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第26話 “覚醒者” 零士、参戦

「――きゃあああああっ!」


 黒煙の腕が香奈とルクシアに迫る。

 間に合わない、避けきれない。

 その瞬間、俺の身体が勝手に動いていた。


 ナイフを二本。

 両手で構え、重心を限界まで低く沈めて一気に加速。

 爆ぜるように地を蹴った。

 視界が風に流される。

 過ぎ行く時間が引き延ばされる。

 通り抜けざま、クロスする刃を一閃。


 ――ズゥウウウン。


 手応えは鋼鉄にも似た硬質、だが切れる。

 黒煙の腕が音を置き去りにするように断たれ、その先端がずしんと地に墜ちた。

 大地が、揺れる。


「……ふぇ? え?」


 香奈が硬直していた

 視界に映る現実を理解できていない様子。


「な、に……して……あなた……」


 ルクシアの呼吸は荒い。

 声もかすれていた。

 それでも驚愕だけははっきりと伝わってくる。

 俺はナイフを軽く払って血と黒煙を弾き、二人へ振り返る。


「香奈。ルクシアを担いで後ろの岩陰に退け。俺が持ってきた応急処置キットがある」


「えっ、でも、零士くん一人じゃ……!」


「ああ、倒しきれない。火力が足りなすぎるからな。だが――」


 言い終わる前に、背後から風が唸った。


 ――ブゥン!


 音が空気を裂く。

 背後からの横薙ぎ、ボスの追撃だ。

 瞬間、反射で右脚に力を込める。


 地を砕くように跳躍。

 空中で身体を捻る。

 敵の巨大な腕が、ギリギリで俺の腹をかすめていく。

 俺はその勢いに身を委ねた。


 回転。


 俺の身体が高速でスピンする。

 敵の腕とすれ違う、その軌道上。

 俺は両手のナイフを、腕に垂直に突き立てた。

 狙いは肘関節の外側。 

 切断効率の最も高いポイント。


 力はそれほど強く込めない。

 敵の運動エネルギーを利用する。

 ナイフが吸い込まれるように腕にめり込み、瞬く間に切り開いていく。


 黒煙の残骸が空に舞い、バラバラと床に落ちる。

 俺は空中で姿勢を整え、くるりと一回転。

 両脚をたたんで着地。

 衝撃を膝で殺し、土煙の中で再び構えた。


「す……すご……! そのナイフ、魔具マギア!? 零士くん、魔力バッテリーも持ってないよね!?」


 香奈は俺の体をじろじろ見ながら言う。

 確かに香奈の言う通り、魔力バッテリーは持っていない。

 つまり魔力の供給元が無いため、魔具マギアは使えないはずなのだ――通常なら。


「俺は、覚醒者ノヴァだ」


「えっ、ええええぇぇぇぇ……!?」


「あ、あなた……隠してたん、ですの……!」


「質疑応答は後だ。今は話してる暇も聞いてる余裕もない。香奈、わかったら行くんだ」


「……うんっ」


 俺の実力を見て納得したのか、香奈は強く頷くとルクシアの腕を肩に回し、よろめきながらも必死に移動を開始した。

 しかし当然、ボスがそれを見逃すはずもない。

 鈍く光る瞳が、そちらへ向きかけた。


「――おい、合成獣キメラ野郎」


 俺はナイフを握り直し、まっすぐに睨み据えた。

 その異形の肉体に迷いなく刃先を向ける。


「お前の相手は……こっちだ!」


 一歩、二歩、三歩。

 止まらない加速。

 地面を蹴り、跳ねるように距離を詰める。

 黒煙の腕が間合いを遮るように振り下ろされるが、その軌道もすでに読めている。


「全部、見えてるんだよ」


 刃が走る。

 黒煙の腕を切り裂き、すぐに半身でかわし、次の斬撃に繋げる。

 反撃も誘いもすべて折り込み済み。

 こいつの身体は複数の魔物のパターンの寄せ集めだ。

 ならば、パーツごとに読み解けばいい。

 俺は滑るようにその巨体の懐へ潜り込む。

 敵の左脚の動きがわずかに遅れている。

 重心が甘い。


「――そこだ!」


 脚部関節の裏、わずかな隙間に狙いを定めて跳び上がる。

 ナイフを逆手に持ち替え、魔力を流し込む。

 刃が震えた。


 ウェーブナイフ。

 かつて、俺専用に設計された振動刃。

 今はもう消えた国産メーカーが、旧式ながらも高性能な魔具として作り上げたものだ。

 高速振動が装甲を貫き、肉を裂く。

 ぶ厚い甲殻の下へと、鋭い刃が吸い込まれるように突き刺さった。


「……ギグ……!」


 ボスが後方へ下がる。

 俺はナイフを抜き去ると、バックステップで距離を取った。


「初めて鳴いたな」


 こうも連続で攻撃されると、流石のボスもひるむらしい。

 危険度を測定するかのように、奴はじりじりと体を揺らして間合いを計っている。


『――コメント欄が加熱中です。タグ“#神カメ参戦”が世界トレンド1位。視聴者数、三百万を突破しました。

 読み上げ機能を立ち上げます。:神カメラマンめっちゃ強い!!!!!! :やっぱコイツが最強だった件 :激アツすぎ――』


「――機能オフ! 集中できないから黙ってろ!」


 配信に流れてるのか。

 おそらく、さっき投げ捨てたせいでメインカメラとの通信が切れ、配信用ドローンの映像に切り替わったのだろう。

 まったく、安藤のやつ“SNS監視よけいな機能”つけやがって。

 帰ったら本当に説教だな。

 だが、その声に少しだけ肩の力が抜けた。


「……ふう」


 軽く息を吐くと、視界の端に香奈が駆け戻ってくるのが見えた。


「待たせたね、零士くん! 回復は完璧じゃないけど……まだやれるよっ!」


「ルクシアは?」


 そう尋ねると、香奈の背後。

 壁にもたれたままのルクシアが、かすかに右手を掲げた。


「……脚の損傷で動くのは無理ですが、魔法による援護はできますわ」


 呼吸は浅く、顔色も悪い。

 けれど、その眼差しには火が灯っていた。


「――上等だ。なら、仕上げに入るぞ」


 俺は再びボスを正面に捉える。


 全員、生きて帰る。


 それが俺の立つ戦場の、唯一の条件だ。


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