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第27話 三位一体

 遠く離れたボスを見やる。

 奴はこちらの出方を伺うように、ゆらゆらと左右に身をゆすっていた。


「……全部、塞がってるな」


「ひーっ、やっかいすぎるよ~!」


 さっき切り落としたはずの腕も、抉った脚の関節も。

 どこにも傷跡が残ってない。

 黒煙のような肉が、まるで逆再生みたいに形を戻していた。


「マルバイン甲殻種の特性、自己修復機能だ」


 これじゃ、まともにやり合っても勝ち目はない。

 ちまちま削っていっても、先に体力が尽きるのはこちらの方だ。


「だから二人の力が必要だって言ったろ?」


「……なるほどっ」


 やるべきことは一つ。

 回復が間に合わないほどの一点突破。

 全てをぶち込む、超火力のフィニッシュだ。


「ルクシア!」


 呼びかけると、彼女は既に両腕に魔力を練り上げていた。

 さすが、世界ランク1位。

 もう自分のやるべきことを理解している。

 彼女は顔だけこちらへ向けて、口を開いた。


「何でしょうか」


「何でもいい。俺が合図したら、お前の今やれる一番強い技をアイツにぶつけるんだ」


「ふふ……私の得意分野ですわね」


 ルクシアは再び視線を戦場に向けた。

 その横顔はまだ血の気が戻っていないが、口元にはいつもの笑みが浮かんでいる。


「香奈と俺で前に出る。こっちで腕と脚を引きはがして胴体を晒したら、その瞬間に全力で叩き込め!」


 ルクシアはしばらく黙っていた。

 軽く息を吸って、肩の力を抜く。

 そして、普段通りの女王様口調で言い放つ。


「ええ。あの不気味な肉体全部、焼き払って差し上げますわ……!」


 香奈が剣を構え直す。

 血だらけの腕を振るって、とんとんとその場でジャンプしてみせた。


「ボクはいつでも、バッチリ動けるよ」


「よし! 作戦開始だ」


 ――戦闘、再開。


「香奈、左から回り込め。進む速さは俺に合わせろ」


「了解っ!」


 香奈が斜めにステップを刻みながら前へ出る。

 俺もその逆サイドから同時に動いた。

 俺たちの接近に気づいたボスの胴体がわずかに傾ぐ。

 そして黒煙の腕が振り上がる。


「香奈! 腕での攻撃! ジグザグに切り込め!」


「はーいっ!」


 香奈が跳んだ。

 足場を蹴って、腕の間をすり抜けるように移動。

 触手が唸りを上げて後方へ空振る。

 すぐさま、敵の右後脚に重心が集まる。

 次の踏みつけの準備だ。


「右後ろ脚、斬りつけろ!」


「いっけええっ!!」


 アークブレードが高熱を発し、白く輝いたかと思うと、敵の脚の真横から刃が深く食い込んだ。


「反撃来るぞ、そのまま後方へ回避!」


 敵の身体が揺れた。

 香奈が膝をたたんでバク転のように地面を蹴り、直撃をかわす。


「次はこっちだ! 香奈はそこで待ってろ!」


 今度は、俺の方に迫りくる黒煙の腕を読み、ナイフの切先を攻撃に合わせる。

 一拍ずらして振り下ろされた第二波を見切り、俺は姿勢を崩さず、刃を逆手に回して内側へ踏み込む。


「部位ごとに別の魔物ってカラクリさえわかれば、充分読み切れる!」


 刃がうなりを上げ、腕を裂く。

 触手が乱れた。


「香奈、攻撃だ! 思いっきり踏み込め!」


「はあああっ!!」


 香奈がすれ違いざまに触手を斬り上げる。

 俺が空いた前脚にナイフを突き立て、体勢を崩す。

 敵の巨体が、わずかにのけ反る。

 その隙に。


「……開いた!」


 腹部が、がら空きになっていた。

 黒煙の障壁も位置取りも、すべて一瞬だけ噛み合って、完全に胴体が露出している。


「――今だ、ルクシア!!」


 俺が叫ぶより前に、後方の空気が熱を孕んだ。

 魔力が渦を巻き、ルクシアの髪が風に流れる。

 彼女はすでに構えていた。

 合図など不要だったのだ。


「焼け落ちなさい」


 小さな呟き。

 しかしそれは、女王の絶対命令に他ならない。


「――烈火冠インフェルノティアラ閃槍ランス!」


 次の瞬間、大気が揺れた。

 彼女の頭上に浮かぶ炎冠が一点に収束し、そこから眩い光の槍が打ち出される。

 まるで天から落ちる断罪の雷。

 紅蓮の閃光が一直線にボスの腹部を貫いた。

 黒煙が悲鳴のように四散し、赤黒い肉が内側から膨張する。


「――……っ!」


 声にならない叫びと共に、敵の肉体が爆ぜた。

 全てが吹き飛び、炎の柱が天井まで伸びる。

 空気が、視界が、振動と光に塗り潰された。


 香奈は目を見開いたまま立ち尽くす。

 俺は、ただ焼け落ちた空間を見つめていた。

 これが、女王の一撃。

 烈火冠インフェルノティアラの真価。


「……やった!? やったよね!?」


 香奈が叫ぶ。

 ルクシアも魔力を収め、地に膝を着く。

 ギリギリの戦いだったが、三位一体の攻撃で何とか撃破することができた。

 俺もナイフを収め――


『――生体反応、未消失』


 AIDAの機械的な声が耳元に鳴った。


『いえ、それどころか魔力密度が急上昇しています』


「なっ……!」


 何かが、蠢いた。

 崩れた肉が、地を這い、集まり、絡まり、形を変える。

 肉が脈打ち、漆黒の魔力が天井まで噴き上がる。

 空間ごと歪んだような、異常な光景。


「っ……まさか……」


 霧散した黒煙の中から、ゆっくりと“それ”が現れる。

 赤黒い肉のうごめき。

 目のない仮面。

 人のような口元。

 浮遊する身体からだ


「……第二……形態……っ……!」


 声が漏れた。


 まだ、深淵は終わらない。


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