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第16話 世界への招待状

『――最難関ダンジョン “アビス・ゼロ” を、私と攻略しに行きましょう』


 それは、世界ランキング1位のストリーマー・天城ルクシアからのまさかの招待状だった。

 スマホ画面の向こう、ルクシアは背もたれに身を預け、優雅に微笑んでいる。

 その対角の席には司会者と思われる男が座り、淡々と説明を始めた。


『今回の挑戦は、世界配信史上、最大規模となります。

 挑むのは最難関ダンジョン、アビス・ゼロ。制覇回数ゼロ、全層マッピング未完。

 そこに、我らがルクシア様が自らパーティを結成し、突入いたします!』


 画面が切り替わる。

 招集されたストリーマーたちの顔ぶれが次々に映し出された。


『ご覧ください。海外のトッププレイヤーたちが既に参加を表明。

 アメリカの“銀狼グスタボ”、ドイツの“ツェルニア”、オーストラリアの“ミナ・シルバー”。

 いずれも、世界最高のストリーマーたちです』


 :えぐすぎwwwwww

 :ランキング1位、2位、4位、6位が!?

 :最強パーティで草

 :――伝説、始動――


 錚々たる面子に、コメント欄も大いに盛り上がる。

 そして――


『そしてそして! 特別ゲストには、今の配信界の注目の的!

 日本が誇る“プリズム☆ライン”の皆さんをお招きしたいと思います!』


「な……っ!」


 香奈たちの名前がスクリーンに表示され、思わず驚きの声を漏らす。

 隣で、香奈の小さく息を飲む音が聞こえた。


「……やっぱり、香奈も聞いて無かったんだね。配信前の投稿で、明らかに僕たちを示唆するような宣伝文句やシルエットが載せられてたから、もしかしたら香奈が話をしてるのかと思ったんだけど」


 ショウタの言葉に、香奈はぶんぶんとかぶりを振って応える。

 一報も入れずに名前を使う――いや、もはや“使う”レベルを超えている。

 明らかな問題行動。


「強引すぎる……いくら世界一位だからって、許されることじゃない」


 ぎり、と。

 音がなるほど強く歯を食いしばる。

 そんな俺の苛立ちは、画面の向こうの女王には届かない。


『――実は、私はプリズム☆ラインの皆さんのでして』


「えっ」


 あまりに突拍子もない発言に、香奈が反応する。


『いつか一緒にダンジョンへ……と思っていたのですが、少々レベルの差が……。

 けれど、前回の中級ダンジョン配信、拝見させていただきました。とても素晴らしかった。

 これなら一緒に“アビス・ゼロ”に挑める、と確信しましたの』


「そ、そうだったんだ……」


「いや絶対嘘だからな」


 香奈をけん制する。

 どこまで素直なんだこいつ。

 ルクシアはまるで慈愛に満ちた女王のように微笑んでいるが、俺の脳内では警鐘が鳴り続けていた。


『詳細は後日共有いたしますが……ええ、香奈さんのパーティのメガネをかけていらっしゃるお方。

 彼には連絡先をお渡ししましたわ。もし参加を望むなら、どうぞ電話を』


 ファンとか言っときながら、名前すら憶えてないじゃないか!


 :プリズム? 知らんな

 :あれだよ、神カメラマンの

 :ルクシア様の方からコラボ誘うなんて珍しいな

 :話題性はあるけどアビスゼロは無理だろ


 コメントは、明らかに格落ちのプリズム☆ラインを誘ったことに対する懐疑的な意見が多い。

 配信はそのままエンディングに入った。


「い、一応……これ」


 ショウタがテーブルに二つ折りにされた小さなメモ用紙を置く。

 開くと、中には奴の電話番号。


「……絶対、乗るな」


 俺はテーブル越しに、香奈の目をまっすぐ見据えた。


「昨日、あいつは俺に直接オファーをしてきた。しかもその後、何の予告もなくこの配信だ。

 タイミングが良すぎるし……完全に、何か企んでるぞ」


「でも……」


 香奈の声が震える。


「でも、ルクシアさんは世界ランキング1位なんだよ?

 その人が一緒に配信してくれるって言ってるのに……ボクが断れると思う?」


 ショウタとケンタが顔を見合わせ、リサがスマホを握りしめたまま俯く。


「このチャンスを掴めば……一気に跳ねるかもしれない。

 人気も、フォロワーも。もしかしたら……治療費だって、全部!」


 その言葉に、俺は心が揺れた。

 “さいごに後悔しないように”。

 ついさっき香奈が放った言葉が、脳裏をよぎる。


「……本当に、これが最後だ」


 静かにそう言って、香奈の前にメモ用紙をスライドさせる。


「俺も同行する。お前が無茶しないように、カメラを回しながら見張っててやるよ」


 香奈は目を見開き、そしてこくんとうなずいた。

 次いでメモを手に取ると、そこに書かれた連絡先に電話をかける。

 数秒後、通話がつながり、画面が切り替わった。


『おや……? これは……』


 ルクシアの生配信は終了の直前。

 コメント欄がざわつき、司会者が驚いた顔を浮かべる。

 香奈は、小さく息を整えてから、ゆっくりと口を開いた。


「――綾瀬、香奈です」


 普段の配信とは違う、落ち着いた声。

 世界中が、香奈に注目している。


『あら。素敵なタイミング』


 まるでこうなることがわかっていたかのように、余裕を崩さないルクシア。

 香奈はにこっと笑みを浮かべ、まるでカメラで撮影されているかのように、スマホに向かってウインクを一つ。


「ご指名、ありがとうございます。ぜひ、一緒にアビス・ゼロへ行きましょうっ。

 コラボ配信、とっても楽しみにしてます!」


 :うおおおおおおお!?

 :マジで来た!?

 :さすがに仕込みだろ……?

 :プリズムライン参戦確定!

 :ルクシア×神カメ=伝説確定

 :やばいやばいバズる予感しかしない!


 ドカンと、流れるコメントの勢いが一段階上がる。

 先ほどまでは否定的な意見が多かったが、密かに期待していたリスナーたちが、香奈の登場によって一気に身を乗り出したのだ。


『ええ――こちらこそ、楽しみにしているわ』


 ルクシアが、口元を歪めて笑った。


『なーーーーんとっ! まさかまさか何というタイミング!

 ルクシア様率いる世界各国のトップ配信者連合チームと、話題沸騰中のプリズム☆ラインのコラボ配信が、今、この瞬間、確定いたしましたーーーーっ!!』


 リスナーの熱狂をさらに押し上げるように、司会者が煽り文句を並べる。

 そして通話を切る際に、香奈がもう一言、ダメ押し。


「もちろん、からね?

 期待しててよ、みんな! おつカナ~っ!」


 視聴者数のカウンターが、跳ね上がった。


【視聴者数:725,399人】。


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