「着いたぞーっ!!」
タラップを降りた瞬間、香奈のテンションが爆発した。
「これが外国! 空気がカッサカサ! 英語しか聞こえない! ……こわっ!」
「小学生みたいな反応やめろ!」
ケンタが苦笑しながらも、スーツケースを抱えてあたりを見回す。
一方、リサはサングラス姿で風を感じている。
「うわぁ……肌が乾燥しちゃうな。日焼け止めもっと持ってくればよかったかも」
ショウタは到着早々スマホと格闘していた。
「ええと、ここが……到着ゲートだから、こっちが……ええ……」
どうやら空港内の地図を確認しているらしい。
「ま、大丈夫だろ。迎えが来てるはずだし」
俺がそう言うと、ロビーの向こうでざわつきが起きた。
見ると、黒スーツの集団が異様な気配で近づいてくる。
外国人ばかりのその一団の中心には、堂々と掲げられた大きな幕。
『WELCOME!! PRISM☆LINE!!(ようこそ!! プリズム☆ライン!!)』
白地に金文字、意味不明なほどゴージャスな装飾。
「目立つわ!!!」
リサの声がロビー全体に響き渡った。
で、どうしてこんな展開になっているのかというと。
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「香奈、スマホ光ってるよ?」
リサに言われ、香奈がテーブルの上のスマホを手に取った。
「DMだ。最近本当に多いんだよねぇ……公式も兼ねてるから閉じるわけにも――って、え、ルクシアさんから!?」
そこには、ルクシアの公式SNSアカウントから届いたメッセージがあった。
『プリズム☆ライン様。当方のオファーをお受けいただきありがとうございます。
つきましては、アビス・ゼロへの挑戦に先立ち、
目的は、私とプリズム☆ライン様の連携力向上です。
場所はアメリカ、シリコンバレー。イグニス=ギアの本社でお待ちしております。
もちろん交通・宿泊その他費用は全てこちらが負担します。着替えなど、必要なものだけご準備ください』
「……アメリカで……訓練……?」
俺はスマホを覗き込みながら、小さく呟いた。
「なんか、めっちゃワナっぽいね」
「ああ……だが」
リサの言葉に同意しつつ、俺は考える。
なんせ、願ったり叶ったり、ではあるからだ。
香奈たちは人気こそあれど、地力はまだまだ。
俺の模擬訓練をしなければ、彼女たちの素の実力では中級ダンジョンですら厳しいだろう。
そんな中で最難関ダンジョンに挑むのはまさに無謀。
ここで、世界の“頂点”を知ることができるというのは、彼女たちにとって大きな成長のきっかけとなる。
「……俺は賛成だ。正直、お前たちはまだ戦力が足りてない。
一週間でできることは限られるが、それでもやる価値はある」
俺が言うと、ケンタとショウタが勢いよく立ち上がった。
「ひゃっほー! 海外旅行じゃん!? やるやるやる!!」
「シリコンバレーと言えば
ケンタたちはすぐに乗り気になったが、ただ一人、香奈だけが顔を曇らせていた。
「……ボク、一人で海外なんて行けないよ。
お母さんや、妹を置いて一週間も離れるなんて……ムリだよ」
その言葉に、空気がしんと静まり返る。
確かにそうだ。
過労で倒れた母親の代わりに、三女の病院へ通ったり、次女の面倒を見たりしている香奈。
そんな彼女が家を開けることなど、できようはずもない。
この話は、無しだ。
俺がそう言いかけた時だった。
「――ふあぁ……おはよぉー」
部屋のドアが開き、白衣姿の所長がフラつきながら現れた。
茶色の長髪はぼさぼさに絡まっている。
やっぱり寝てたんだな。
「ちょっと聞こえてきたけど、そのへんのことは、私に任せな」
「え……?」
香奈が振り向くと、所長はスマホを取り出して気だるげに操作し、どこかへ電話をかける。
そしてコールの最中にスピーカーモードに変更、大きくなった呼び出し音が部屋に響く。
数回コールが鳴ったのち、通話がつながる。
「――もしもし?」
『あ……はい。ご無沙汰しております』
聞こえてきたのは優し気な声。
香奈がぴくん、と肩を震わせる。
「お久しぶり~
ちょっとお願いがありまして……」
なんと。
香奈の母に直接電話をかけたのか。
そりゃ娘どうしが仲良ければ、つながっていることもあるか。
そのまま軽快な口調で事情を説明する所長。
香奈の顔はみるみる真っ青になっていく。
「えっ、えっ、まって、ママ、大丈夫なのっ!?」
スマホに顔を近づけて、必死に問いかける香奈。
それに対し、スピーカーからは『ふふふ』と優しく笑う声。
『行ってきなさい。最近は私も回復してきてるんだから、一週間くらい何とかなるわ。
……いつもありがとうね』
その言葉に、香奈の目にぶわっと涙が浮かぶ。
「……うん……うん……ありがと……!」
鼻をすすりながら、スマホをぎゅっと胸に抱きしめた。
『それに……私、プリズム☆ラインの一番のファンなんだから。
母親としては、娘が危険な目に合っているのは複雑だけど……。
あなたが決めたなら、大丈夫だって信じてるわ。とびっきりの笑顔を見せてちょうだい』
「っ! ……うんっ!」
通話が切れたあと、所長がにっこりと笑う。
「良かったね。……わかったら、全力で挑戦しておいで」
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そうして今、俺たちはサンノゼ国際空港のロビーで、黒服の集団に迎えられているわけで。
「本日からお世話になります。イグニス=ギア社より派遣されてまいりました。
お荷物はこちらでお預かりいたします」
白い手袋をはめた黒人男性が、完璧な笑顔と流暢な日本語で頭を下げた。
「……ねぇ零士くん、これ本当に“合宿”だよね?」
「どう見ても、豪華接待ツアーだな」
「ふっふーん。アメリカ接待、悪くないかもっ!」
香奈の瞳がきらきらと輝き、ショウタは黙々と翻訳アプリを起動し、
ケンタとリサは、現地映えを意識した写真撮影に入っていた。
こうして、プリズム☆ライン・シリコンバレー訓練合宿編が始まった。