「……はぁっ、はぁ……!」
空気が焼けるように熱く、離れた場所で見守っている俺ですら肺に痛みを感じる。
そんな戦場で、香奈はまた立ち上がった。
ルクシアの斧に何度も打ち倒され、炎冠の衝撃に何度も吹き飛ばされても、彼女は諦めない。
腕はだらんとぶら下がり、脚は膝から笑い、立っているのがやっと。
額からは汗と血が混じって流れ、肩で息をしている。
それでも、彼女は前を向いた。
「……まだ……終わって……ないっ……!」
言葉にならない声を振り絞る。
身体を引きずるように一歩、また一歩。
その姿に、訓練場の空気が張りつめた。
仲間たちは気を失い、見守る者はもういない。
ただこの広い空間の中に、彼女とルクシアだけがいる。
最後の一歩を踏み出すと同時に、香奈の体が大きく傾いだ。
膝が崩れ、前のめりに。
ルクシアの胸元に、そっともたれかかるように倒れ込んだ。
そのまま、彼女の意識は静かに落ちていった。
しん……と、静寂が満ちる。
魔力の余熱がまだ残る空間で、ルクシアは香奈の身体を受け止めたまま、しばし動かなかった。
やがて、彼女はそっと片腕を香奈の背に回し、優しく支えるように抱きかかえた。
その動きはまるで倒れた戦士に対する、儀礼のような敬意すら帯びていた。
「……一般人にしては、ご立派でしたわ」
ぽつりと呟いた。
右手を軽く上げると、控えていた医療班がすぐに駆け寄ってくる。
香奈を、そしてその場に倒れ伏していたプリズム☆ラインの他の三人を、手際よく担架へ乗せていく。
再び静けさを取り戻した訓練場にはルクシアと、黙ってその光景を見つめていた俺だけが残されていた。
「どうかしら。私の実力をご理解いただけて?」
ルクシアは優雅に振り返る。
額にかかる汗ひとつない。
「ああ、嫌ってほどな」
「ふふん、そろそろ気が変わって、私の専属カメラマンになりたくなった頃合いでは?」
「バカ言え。俺は強さに惹かれることはない……というか、そもそもカメラマン志望じゃないからな」
「あら。中々、手ごわいのね」
ルクシアはくすりと笑う。
「それにしても……コラボ配信に、この訓練合宿。いったい何が狙いだ?」
俺は訓練場の片隅に腰を下ろしながら、隣に立つルクシアを見上げた。
「ただの親睦会ってわけじゃないだろ」
「もちろんですわ。決まってますでしょう?」
ルクシアは自信満々に腰に手を当て、わざとらしく一歩前へ踏み出す。
「強く、美しく、完璧な私の姿をあなたにたっぷり見せつけて、
“撮りたい”と心から思わせる。それが目的ですわ!」
バァン!と効果音が聞こえた気がした。
堂々すぎるポーズと発言に、一瞬、何のギャグかと思った。
だがルクシアは本気だった。
真っ直ぐな目でこちらを見据えてくる。
「……は?」
あまりにも予想外の返答に、俺は思わず口から漏らしていた。
その言葉に、ルクシアが「え、何か?」という顔で首を傾げる。
「いや、え? 違うだろ? 事故に見せかけて香奈たちを排除するとか、
東京を留守にしてる間に家族を人質に取って脅すとか、そういう陰謀とかあるのかと思ってたが」
「なっ……!? なにそれ!? ひどいですわっ!!」
ルクシアの顔がみるみる赤くなる。
「そんなこと、一ミリも思いつきませんでしたわよ!?
どんな発想してるんですのあなた!!」
思いきり口を尖らせて、肩を怒らせて詰め寄ってくる。
その姿は「フシャー」と威嚇する猫みたいだった。
いや、なにこれ。
「……いや、お前ってこう、完璧ぶってるけど、中身わりと天然?」
「て、天然ん!? 私は天才ですわよ!? 天・才!」
完全にペースを崩されている。
その様子を見て、俺は少しだけ眉をひそめた。
完璧な女王かと思いきや、案外ポンコツな一面もあるらしい。
いや、これはこれで厄介ではある。
「……少し話が逸れましたが」
ルクシアはこほんと咳払いをして髪をかき上げ、再び女王のような微笑みを浮かべた。
「あなたを私の魅力に釘付けにする。それが第一の狙い。
そして第二の狙いは、香奈さんです」
「……香奈?」
「あの方に、私と同じ匂いを感じました。自分の命を懸けてでも、何かを守ろうとしている……そういう目をしています。
それが無謀でも、未熟でも、放っておけないんです」
ルクシアはふっと視線を落とす。
「正直に言えば、私が香奈さんを鍛えたって、何の得にもなりませんわ。
それでも……感じてしまったから。同じ覚悟の匂いを」
そして、少しだけ胸を張って言った。
「だって私――誇り高き、天城家の令嬢ですもの」
「……そうか」
俺はそう言って、訓練場を出る。
香奈たちの様子を見に行くためだ。
「お前のこと、少し誤解してたかもしれないな」
呟く俺の背後から、あの華やかな声が追いかけてきた。
「この訓練が終わる頃には、良い返答をお聞かせいただけることを願っておりますわ」
……はぁ。
この女、やっぱりちょっと、めんどくさい。