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第24話 転移トラップ

「香奈! 左から回って突け!」


「やああああっ!」


 鋭い気合いの声とともに、香奈のアークブレードが魔物の胸部を貫いた。

 高熱の刃が骨を砕き、肉を裂く。

 そのまま彼女は着地し、くるりと振り返ってピースサイン。


「ぶい!」


 :香奈ちゃん可愛い

 :普通に強くね?

 :推せる

 :神カメの指示、マジで的確だな


 俺はファインダー越しに彼女の笑顔を捉えながら、好意的なコメントが流れていくことを確認する。

 強敵揃いのこのダンジョンも、ここまでは順調。

 すでに第三層だ。


「……やけに指示出しがスムーズだな。どこで経験した?」


 そう言ったのはアメリカ出身のトップストリーマー、銀狼グスタボ。

 軍人然とした佇まいが特徴的な彼は、俺の指示に素直に従いながら、そんなことを考えていたらしい。


「経験なんて無い、皆が優秀なだけだよ」


「……ふ、語る気はないという事か。

 いくら魔物の動きが読めても、それとチームの指揮が取れることはまた別だ。

 俺はかつて米軍に所属していた。貴殿ともどこかで会っているかもしれん……そう思っておこう」


「……ご自由に」


 俺は肩をすくめつつ、視線を周囲の壁へ。

 ……どうも気になる。

 単調すぎる通路、偏った敵の出現頻度。

 自然発生のダンジョンで、こうも整然となることがあろうか。


「AIDA、ちょっと聞きたいことがある。ここの地形、魔力揺らぎの観測結果は?」


『微弱な揺れが全層にわたって継続中です。現在、局地的な魔力密度上昇も検出。罠反応もありますが……確定とは言い切れません』


「……そうか。何か思い当たることは?」


『私はあくまで戦術補助AIなので、構造学的な断定はできませんが――開発者様が違和感を抱かれたということは、そういうことかと』


 不安を口にする前に、足元で何かが鳴った。


 ゴウン。


 まるで歯車が軋むような音。

 次の瞬間、世界が


「ッ、まずい、トラップか――全員、固まれ!」


 視界が、地面が、重力が。

 すべてが一度に崩れるような感覚。

 まるで空間そのものが裏返ったような錯覚。

 俺は何とか身体を支持しようと手を伸ばし……何の支えにもならない、配信用の小型ドローンの一機を掴んだ。


「きゃああああああっ!」


 暗転。

 ノイズ。

 やがて視界に差し込む光。

 目を開けるとそこはもう、別の場所だった。


「……だ、誰か、いるか」


 俺は慌てて体を起こしながら、仲間に呼びかける。


「……う、ん。零士……くん……?」


「……マズいことになりましたわ」


 周囲を見渡すと、そこには香奈とルクシアが俺と同じように目を覚ましたところだった。

 先ほどまでと大きく様変わりした風景、真っ黒な大広間。

 広間を囲む柱は歪んでおり、天井も壁もどこまでが空間か分からないほどに深い黒。


「変則的な転移トラップか……くそっ」


「落とし穴や転移魔法陣は警戒していましたが、まさかダンジョン自体が構造を変えるとは……完全に想定外ですわ」


 俺の脳裏に、以前テレビのニュースで流れていた情報が蘇る。

 それは、配信世界ランク1位、スカーレットが転移トラップの影響で亡くなったというもの。


「ショウタ! ケンタ! リサ! 誰か応答して!」


 香奈が耳元の通信装置に叫ぶ。すぐに微弱な音声が返ってきた。


『こちらツェルニア。全員無事。だが、位置特定は不可能。おそらくダンジョン構造そのものが再構築されている』


「みんな無事なんだね……よかった」


 胸を撫でおろす香奈。


『合流を優先したいが、これまでのマッピングも全てパアだ。お互いの位置がわからない以上、難しいだろう』


「撤退……と言いたいところだが、そっちはともかく、こっちは戦闘メンバーが二人しかいない。下手に動けないな」


「そうですわね。まずは私たちが一秒でも長く生存できることを優先しましょう」


 ルクシアが静かに言った。

 言葉は冷たいが、声には微かな緊張が滲んでいる。

 香奈が頷き、剣を握り直す。

 そして俺もまた、周囲を見回し――気づく。


「この部屋……広さ、構造、魔力の流れ……これ、まさか……」


 まさに、ボス部屋の構造。

 まずい、まずいまずい。

 なぜ気づかなかった。


「逃げるぞ――!」


 ガゴォン……!


 そう言い放った瞬間、背後の扉が音を立てて閉じた。

 無数の歯車が噛み合い、分厚い壁に埋もれるように消える。

 完全に封鎖された。

 足元がうっすらと光を放ち始めた。

 魔方陣。

 深い紅の魔力が地を這い、中心へ収束する。


「……おでまし、ですわね」


 ぐつぐつと煮えたぎるような音と共に、地面が裂ける。

 そこから這い出してきたのは、黒曜石のような外殻を持つ、四足の巨獣。

 頭部には目がなく、巨大に裂けた口だけが無音で開閉している。

 背中から伸びる黒煙の腕が、ゆらりと動くたび、空間が歪む。


『敵個体の識別……失敗。該当データ、なし。警告:分類不能モンスター、戦闘ログなし』


 AIDAが即座に反応した。

 戦闘ログがない。

 つまり、俺の脳内にコイツの情報は何一つない。

 が、通用しない。

 そんな俺の耳元に、ルクシアの声が届いた。


「――カメラを回してくださる?」


「なっ!? こんな時に何を……!」


「最優先事項はです。たった二人でそれを達成するためには、あなたの読みが不可欠ですわ」


「ムリだ、こいつのデータが無い」


「データは今から蓄積しましょう。私が時間を稼ぎます。その間、あなたは解析に集中しながら、カメラで私の姿をリスナーに届けてください」


 振り返った彼女の眼は、真剣そのもの。

 本気でやるつもりなんだ。

 最難関ダンジョンのボス相手に一人で立ち向かって、その様子を配信して、勝利も人気も、全てをつかみ取るつもりなんだ。


「……なんて奴だよ、ホント」


 そうつぶやいた俺の隣で、香奈が震える手で剣を構える。


「ボクも、やるよ。……的は多い方がいいでしょ」


「……死ぬなよ」


 こくりと、香奈はうなずいた。

 俺は息を吸い、手持ちのカメラを構える。

 ドローンを操作し、配信を再接続。

 コメント欄の流れが勢いを増す。


 :お、帰ってきた

 :ルクシア様大丈夫ですかー!!!

 :え、二人?

 :やばいやばいやばい、エグいのがいる


「AIDA。リアルタイム解析モード。すべての感知系、全開」


『了解いたしました、アナタを危険からお守りします』


「は、期待してるぞ」


 俺はファインダーを覗く。

 未知なる“魔”との死闘が、今始まる。


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