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第17話 イグニス=ギア社の最新装備

『最難関ダンジョン“アビス・ゼロ”、世界同時生中継へ』


 そんな見出しが、昼のニュースを賑わせていた。


『注目のコラボパーティには、世界ランク1位の天城ルクシア氏を筆頭に、海外トップストリーマー3名が参加予定。日本からは話題沸騰の新鋭チーム“プリズム☆ライン”が参戦します!』


 報道キャスターが嬉々として喋るその横で、香奈の名前と俺のカメラ映像が並ぶ。

 番組内では『神カメラマン、再出撃!』のテロップまで踊っていた。


「本格的に、面倒なことになってきたな」


 俺はため息をつきながら、首都魔力技術研究所しょくばのとある部屋のドアを開ける。

 ここは、もともと書類の山で埋まっていた資料室だった。


「ジャーン! 今日からここ、ボクたちの秘密基地だよっ!」


 香奈が大げさに両腕を広げて、元気いっぱいポーズを決める。


「秘密基地……って、事務所代わりに使っていいってだけだぞ。所長に感謝しろよ」


 中級ダンジョン配信のバズを経て、プリズム☆ラインは一躍注目の配信チームに躍り出た。

 実力はさておき、登録者数も同接も急上昇。

 事務所くらい持たないと、という声が出るのも無理はない。


 そんな中、滝沢所長が古い資料室を一つ開けてくれた。

 ここの掃除には相当苦労したようで、埃まみれの白衣姿が、つい先ほどフラつきながら部屋へ戻っていくのを見送ったばかりだ。

 たぶん今ごろ、ベッドの上でバタンキューだろう。


「えへへっ、ありがとーリンママ!」


 香奈が満面の笑みで、いない所長に向かって手を振った。


「あ、あの、もう開けていいですか? さっきからずっとウズウズしてて……!」


 言葉を挟んできたのはショウタ。


「お、そうだな。今日はこれを開封するために集まってもらったんだ」


 俺はそう言うと、テーブルに置かれた段ボールを開封する。

 中には、ピカピカの最新装備が詰まっていた。


「わー! これが噂の新型アークブレード・ツインエッジ! 今使ってる旧型よりめちゃくちゃ軽い!」


 はしゃいだ香奈が、ぶんっと剣を軽く振る。

 空気が、ビリリと張り詰める音がした。

 俺は慌てて制止する。


「ちょ、危なっ……!」


 ガチャッ。


「せーんぱーーーぴぎゃーーーーーっ!?」


 元気な声とともに部屋に入ってきた安藤が、あやうく斬撃に巻き込まれるところだった。

 彼の開けたドアには、しっかりとブレードによって生み出された傷。


「こ、こ、殺されるかと思った! これまでとは違った意味でブラック企業にもほどがあるッスよ!」


「わ、ご、ごめーんっ! 入ってくるならノックしてよ~!」


 あわあわする香奈と、泣きながらしゃがみ込む安藤。

 まったく、騒がしい連中だ。


「……それにしても、さすがイグニス=ギア社製。軽く振っただけでこの威力か」


 俺は香奈から新型アークブレードをひょいと取り上げ、その光る刃をじっくり見つめた。


「ほー、衝撃吸収30%、魔力展開型フィールド搭載。どれをとっても業界トップクラスの性能。流石っすねえ」


 近づいてきた安藤が、段ボールの中からインナーアーマーを取り出し、タグに目を通す。


「それにしても、この最高級の装備はどうしたんすか?

 この段ボール1つだけでも一千万はくだらないでしょ」


「ああ、送って来たんだよ……


 イグニス=ギア社――かつて兵器メーカーとして名を馳せ、今は魔具マギアとストリーマー支援を手がける業界最大手。

 その広告塔がルクシアだ。

 彼女の装備は全てイグニス=ギア社の特注品。

 今回のコラボ配信のメインスポンサーも同社であり、香奈たちプリズム☆ラインにも装備が送られてきたという経緯だ。


「タダなのはありがたいけどさ……あの会社、前に品質問題の噂なかったっけ?」


 リサが腕組みをしながら言う。


「聞いたことありますね。魔力バッテリーで発熱事故が何件か。

 えっと……最終的な記録としては“使用者のメンテナンス不足”ということになっていますが……実際どうなんでしょう」


「うわぁ……」


 先ほどまで剣を握っていた自身の両手を見つめ、香奈が眉をひそめた。


「ま、今回の配信は世界中から注目されてるからな。

 そんな重要な場で使う装備に、不良品は送ってこないだろう」


 俺は刀身の横をぽんぽんと叩きながら言った。


「くうぅ……それにしても、羨ましいっす……!

 先輩、ルクシアちゃんから直々にオファー貰ったんですよね!?

 ってことは、会ったんですよね!?」


 出た。

 安藤は天城ルクシアのガチオタ。

 仕事中も作業BGM代わりに配信を聞いているし、給料のほとんど全てを彼女のグッズに費やしているそう。


「あー、悪いな。普通に断ったし、何なら悪態ついちゃった」


「のおおおおおおっ! 何でそんなことができるんすかぁああ!」


 安藤は叫びながらのたうち回った。


「うわぁ……」


 香奈が見たことないような冷たい目で彼を見ている。

 やめてやれ。

 社会不安が強い者ほど推し活にはハマりやすい。

 彼も彼なりに、苦労してきてるんだ。


「ふうっ、ふうっ……ま、まあいいでしょう。

 次会う時にサインさえ貰ってきてくれたら、それで許すことにします」


 転がり疲れた安藤が、いもむしのようにケツを浮かせたポーズのまま、首だけこちらに向けて言った。

 いや、何でお前に許されないといけないのか。


「で、話戻るけど。安藤、お前何しに来たんだ?」


「あっ、香奈ちゃんに斬られかけたショックで忘れてたっす!」


 安藤はポケットから小さなケースを取り出す。


「先輩が前に言ってた条件をもとに、AIDAの改良版を作ったっす!」


「おお……」


 俺は受け取ってケースを開ける。

 中には見慣れたイヤーカフ型AI、AIDA。

 データ整理だけでいいって言ったはずだが。


「まさか、変な機能つけてないだろうな」


「ぎくっ!? つ、つけてませんっす! アビス・ゼロ行く時、ちょっとだけ試してみてください! じゃ!」


 捲し立てて逃げるように退出。


「……めちゃくちゃ怪しいね」


「ああ……でもまあ、俺が装着してみるさ。

 指示は参考程度。最難関ダンジョンでいきなり使うわけにもいかないしな」


 隣で香奈が、にこにこと俺を見ている。


「……なんだよ」


「んーん? 優しいなって思って」


「からかうな」


 にししと笑う香奈を横目にしていたそのとき、彼女のスマホが突然光を放った。

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