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第21話 合宿最終日

「やああああっ!」


 威勢の良い掛け声とともに、剣が風を裂いた。

 声の主――香奈の踏み込みに迷いはない。

 それに合わせて、リサの矢が左から、ショウタの狙撃が後方から、そしてケンタが斜め前方から斧を叩きつける。

 プリズム☆ライン四人が、完璧な挟撃陣で天城ルクシアに迫る。


 戦法的には初日と同じ。

 だが、各個人の動きは段違いにレベルアップしていた。

 その中央で、黒の戦闘スーツを纏ったルクシアが相変わらずの余裕で微笑む。


「ふふ、ようやく戦いらしくなってきましたわ」


 斧が回転する。

 まるで舞うように。

 リサの矢は柄で弾かれ、ショウタの一発目はギリギリでかわされ、ケンタは手痛い反撃をくらう。

 だが、香奈だけは攻撃を完全にいなされることなく、二撃、三撃と連続で剣技を繰り出していく。

 ルクシアは巨大な斧をまるで小枝のようにぶんぶんと振り回し、香奈の剣を受け止め火花が散る。

 訓練場の中央で、二人の戦士が切り結ぶ。


「うっ、おおおおおお!」


 拮抗状態を打破するため、ケンタの打撃が飛ぶ。


「甘いですわ!」


 ルクシアは反転しながら打撃を殺し、その勢いを活かして香奈の腹部に肘を打ち込んだ。


「ぐっ……!」


 そのまま二歩、三歩と押し込まれ、香奈は膝をつく。

 続けて、ルクシアがタイタンアックスを大きく掲げた。


「――烈火冠インフェルノティアラ霧雨レイン


 宙に浮かぶ紅蓮の冠。

 その内側から、無数の火球が音もなく現れる。

 空から降り注ぐ炎熱の雨が、訓練場を赤く染めた。

 圧と熱、気迫と支配力が、空気ごと叩きつけられる。

 直撃は避けられたものの、爆風と熱波で、全員が吹き飛ばされた。

 香奈たちは、再び地に伏す。


 沈黙が落ちる。

 ルクシアは、乱れた前髪を指で払いながらゆっくり歩み寄り、倒れた香奈の前で立ち止まる。

 倒れ伏す香奈は、苦しげな呼吸の合間に、にじむような声を漏らした。


「……ほんの少し、届いた気が……したんだけどな……」


 その言葉に、ルクシアはふっと笑った。


「ええ。確かに、ほんの少しだけ……私の前に立てるようになりましたね」


 ルクシアはそう言うと、香奈に手を差し伸べた。

 香奈はそれを見上げて一瞬驚いた顔をする。

 少しだけ躊躇ってから、その手を取った。


「わ、と、と……っ」


 ぐいっと引き上げられた身体がふらつくが、今度は倒れない。


「これなら、アビス・ゼロの魔物にも通用するでしょう」


「……ありがと、ございます」


 香奈の目が、ふっと潤む。

 やや離れた位置で見ていた俺は、そのやり取りを黙って見届ける。

 ルクシアの視線がこちらに移った。

 ほんの一瞬、視線だけで「どうかしら?」と訊ねてきた気がして、俺は小さくうなずき返す。


「さて――」


 ルクシアは香奈の手を離し、声を張る。


「少し早いですが、今日の訓練はここまでとしましょう。

 皆さま、最後までよく頑張られました。十分すぎる成果ですわ」


 香奈たちは疲れ果てているが、全員が自然と背筋を伸ばして聞き入っていた。


「お伝えしていた通り、本日の夜はコラボ配信の関係者を集めた立食パーティです。

 特に女性のお二人は準備もあるでしょうし、ここで一度、解散といたしましょう」


 ぱち、と控えめに手を打ち鳴らすルクシア。

 ショウタとリサが顔を見合わせ、香奈が「やったー……」と座り込む。



------



 サンノゼ市内の五つ星ホテル『グランド・ルミエール』――その最上階、クリスタルボールルーム。

 壁は全面ガラス張り、天井には万華鏡のようなシャンデリアが広がる。

 会場には今回のコラボ配信の関係者たちが集まり、華やかな笑い声と音楽が交錯していた。


「わーっ! すごいすごいっ! まって、これ全部食べていいの!?

 お菓子! お肉! チーズ! ふ、ふわっふわのケーキぃぃぃっ!」


 香奈はテンション爆上がりで皿を両手に持ち、目をキラキラさせて跳ね回っている。


「ちょ、香奈落ち着きな。配信ないとはいえ一応公式の場なんだから」


 リサはきっちりと髪をまとめ、青系のシックなドレスに身を包んでいた。

 手にはグラス、口元には完璧な笑み。

 口では香奈を諫めながら、スマホを手に「映え」写真を量産している。


「うおおお! やべぇ、胃袋3つほしい……!」


 ケンタは自分の身長よりありそうな料理台に釘付け。


「……た、たくさん……知らない人が……話しかけられたら英語……」


 ショウタは壁際に避難し、緊張で小動物のように震えていた。

 そんな中、俺は会場の後方に立っていた。

 カメラは回していない。

 今日は、純粋な同伴者。

 音楽が一段落し、前方のステージにスポットライトが集まる。


「皆さま、ご注目を」


 司会の声が響き、壇上に一人の女が姿を現す。


「ごきげんよう、皆さま。ようこそお越しくださいました」


 漆黒のドレスに、流れるようなブロンド。

 堂々たる気品を纏い、ルクシアがステージ中央に立つ。


「主催者の一人として、そして今回の企画のホストとして、心から歓迎いたします。

 本日はどうぞ、ご自由に――そして明後日からの冒険に共に臨む仲間たちと、ご歓談を楽しんでいってくださいませ」


 完璧な笑みを湛えたまま、ルクシアが一歩下がる。

 代わって壇上に上がったのは、黒いスーツ姿の壮年男性。

 銀髪、鋭い眼光、そして滲み出るカリスマ性。


「イグニス=ギア社、代表のと申します。

 本日のパーティ運営、合同配信企画支援、装備協賛のすべてを引き受けさせていただきました」


 静かだが、会場の空気が一気に締まる。


「明日から始まるアビス・ゼロ攻略が、人類の新たな一歩となることを祈念し、乾杯とさせていただきます」


 グラスを掲げ、全員がそれに倣う。 


「そして――」


 ガルヴァノの合図で、壇上の袖から新たな影が三つ現れる。


「今回の合同配信に参加する、トップストリーマーたちをご紹介いたしましょう」 


 一人目は、銀髪ロングに片目眼帯のクールイケメン。

 氷を操る戦術魔法の名手、銀狼グスタボ。


 二人目は、黒髪オールバックにマントを翻したダンディ剣士。

 重力魔法の剛腕ストライカー、ツェルニア。


 三人目は、ピンク髪の小柄なガンナー。

 弾道制御と幻影魔法を併せ持つトリックスター、ミナ・シルバー。


 全員が、ルクシアと並び称される世界ランク上位のストリーマー。

 見た目も雰囲気もまるでバラバラだが、共通するのはただ一つ。

 全員、圧倒的な強さを持つということ。


「ふええ……すごいなあ」


 香奈がぽつりと呟いた。


「みんな、ソロで上級ダンジョン突破できるくらいの人たちでしょ……?」


「ああ。ルクシアを含めて、全員が覚醒者ノヴァだ」


 俺は隣で、ワインの注がれたグラスを揺らしながら答えた。


「それぞれ固有魔法クラシックを有していて、単独でも多対一でも戦える。そういう猛者たち」


「へぇ……おやおや? 詳しいね、零士くん?」


「調べたんだよ……てかお前も調べとけよ。これから一緒にダンジョン潜る連中だぞ」


「てへへ。ごもっともです」


 香奈が、どでかいエビをほおばりながら苦笑する。


 パーティは、まだ始まったばかりだ。


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