げるものでも中のプレートや外のケブラーとナノカーボン繊維で作られた本体も、とても軽い。1キロあるかないかだ。これならば行動の支障にもならないと久隆は思った。
「ほら、これを纏っておけ。これで体に矢を受けても大丈夫なはずだ」
「変なのー」
「文句言うな」
防弾チョッキは大人だけが着用することを考えられていないので、子供用のサイズもある。もっとも子供用の防弾チョッキの需要は途轍もなく低いだろうが。
「マルコシア。残念だが、お前の分はこの前注文したところだ。届くのは明日だ」
「いいですよ。これまでもそういうのなしでやってきたんで!」
マルコシアとは初めての共同作戦となる。
これで4名。レヴィアが前方にマルコシアが後方に魔法を放てれば挟み撃ちにされてもどうにかなる状況が整った。それにフルフルの付呪が加われば、戦闘においては文句なしだ。久隆はそう考えていた。
弁当箱を4人分と水筒2本をバックパックに詰め込み、久隆たちはダンジョンに向かう。
「1階層から既に再構成が終わっているんだよな?」
「そうなの。けど、ダンジョンの構造そのものは変わっていないの」
「よし、じゃあ地図通りに進んで、片付けていこう」
陣形は久隆が先頭、その後ろをレヴィア、その後ろをフルフル、最後尾をマルコシア。この陣形で久隆たちはダンジョンに挑んだ。
戦闘はいつも通り、フルフルが付呪をかけ、レヴィアが攪乱し、久隆が突撃する。
レベルが上がったためだろうか。1階層のゴブリンやオークは確かに危険な存在のはずなのに、易々と倒せる。まあ、鎧を纏っていなければ、弓も持っていないので、脅威としてはかなり低いことは間違いないのだが。
久隆は指示を出しながら黙々とゴブリンとオークを殺していく。
腎臓を潰し、頭を潰し、首を刎ね、魔物が何かしらの行動を起こす前に仕留めていく。彼は未だに軍上層部が求めるキラーマシンなのだと思わせるかのように、久隆は瞬く間にゴブリンとオークを仕留めていった。
「凄い……」
レヴィアとフルフルには見慣れた光景だったが、マルコシアには初めての久隆の戦闘だ。彼の圧倒的な強さに彼女は呆然とさせられた。
「ぼけっとするな、マルコシア。後方は任せてるんだ」
「は、はい!」
思わず見とれてしまったが、マルコシアにはマルコシアの役割があるのだ。
久隆が前方で戦っている間、後方をカバーする。
次に入る仲間が近衛騎士か魔法使いかは未だ不明だが、マルコシアの今の立ち位置は後方の警戒とフルフルの護衛だ。
そう、フルフルも守らなくてはならない。捜索班全体の力を底上げするフルフルが倒れては、捜索班そのものが危険に晒される。そういうことがないようにマルコシアがフルフルを守っておくのである。
これまでは後方のふたりを気にしながら戦ってきた久隆だが、今後は後ろを任せられることでより楽に戦えるようになるかもしれないと期待していた。
「久隆様! 後方からオークです!」
「ああ。聞こえてる。対処を任せていいか、マルコシア」
「どんとこいです!」
久隆は後方からオークが近づいているのに気づいていたが、敢えて対処をマルコシアに任せることにした。実際に戦闘を任せてみて、どのような結果が出せるか試してみなければ、今後の戦闘計画が立てられない。
マルコシアの魔法がどの程度のもので、どの程度の戦術的判断ができるのか。
久隆はいざとなれば目の前のゴブリン2体とオーク1体を蹴散らして、マルコシアの下に向かう準備はできていた。
マルコシアのお手並み拝見だ。久隆は後方にも気を配りつつ、目の前のゴブリンの頭を斧で叩き潰した。
「『焼き尽くせ、炎の旋風!』」
マルコシアが詠唱し、炎の渦が2体のオークを薙ぎ払う。
オークは全身に大火傷を負ったが、まだ息がある。だが、戦闘不能なのは確かだ。
魔法の殺傷力についてはレヴィアと同程度かやや下か。レヴィアの魔法は斬り裂いたり、貫いたりと言ったダメージを与える。対するマルコシアは炎による火傷を狙う攻撃に思える。久隆はこの時点でマルコシアに背中を任せても大丈夫だと判断した。
オークたちは火傷を負い、炎のもたらす苦痛にのたうつ。
「レヴィア。トドメを」
「了解なの」
オークは戦闘不能だが消える様子はない。まだ生きている。
「大丈夫ですよ、レヴィア陛下」
マルコシアがそう告げると、オークを囲むように半透明の障壁が出現し、オークがその中で数分藻掻いたかと思うと消滅した。
「窒息させたのか?」
「ええ。言い忘れましたけれど、炎の魔法の他に簡単な結界魔法が使えます。本当に簡単なもので、オーガに殴られれば崩壊する程度の強度ですけど。けど、一度ああして戦闘不能にすれば障壁の中で窒息死させられます」
「なるほど。それは便利だ」
強度によっては足場などとしても使えそうだなと久隆は思った。それに相手を一時的に燃え盛る炎に包まれた空間に閉じ込められればマルコシアがいうように窒息が望める。火災での死因は炎による火傷に次いで一酸化炭素中毒──窒息が原因である場合が多いのだ。そして、密閉された空間で炎を燃やしてそれから敢えて敵に障壁を破壊させれば、バックドラフトで爆発を引き起こすことすら可能だ。
とにかく応用性は高い。彼女が戦術に科学を取り入れれば戦闘力は跳ね上がるだろう。久隆としては期待したいところだ。
マルコシアが戦力として加わったことによって1階層から2階層までは容易に掃討が終わった。3階層からはオーガが出没する。マルコシアの魔法がオーガにどこまで通じるか。試しておかなければなるまい。
3階層に降りながら久隆はそう考えた。
「オーガが4体、オークが10体、ゴブリンが5、6体」
3階層に降りるとすぐに久隆が索敵を済ませる。
「分かるんですか?」
「魔物がじっとしたら分からないかもしれないが、魔物は動き続けている。それならば把握可能だ。歩けば地面が振動する。足音もする。振動は複雑なものになるが、経験があれば分かる。実際にこの手の技術を使って戦争を戦ってきた」
久隆以上の聴覚と触覚の持ち主ともなると、500メートル先のエンジンとタイヤの音でその車種とマウントされている武装や兵士の数を把握できた。
ナノマシンで聴覚や触覚が強化されていたということもあるだろうが、現代の軍隊ではこの手の索敵も行われている。ドローン頼りの時代は終わった。ドローンは常に電子妨害というリスクを抱えている。自立飛行型のドローンですら電子妨害で映像を送れなくなるのだから、困ったものだ。
日本空軍が導入している親子戦闘機──親機である有人機と基本的にミサイルキャリアの役割を果たす無人の子機で編成されたもの──や、日本情報軍の仮想戦闘分隊──こちらもやはり親機となる有人のアーマードスーツと子機となる12体から40体の無人の子機で編成されたもの──のように強力なレーザー通信を行うのならば電子妨害は最低限だ。
だが、安価なドローンは貧者の空軍と呼ばれ、その程度の能力しか発揮できない。
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