高層ビル群を抜けた先に、そびえ立つ鏡面ガラスの巨大な建築物。
「これが……イグニス=ギア社の本社……」
香奈が思わず声を漏らす。
最先端の
その本社はまさに未来を形にしたような建物だった。
曲線と光が織り成すその外観は、もはや建築というより芸術に近い。
「すっご……何このセキュリティゲート。なんか映画で見たことある」
「指紋、網膜、声紋、全部登録されるっぽいですね……」
入り口で各種登録作業とボディチェック、またスマホなどの撮影機器、記憶媒体などは全て回収される。
世界最先端を行く企業の本社だけあって、機密保護の意識が非常に高い。
黒服に従い、俺たちはそのまま内部へ案内された。
通されたのは更衣室。
入る直前にアタッシュケースを渡された香奈たちが、それぞれ着替えて現れる。
「ぴたっ……ぴたぴたすぎじゃない!?」
「おお……すっげ」
「ちょ、見すぎだろ。後でお金払ってよね」
「なにも見てませんなにも見てませんなにも見てません……!」
苦情と動揺が飛び交うのも無理はない。
黒地の訓練スーツは全身にぴったり密着し、身体のラインをこれでもかと露わにしていた。
とはいえ、素材は軽く伸縮性も高い。
動きやすさと防御性を兼ね備えた、まさに実戦にはもってこいの装具。
「そちらは最新型の戦闘補助スーツです」
横にいた黒服が淡々と説明を加える。
「魔力フィールドが皮膚の動きに応じて自動展開され、従来より衝撃分散性能が約27%向上しています」
要は、よく伸びて、よく守るってことだ。
――もちろん、俺はいつもの私服のままだ。
今回はダンジョンに入るわけでもないし、主目的はこいつらの保護者役だからな。
その後、通された訓練場は、広大なドーム型の空間だった。
真っ白な壁に囲まれ、音を吸い込むように静かで、異様な緊張感が漂っていた。
「すげぇ……ここ、ボス部屋みてーな構造になってんな」
「開発中の魔具を実戦テストする場所だそうですよ」
その中心に、すでに一人の女が立っていた。
――天城ルクシア。
訓練用スーツを纏ったその姿は、普段の艶やかさとはまた違った鋭さを放っていた。
背筋は伸び、髪は一切乱れず、手には巨大な斧が静かに握られている。
「お待ちしておりました」
その一言だけで、全員の背筋がぴしりと伸びた。
俺にとっては二度目の邂逅だが、やはり生で見ると迫力が違う。
「始めまして、ルクシアさん。
私がプリズム☆ライン、リーダーの香奈です。
このたびは――」
「挨拶はいいですわ。時間が勿体ないですもの」
香奈の言葉を遮って、斧をこちらに向かって突き出すルクシア。
ぴり、と緊張が走る。
「まずは、お互いの手の内を見せあいましょう。
何ができるか知らないまま、連携も何もありませんわ」
ルクシアがにっこりと微笑む。
「というわけで、私一人 VS プリズム☆ラインの皆さま……という形式で、模擬戦を行いましょう」
「えっ……マジで?」
「大丈夫なの、それ……?」
香奈たちが戸惑う中、ルクシアは軽く手を振って笑った。
「怪我の心配ですか? ふふ、腕の良い医療班が揃っておりますので、致命傷でさえなければ平気ですわ。
手加減して差し上げますし――ああ、私の怪我? 問題ありませんわ。
あなたたちが百人ずつ増えたところで、私に指一本触れることはできませんから」
こちらを明らかに見下した発言。
しかしそれが誇張でないことは、彼女から発される強者のオーラが物語っていた。
香奈たちは一旦ルクシアから距離を取り、各々武器を構える。
中級ダンジョン挑戦時に俺と行った模擬戦とは違い、今度は本物。
人間より遥かに丈夫な魔物を殺すための道具。
当たり所が悪ければ、たちまちあの世行きだ。
そんな緊張感を孕みながら、模擬戦は開始された。
「いくよっ! 全員で挟んで制圧っ!」
香奈の号令で、四人が一斉に動く。
前後左右、それぞれが別の方向から連携攻撃を仕掛けるつもりだ。
数で勝っている状態において、最適解の選択。
しかしそれは敵との実力の差が、射程圏内にあるときの話。
巨大なルクシアの斧が、まるで舞うように回転した。
ヒュッ、と音がして、香奈の剣が受け流される。
即座にリサの矢が飛ぶも、斧の柄で弾かれ、ショウタの狙撃も背面のスピンでかわされた。
「っ、くそ……!」
ケンタが踏み込んだ瞬間。
ルクシアの体が新体操のように一回転し、斧の重さを乗せた打撃が彼の脇に入る。
訓練とはいえ、一撃の重さが尋常じゃない。
そして、そのまま流れるように全員に一発ずつ。
気づけば、香奈たちは全員、床に転がっていた。
「ふふ……もう終わりかしら?」
斧をおろしたルクシアが挑発的に微笑む。
自身の身の丈ほどもある巨大な斧を、一般人と比べてもかなり細身な体形をしているルクシアが、ああも軽々しく操れるのはひとえにあの武器が
魔力を込めることで推進力を生みだすとか、そういうカラクリが仕掛けられているはずだ。
香奈たちは、悔しそうに唇を噛んで立ち上がる。
「まだ、終わってないよ!」
四人が同時に跳びかかる。
その瞬間、ルクシアの手が上へ掲げられた。
「――見せてあげましょう。私が
空気が震える。
熱が集まる。
やがて頭上に、炎の
円状の魔力が、燐光を帯びて高速回転を始める。
その内側からいくつもの小型の火球が現れ、浮遊し、ボツボツと爆ぜるように音を立てる。
「これが私の
炎の冠が、降る。
数十発の炎熱弾が、上空から雨のように降り注いだ。
純白の床を穿つ轟音と熱風。
香奈たちは直撃を避けたものの、衝撃波で吹き飛ばされ、再び地に伏す。
その光景を見せつけられた俺は、思わず言葉を零した。
「……なんて奴だ」
魔力。
それは約六年前、地球にダンジョンが現れたその瞬間から、突如として世界に蔓延した未知のエネルギー。
未だその全貌は解明されていないものの、それでも人類はあらゆる方面で魔力を活用し、文明を劇的に進化させた。
そして同時に、
魔力を体内で生成し、蓄え、制御し、唯一無二の
人口のわずか0.0001%――特異体質を得た新人類を、人々はこう呼んだ。
眼前の女も、その一人。
手加減しているのは、間違いない。
瞬殺しようと思えばいつでもできた中でそれをせず、香奈たちの実力を真正面から受け止めたのだ。
だが、それでも。
誰一人、ルクシアに届いていない。
「ふふっ」
ルクシアは、汗一つかかぬ顔でこちらに流し目を寄越した。
その笑みは――まさに“女王”そのものだった。