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第20話 これが私ですわ

「……はぁっ、はぁ……!」


 空気が焼けるように熱く、離れた場所で見守っている俺ですら肺に痛みを感じる。

 そんな戦場で、香奈はまた立ち上がった。

 ルクシアの斧に何度も打ち倒され、炎冠の衝撃に何度も吹き飛ばされても、彼女は諦めない。


 腕はだらんとぶら下がり、脚は膝から笑い、立っているのがやっと。

 額からは汗と血が混じって流れ、肩で息をしている。

 それでも、彼女は前を向いた。


「……まだ……終わって……ないっ……!」


 言葉にならない声を振り絞る。

 身体を引きずるように一歩、また一歩。


 その姿に、訓練場の空気が張りつめた。

 仲間たちは気を失い、見守る者はもういない。

 ただこの広い空間の中に、彼女とルクシアだけがいる。


 最後の一歩を踏み出すと同時に、香奈の体が大きく傾いだ。

 膝が崩れ、前のめりに。

 ルクシアの胸元に、そっともたれかかるように倒れ込んだ。

 そのまま、彼女の意識は静かに落ちていった。 


 しん……と、静寂が満ちる。

 魔力の余熱がまだ残る空間で、ルクシアは香奈の身体を受け止めたまま、しばし動かなかった。


 やがて、彼女はそっと片腕を香奈の背に回し、優しく支えるように抱きかかえた。

 その動きはまるで倒れた戦士に対する、儀礼のような敬意すら帯びていた。


「……一般人にしては、ご立派でしたわ」


 ぽつりと呟いた。

 右手を軽く上げると、控えていた医療班がすぐに駆け寄ってくる。

 香奈を、そしてその場に倒れ伏していたプリズム☆ラインの他の三人を、手際よく担架へ乗せていく。


 再び静けさを取り戻した訓練場にはルクシアと、黙ってその光景を見つめていた俺だけが残されていた。


「どうかしら。私の実力をご理解いただけて?」


 ルクシアは優雅に振り返る。

 額にかかる汗ひとつない。


「ああ、嫌ってほどな」


「ふふん、そろそろ気が変わって、私の専属カメラマンになりたくなった頃合いでは?」


「バカ言え。俺は強さに惹かれることはない……というか、そもそもカメラマン志望じゃないからな」


「あら。中々、手ごわいのね」


 ルクシアはくすりと笑う。 


「それにしても……コラボ配信に、この訓練合宿。いったい何が狙いだ?」


 俺は訓練場の片隅に腰を下ろしながら、隣に立つルクシアを見上げた。


「ただの親睦会ってわけじゃないだろ」


「もちろんですわ。決まってますでしょう?」


 ルクシアは自信満々に腰に手を当て、わざとらしく一歩前へ踏み出す。


「強く、美しく、完璧な私の姿をあなたにたっぷり見せつけて、

 “撮りたい”と心から思わせる。それが目的ですわ!」


 バァン!と効果音が聞こえた気がした。

 堂々すぎるポーズと発言に、一瞬、何のギャグかと思った。

 だがルクシアは本気だった。

 真っ直ぐな目でこちらを見据えてくる。


「……は?」


 あまりにも予想外の返答に、俺は思わず口から漏らしていた。

 その言葉に、ルクシアが「え、何か?」という顔で首を傾げる。


「いや、え? 違うだろ? 事故に見せかけて香奈たちを排除するとか、

 東京を留守にしてる間に家族を人質に取って脅すとか、そういう陰謀とかあるのかと思ってたが」


「なっ……!? なにそれ!? ひどいですわっ!!」


 ルクシアの顔がみるみる赤くなる。


「そんなこと、一ミリも思いつきませんでしたわよ!?

 どんな発想してるんですのあなた!!」


 思いきり口を尖らせて、肩を怒らせて詰め寄ってくる。

 その姿は「フシャー」と威嚇する猫みたいだった。

 いや、なにこれ。


「……いや、お前ってこう、完璧ぶってるけど、中身わりと天然?」


「て、天然ん!? 私は天才ですわよ!? 天・才!」


 完全にペースを崩されている。

 その様子を見て、俺は少しだけ眉をひそめた。

 完璧な女王かと思いきや、案外ポンコツな一面もあるらしい。

 いや、これはこれで厄介ではある。 


「……少し話が逸れましたが」


 ルクシアはこほんと咳払いをして髪をかき上げ、再び女王のような微笑みを浮かべた。


「あなたを私の魅力に釘付けにする。それが第一の狙い。

 そして第二の狙いは、香奈さんです」


「……香奈?」


「あの方に、私と同じ匂いを感じました。自分の命を懸けてでも、何かを守ろうとしている……そういう目をしています。

 それが無謀でも、未熟でも、放っておけないんです」


 ルクシアはふっと視線を落とす。


「正直に言えば、私が香奈さんを鍛えたって、何の得にもなりませんわ。

 それでも……感じてしまったから。同じ覚悟の匂いを」


 そして、少しだけ胸を張って言った。


「だって私――誇り高き、天城家の令嬢ですもの」


「……そうか」


 俺はそう言って、訓練場を出る。

 香奈たちの様子を見に行くためだ。


「お前のこと、少し誤解してたかもしれないな」 


 呟く俺の背後から、あの華やかな声が追いかけてきた。


「この訓練が終わる頃には、良い返答をお聞かせいただけることを願っておりますわ」


 ……はぁ。

 この女、やっぱりちょっと、めんどくさい。

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