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第30話 炎の剣

 まったく隙がなかった。

 香奈と二人で前に出ているが、防戦一方。

 なんとか攻撃をしのいではいるが、そこまでだ。

 本当なら、俺と香奈で動きを封じ、ルクシアにトドメを任せる。

 そんな構図を作りたかった。

 けれど現実はそんなに甘くない。

 死んでは元も子もない。


「ルクシア! 支援を頼む! 牽制でかまわない!」


 岩陰に隠れていた彼女に声をかけると、即座に反応が返ってきた。


「は、はいっ! 烈火冠インフェルノティアラ霧雨レイン!」


 いつになく素直な返答だった。

 言葉とほぼ同時に、彼女の頭上に炎冠が展開される。

 そこから生まれた火炎弾が雨のように降り注ぎ、敵の進行ルートを遮った。


 一瞬の隙。

 俺と香奈はすかさず左右に展開し、挟み込むように立ち回る。


 だが、それでも動きが速い。

 予測を超えてくる。

 読みを当てにできない以上、反射で凌ぐしかなかった。

 ルクシアを守った時に、一度、時断クロノ・カットを使っている。

 残りの発動可能回数は、あと二回。


「――きゃあっ!」


 香奈が敵の触手に弾かれ、体勢を崩す。

 次の瞬間、死角からの追撃。

 完全にかわしきれない。

 ためらっている時間はない。


時断クロノ・カット!」


 魔力が爆ぜた。

 空間が止まり、世界が無音に包まれる。

 三、二、一、ゼロ。


 香奈を引き寄せ、触手の軌道から外す。

 時間が動き出したとき、俺は膝をついていた。

 身体が悲鳴を上げている。

 視界が霞んでいく。


 もう、残り一回。

 これ以上はない。

 次で最後だ。


 そんな中、敵は追撃を仕掛けてくる。

 さらに香奈を狙ってきた。

 もう一度時を止めて逃げるべきか。

 いや、これ以上切り札を防御に使っていては勝てない。

 最後の一回は攻撃のために取っておかなければ。

 しかし使わなければここで――


「――焼け落ちなさい!」


 ルクシアの声が響いた。

 閃光が走る。

 烈火冠インフェルノティアラ閃槍ランス

 放たれた炎の槍が、ボスの腕を焼き貫き、ねじ切った。

 焦げた肉が床に落ち、ボスの動きが止まる。


「助かった、ルクシア!」


 視線の先、ルクシアが膝をついていた。


「ハァ、ハァ……す、すみません。私、もう、魔力が……」


 それも当然だった。 

 あれだけの高出力魔法を連発して、よくここまで耐えた。


 見ると、ボスの腕はめきめきと音を立てながら再生を始めている。

 魔力がまとわりつき、崩れた肉の塊が再構築されていく。

 俺の時止めも残り一回、ルクシアも魔力切れ。

 もう、ここしかない。

 今、止めを刺すしかない。


「香奈!」


 叫ぶと、香奈が顔を上げた。

 まだ息は荒いが、目の奥には迷いがない。


「いけるよ、零士くん」


「再生されないように、全身を一度で破壊する必要がる。

 腕と脚は俺がやる。破壊された瞬間、ありったけの力を込めて胴体に一撃を叩き込め」


「え、それって……」


「とどめは、お前がさすってことだ」


 香奈は拳を握りしめて、力強く頷いた。


「うん。任せて!」


 再び、俺たちは戦場へ飛び込む。

 これが最後の連携だ。

 失敗は許されない。

 この一撃で、全てを終わらせる。


「――時断クロノ・カット!」


 全身に走る魔力の奔流。

 視界が白く反転し、空間が硬直する。

 音が消え、光が歪み、時間が止まった。

 これが、最後の時間停止。


 目の前のボスは静止していた。

 だが、動きの途中だ。

 腕は振りかけ、腹部はわずかに露出。

 そこに、俺は一気に踏み込んだ。

 超至近距離から、両手のナイフを交差させ連撃を叩き込む。


 脚、腹、胸。

 肋骨の隙間、首の付け根。

 人ならば致命となる急所を正確に突き、刃が踊る。

 高速の軌道で軟組織を切り裂き、反応できないはずの神経へ干渉する。


 三、ニ、一、ゼロ。


 時間が動き出す。


 俺の背後で風が炸裂し、切断された肉が後から吹き飛んだ。

 ボスの体が大きく仰け反る。

 反射神経が間に合わない。

 思考が追いつかない。

 まさに神速で、俺の攻撃は通った。

 全身が開き、中央の核が剥き出しになる。


「今だ、香奈!!」


「やああああああっ!」


 香奈が走る。

 アークブレードを逆手に構え、全身に魔力バッテリーの出力を流し込む。

 灼熱の刃が生まれ、うなりを上げて――


「――えっ……!」


 刃が、点かない。

 起動音も、振動も、何もなかった。

 ただの金属の塊を握ったまま、香奈は動けずにいた。


「うそ……なんで……!」


 アークブレードの起動不良。

 これは、今回のコラボ配信のためにイグニス=ギア社が用意した新製品。

 つまり、運悪く不良品を引いてしまったということだ。

 だが、それでも。

 今、この瞬間に故障とは。


「っ……!」


 俺は走り出そうとした。

 だが間に合わない。

 開いた胴体が閉じようとしている。

 チャンスは数秒もない。


 そのとき、香奈の手元が、赤く光った。

 アークブレードの柄。

 その上に、炎の冠が重なっている。


「行きなさい! 長くはもちません!」


 ルクシアの声が響く。

 岩陰にいたはずの彼女が魔力を振り絞り、烈火冠インフェルノティアラの一部をアークブレードに纏わせる。

 香奈の剣に、ルクシアの魔力が重なる。


 豪炎が柄に宿り、香奈の電池と合流して一気に加熱され、炎の剣が、目覚める。


「いっけえええええええっ!!」


 香奈が跳び込んだ。

 体ごと振りかぶり、炎剣を全力で振り下ろす。

 灼熱の刃が、ボスの肉体を真っ直ぐに一閃した。


 次の瞬間、全身が爆ぜた。

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