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第18話 アメリカ合宿

「着いたぞーっ!!」


 タラップを降りた瞬間、香奈のテンションが爆発した。


「これが外国! 空気がカッサカサ! 英語しか聞こえない! ……こわっ!」


「小学生みたいな反応やめろ!」


 ケンタが苦笑しながらも、スーツケースを抱えてあたりを見回す。

 一方、リサはサングラス姿で風を感じている。


「うわぁ……肌が乾燥しちゃうな。日焼け止めもっと持ってくればよかったかも」


 ショウタは到着早々スマホと格闘していた。


「ええと、ここが……到着ゲートだから、こっちが……ええ……」


 どうやら空港内の地図を確認しているらしい。


「ま、大丈夫だろ。迎えが来てるはずだし」


 俺がそう言うと、ロビーの向こうでざわつきが起きた。

 見ると、黒スーツの集団が異様な気配で近づいてくる。

 外国人ばかりのその一団の中心には、堂々と掲げられた大きな幕。


『WELCOME!! PRISM☆LINE!!(ようこそ!! プリズム☆ライン!!)』


 白地に金文字、意味不明なほどゴージャスな装飾。


「目立つわ!!!」


 リサの声がロビー全体に響き渡った。


 で、どうしてこんな展開になっているのかというと。




------




「香奈、スマホ光ってるよ?」


 リサに言われ、香奈がテーブルの上のスマホを手に取った。


「DMだ。最近本当に多いんだよねぇ……公式も兼ねてるから閉じるわけにも――って、え、ルクシアさんから!?」


 そこには、ルクシアの公式SNSアカウントから届いたメッセージがあった。


 『プリズム☆ライン様。当方のオファーをお受けいただきありがとうございます。

 つきましては、アビス・ゼロへの挑戦に先立ち、を提案いたします。

 目的は、私とプリズム☆ライン様の連携力向上です。

 場所はアメリカ、シリコンバレー。イグニス=ギアの本社でお待ちしております。

 もちろん交通・宿泊その他費用は全てこちらが負担します。着替えなど、必要なものだけご準備ください』


「……アメリカで……訓練……?」


 俺はスマホを覗き込みながら、小さく呟いた。


「なんか、めっちゃワナっぽいね」


「ああ……だが」


 リサの言葉に同意しつつ、俺は考える。

 なんせ、願ったり叶ったり、ではあるからだ。

 香奈たちは人気こそあれど、地力はまだまだ。

 俺の模擬訓練をしなければ、彼女たちの素の実力では中級ダンジョンですら厳しいだろう。

 そんな中で最難関ダンジョンに挑むのはまさに無謀。

 ここで、世界の“頂点”を知ることができるというのは、彼女たちにとって大きな成長のきっかけとなる。


「……俺は賛成だ。正直、お前たちはまだ戦力が足りてない。

 一週間でできることは限られるが、それでもやる価値はある」


 俺が言うと、ケンタとショウタが勢いよく立ち上がった。


「ひゃっほー! 海外旅行じゃん!? やるやるやる!!」


「シリコンバレーと言えば魔具マギアメーカーだらけですよね……楽しみだな」


 ケンタたちはすぐに乗り気になったが、ただ一人、香奈だけが顔を曇らせていた。


「……ボク、一人で海外なんて行けないよ。

 お母さんや、妹を置いて一週間も離れるなんて……ムリだよ」


 その言葉に、空気がしんと静まり返る。

 確かにそうだ。

 過労で倒れた母親の代わりに、三女の病院へ通ったり、次女の面倒を見たりしている香奈。

 そんな彼女が家を開けることなど、できようはずもない。

 この話は、無しだ。

 俺がそう言いかけた時だった。


「――ふあぁ……おはよぉー」


 部屋のドアが開き、白衣姿の所長がフラつきながら現れた。

 茶色の長髪はぼさぼさに絡まっている。

 やっぱり寝てたんだな。


「ちょっと聞こえてきたけど、そのへんのことは、私に任せな」


「え……?」


 香奈が振り向くと、所長はスマホを取り出して気だるげに操作し、どこかへ電話をかける。

 そしてコールの最中にスピーカーモードに変更、大きくなった呼び出し音が部屋に響く。

 数回コールが鳴ったのち、通話がつながる。


「――もしもし?」


『あ……はい。ご無沙汰しております』


 聞こえてきたのは優し気な声。

 香奈がぴくん、と肩を震わせる。


「お久しぶり~。滝沢凛の母親です~。

 ちょっとお願いがありまして……」


 なんと。

 香奈の母に直接電話をかけたのか。

 そりゃ娘どうしが仲良ければ、つながっていることもあるか。

 そのまま軽快な口調で事情を説明する所長。

 香奈の顔はみるみる真っ青になっていく。


「えっ、えっ、まって、ママ、大丈夫なのっ!?」


 スマホに顔を近づけて、必死に問いかける香奈。

 それに対し、スピーカーからは『ふふふ』と優しく笑う声。


『行ってきなさい。最近は私も回復してきてるんだから、一週間くらい何とかなるわ。

 ……いつもありがとうね』


 その言葉に、香奈の目にぶわっと涙が浮かぶ。


「……うん……うん……ありがと……!」


 鼻をすすりながら、スマホをぎゅっと胸に抱きしめた。


『それに……私、プリズム☆ラインの一番のファンなんだから。

 母親としては、娘が危険な目に合っているのは複雑だけど……。

 あなたが決めたなら、大丈夫だって信じてるわ。とびっきりの笑顔を見せてちょうだい』


「っ! ……うんっ!」


 通話が切れたあと、所長がにっこりと笑う。


「良かったね。……わかったら、全力で挑戦しておいで」




------




 そうして今、俺たちはサンノゼ国際空港のロビーで、黒服の集団に迎えられているわけで。


「本日からお世話になります。イグニス=ギア社より派遣されてまいりました。

 お荷物はこちらでお預かりいたします」


 白い手袋をはめた黒人男性が、完璧な笑顔と流暢な日本語で頭を下げた。


「……ねぇ零士くん、これ本当に“合宿”だよね?」


「どう見ても、豪華接待ツアーだな」


「ふっふーん。アメリカ接待、悪くないかもっ!」


 香奈の瞳がきらきらと輝き、ショウタは黙々と翻訳アプリを起動し、

 ケンタとリサは、現地映えを意識した写真撮影に入っていた。


 こうして、プリズム☆ライン・シリコンバレー訓練合宿編が始まった。

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