「やああああっ!」
威勢の良い掛け声とともに、剣が風を裂いた。
声の主――香奈の踏み込みに迷いはない。
それに合わせて、リサの矢が左から、ショウタの狙撃が後方から、そしてケンタが斜め前方から斧を叩きつける。
プリズム☆ライン四人が、完璧な挟撃陣で天城ルクシアに迫る。
戦法的には初日と同じ。
だが、各個人の動きは段違いにレベルアップしていた。
その中央で、黒の戦闘スーツを纏ったルクシアが相変わらずの余裕で微笑む。
「ふふ、ようやく戦いらしくなってきましたわ」
斧が回転する。
まるで舞うように。
リサの矢は柄で弾かれ、ショウタの一発目はギリギリでかわされ、ケンタは手痛い反撃をくらう。
だが、香奈だけは攻撃を完全にいなされることなく、二撃、三撃と連続で剣技を繰り出していく。
ルクシアは巨大な斧をまるで小枝のようにぶんぶんと振り回し、香奈の剣を受け止め火花が散る。
訓練場の中央で、二人の戦士が切り結ぶ。
「うっ、おおおおおお!」
拮抗状態を打破するため、ケンタの打撃が飛ぶ。
「甘いですわ!」
ルクシアは反転しながら打撃を殺し、その勢いを活かして香奈の腹部に肘を打ち込んだ。
「ぐっ……!」
そのまま二歩、三歩と押し込まれ、香奈は膝をつく。
続けて、ルクシアがタイタンアックスを大きく掲げた。
「――
宙に浮かぶ紅蓮の冠。
その内側から、無数の火球が音もなく現れる。
空から降り注ぐ炎熱の雨が、訓練場を赤く染めた。
圧と熱、気迫と支配力が、空気ごと叩きつけられる。
直撃は避けられたものの、爆風と熱波で、全員が吹き飛ばされた。
香奈たちは、再び地に伏す。
沈黙が落ちる。
ルクシアは、乱れた前髪を指で払いながらゆっくり歩み寄り、倒れた香奈の前で立ち止まる。
倒れ伏す香奈は、苦しげな呼吸の合間に、にじむような声を漏らした。
「……ほんの少し、届いた気が……したんだけどな……」
その言葉に、ルクシアはふっと笑った。
「ええ。確かに、ほんの少しだけ……私の前に立てるようになりましたね」
ルクシアはそう言うと、香奈に手を差し伸べた。
香奈はそれを見上げて一瞬驚いた顔をする。
少しだけ躊躇ってから、その手を取った。
「わ、と、と……っ」
ぐいっと引き上げられた身体がふらつくが、今度は倒れない。
「これなら、アビス・ゼロの魔物にも通用するでしょう」
「……ありがと、ございます」
香奈の目が、ふっと潤む。
やや離れた位置で見ていた俺は、そのやり取りを黙って見届ける。
ルクシアの視線がこちらに移った。
ほんの一瞬、視線だけで「どうかしら?」と訊ねてきた気がして、俺は小さくうなずき返す。
「さて――」
ルクシアは香奈の手を離し、声を張る。
「少し早いですが、今日の訓練はここまでとしましょう。
皆さま、最後までよく頑張られました。十分すぎる成果ですわ」
香奈たちは疲れ果てているが、全員が自然と背筋を伸ばして聞き入っていた。
「お伝えしていた通り、本日の夜はコラボ配信の関係者を集めた立食パーティです。
特に女性のお二人は準備もあるでしょうし、ここで一度、解散といたしましょう」
ぱち、と控えめに手を打ち鳴らすルクシア。
ショウタとリサが顔を見合わせ、香奈が「やったー……」と座り込む。
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サンノゼ市内の五つ星ホテル『グランド・ルミエール』――その最上階、クリスタルボールルーム。
壁は全面ガラス張り、天井には万華鏡のようなシャンデリアが広がる。
会場には今回のコラボ配信の関係者たちが集まり、華やかな笑い声と音楽が交錯していた。
「わーっ! すごいすごいっ! まって、これ全部食べていいの!?
お菓子! お肉! チーズ! ふ、ふわっふわのケーキぃぃぃっ!」
香奈はテンション爆上がりで皿を両手に持ち、目をキラキラさせて跳ね回っている。
「ちょ、香奈落ち着きな。配信ないとはいえ一応公式の場なんだから」
リサはきっちりと髪をまとめ、青系のシックなドレスに身を包んでいた。
手にはグラス、口元には完璧な笑み。
口では香奈を諫めながら、スマホを手に「映え」写真を量産している。
「うおおお! やべぇ、胃袋3つほしい……!」
ケンタは自分の身長よりありそうな料理台に釘付け。
「……た、たくさん……知らない人が……話しかけられたら英語……」
ショウタは壁際に避難し、緊張で小動物のように震えていた。
そんな中、俺は会場の後方に立っていた。
カメラは回していない。
今日は、純粋な同伴者。
音楽が一段落し、前方のステージにスポットライトが集まる。
「皆さま、ご注目を」
司会の声が響き、壇上に一人の女が姿を現す。
「ごきげんよう、皆さま。ようこそお越しくださいました」
漆黒のドレスに、流れるようなブロンド。
堂々たる気品を纏い、ルクシアがステージ中央に立つ。
「主催者の一人として、そして今回の企画のホストとして、心から歓迎いたします。
本日はどうぞ、ご自由に――そして明後日からの冒険に共に臨む仲間たちと、ご歓談を楽しんでいってくださいませ」
完璧な笑みを湛えたまま、ルクシアが一歩下がる。
代わって壇上に上がったのは、黒いスーツ姿の壮年男性。
銀髪、鋭い眼光、そして滲み出るカリスマ性。
「イグニス=ギア社、代表の
本日のパーティ運営、合同配信企画支援、装備協賛のすべてを引き受けさせていただきました」
静かだが、会場の空気が一気に締まる。
「明日から始まるアビス・ゼロ攻略が、人類の新たな一歩となることを祈念し、乾杯とさせていただきます」
グラスを掲げ、全員がそれに倣う。
「そして――」
ガルヴァノの合図で、壇上の袖から新たな影が三つ現れる。
「今回の合同配信に参加する、トップストリーマーたちをご紹介いたしましょう」
一人目は、銀髪ロングに片目眼帯のクールイケメン。
氷を操る戦術魔法の名手、銀狼グスタボ。
二人目は、黒髪オールバックにマントを翻したダンディ剣士。
重力魔法の剛腕ストライカー、ツェルニア。
三人目は、ピンク髪の小柄なガンナー。
弾道制御と幻影魔法を併せ持つトリックスター、ミナ・シルバー。
全員が、ルクシアと並び称される世界ランク上位のストリーマー。
見た目も雰囲気もまるでバラバラだが、共通するのはただ一つ。
全員、圧倒的な強さを持つということ。
「ふええ……すごいなあ」
香奈がぽつりと呟いた。
「みんな、ソロで上級ダンジョン突破できるくらいの人たちでしょ……?」
「ああ。ルクシアを含めて、全員が
俺は隣で、ワインの注がれたグラスを揺らしながら答えた。
「それぞれ
「へぇ……おやおや? 詳しいね、零士くん?」
「調べたんだよ……てかお前も調べとけよ。これから一緒にダンジョン潜る連中だぞ」
「てへへ。ごもっともです」
香奈が、どでかいエビをほおばりながら苦笑する。
パーティは、まだ始まったばかりだ。