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第19話 炎冠の女王

 高層ビル群を抜けた先に、そびえ立つ鏡面ガラスの巨大な建築物。


「これが……イグニス=ギア社の本社……」


 香奈が思わず声を漏らす。

 最先端の魔具マギアメーカーとして、世界中の戦場・配信業界を支える企業。

 その本社はまさに未来を形にしたような建物だった。

 曲線と光が織り成すその外観は、もはや建築というより芸術に近い。


「すっご……何このセキュリティゲート。なんか映画で見たことある」


「指紋、網膜、声紋、全部登録されるっぽいですね……」


 入り口で各種登録作業とボディチェック、またスマホなどの撮影機器、記憶媒体などは全て回収される。 

 世界最先端を行く企業の本社だけあって、機密保護の意識が非常に高い。

 黒服に従い、俺たちはそのまま内部へ案内された。


 通されたのは更衣室。

 入る直前にアタッシュケースを渡された香奈たちが、それぞれ着替えて現れる。


「ぴたっ……ぴたぴたすぎじゃない!?」


「おお……すっげ」


「ちょ、見すぎだろ。後でお金払ってよね」


「なにも見てませんなにも見てませんなにも見てません……!」


 苦情と動揺が飛び交うのも無理はない。

 黒地の訓練スーツは全身にぴったり密着し、身体のラインをこれでもかと露わにしていた。

 とはいえ、素材は軽く伸縮性も高い。

 動きやすさと防御性を兼ね備えた、まさに実戦にはもってこいの装具。


「そちらは最新型の戦闘補助スーツです」


 横にいた黒服が淡々と説明を加える。


「魔力フィールドが皮膚の動きに応じて自動展開され、従来より衝撃分散性能が約27%向上しています」


 要は、よく伸びて、よく守るってことだ。

 ――もちろん、俺はいつもの私服のままだ。

 今回はダンジョンに入るわけでもないし、主目的はこいつらの保護者役だからな。


 その後、通された訓練場は、広大なドーム型の空間だった。

 真っ白な壁に囲まれ、音を吸い込むように静かで、異様な緊張感が漂っていた。


「すげぇ……ここ、ボス部屋みてーな構造になってんな」


「開発中の魔具を実戦テストする場所だそうですよ」


 その中心に、すでに一人の女が立っていた。


 ――天城ルクシア。


 訓練用スーツを纏ったその姿は、普段の艶やかさとはまた違った鋭さを放っていた。

 背筋は伸び、髪は一切乱れず、手には巨大な斧が静かに握られている。


「お待ちしておりました」


 その一言だけで、全員の背筋がぴしりと伸びた。

 俺にとっては二度目の邂逅だが、やはり生で見ると迫力が違う。


「始めまして、ルクシアさん。

 私がプリズム☆ライン、リーダーの香奈です。

 このたびは――」


「挨拶はいいですわ。時間が勿体ないですもの」


 香奈の言葉を遮って、斧をこちらに向かって突き出すルクシア。

 ぴり、と緊張が走る。


「まずは、お互いの手の内を見せあいましょう。

 何ができるか知らないまま、連携も何もありませんわ」


 ルクシアがにっこりと微笑む。


「というわけで、私一人 VS プリズム☆ラインの皆さま……という形式で、模擬戦を行いましょう」


「えっ……マジで?」


「大丈夫なの、それ……?」


 香奈たちが戸惑う中、ルクシアは軽く手を振って笑った。


「怪我の心配ですか? ふふ、腕の良い医療班が揃っておりますので、致命傷でさえなければ平気ですわ。

 手加減して差し上げますし――ああ、私の怪我? 問題ありませんわ。

 あなたたちが百人ずつ増えたところで、私に指一本触れることはできませんから」


 こちらを明らかに見下した発言。

 しかしそれが誇張でないことは、彼女から発される強者のオーラが物語っていた。


 香奈たちは一旦ルクシアから距離を取り、各々武器を構える。

 中級ダンジョン挑戦時に俺と行った模擬戦とは違い、今度は本物。

 人間より遥かに丈夫な魔物を殺すための道具。

 当たり所が悪ければ、たちまちあの世行きだ。

 そんな緊張感を孕みながら、模擬戦は開始された。


「いくよっ! 全員で挟んで制圧っ!」


 香奈の号令で、四人が一斉に動く。

 前後左右、それぞれが別の方向から連携攻撃を仕掛けるつもりだ。

 数で勝っている状態において、最適解の選択。

 しかしそれは敵との実力の差が、射程圏内にあるときの話。


 巨大なルクシアの斧が、まるで舞うように回転した。

 ヒュッ、と音がして、香奈の剣が受け流される。

 即座にリサの矢が飛ぶも、斧の柄で弾かれ、ショウタの狙撃も背面のスピンでかわされた。


「っ、くそ……!」


 ケンタが踏み込んだ瞬間。

 ルクシアの体が新体操のように一回転し、斧の重さを乗せた打撃が彼の脇に入る。

 訓練とはいえ、一撃の重さが尋常じゃない。

 そして、そのまま流れるように全員に一発ずつ。

 気づけば、香奈たちは全員、床に転がっていた。


「ふふ……もう終わりかしら?」


 斧をおろしたルクシアが挑発的に微笑む。

 自身の身の丈ほどもある巨大な斧を、一般人と比べてもかなり細身な体形をしているルクシアが、ああも軽々しく操れるのはひとえにあの武器が魔具マギアだからだろう。

 魔力を込めることで推進力を生みだすとか、そういうカラクリが仕掛けられているはずだ。

 香奈たちは、悔しそうに唇を噛んで立ち上がる。


「まだ、終わってないよ!」


 四人が同時に跳びかかる。

 その瞬間、ルクシアの手が上へ掲げられた。


「――見せてあげましょう。私がと呼ばれるゆえんを」


 空気が震える。

 熱が集まる。

 やがて頭上に、炎のが浮かんだ。


 円状の魔力が、燐光を帯びて高速回転を始める。

 その内側からいくつもの小型の火球が現れ、浮遊し、ボツボツと爆ぜるように音を立てる。


「これが私の固有魔法クラシック――烈火冠インフェルノティアラ霧雨レイン


 炎の冠が、降る。

 数十発の炎熱弾が、上空から雨のように降り注いだ。


 純白の床を穿つ轟音と熱風。

 香奈たちは直撃を避けたものの、衝撃波で吹き飛ばされ、再び地に伏す。

 その光景を見せつけられた俺は、思わず言葉を零した。


「……なんて奴だ」


 魔力。

 それは約六年前、地球にダンジョンが現れたその瞬間から、突如として世界に蔓延した未知のエネルギー。

 未だその全貌は解明されていないものの、それでも人類はあらゆる方面で魔力を活用し、文明を劇的に進化させた。


 そして同時に、も現れた。

 魔力を体内で生成し、蓄え、制御し、唯一無二の固有魔法クラシックとして発動することができる者たち。

 人口のわずか0.0001%――特異体質を得た新人類を、人々はこう呼んだ。


 覚醒者ノヴァと。


 眼前の女も、その一人。


 手加減しているのは、間違いない。

 瞬殺しようと思えばいつでもできた中でそれをせず、香奈たちの実力を真正面から受け止めたのだ。


 だが、それでも。

 誰一人、ルクシアに届いていない。 


「ふふっ」


 ルクシアは、汗一つかかぬ顔でこちらに流し目を寄越した。

 その笑みは――まさに“女王”そのものだった。

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