まったく隙がなかった。
香奈と二人で前に出ているが、防戦一方。
なんとか攻撃をしのいではいるが、そこまでだ。
本当なら、俺と香奈で動きを封じ、ルクシアにトドメを任せる。
そんな構図を作りたかった。
けれど現実はそんなに甘くない。
死んでは元も子もない。
「ルクシア! 支援を頼む! 牽制でかまわない!」
岩陰に隠れていた彼女に声をかけると、即座に反応が返ってきた。
「は、はいっ!
いつになく素直な返答だった。
言葉とほぼ同時に、彼女の頭上に炎冠が展開される。
そこから生まれた火炎弾が雨のように降り注ぎ、敵の進行ルートを遮った。
一瞬の隙。
俺と香奈はすかさず左右に展開し、挟み込むように立ち回る。
だが、それでも動きが速い。
予測を超えてくる。
読みを当てにできない以上、反射で凌ぐしかなかった。
ルクシアを守った時に、一度、
残りの発動可能回数は、あと二回。
「――きゃあっ!」
香奈が敵の触手に弾かれ、体勢を崩す。
次の瞬間、死角からの追撃。
完全にかわしきれない。
ためらっている時間はない。
「
魔力が爆ぜた。
空間が止まり、世界が無音に包まれる。
三、二、一、ゼロ。
香奈を引き寄せ、触手の軌道から外す。
時間が動き出したとき、俺は膝をついていた。
身体が悲鳴を上げている。
視界が霞んでいく。
もう、残り一回。
これ以上はない。
次で最後だ。
そんな中、敵は追撃を仕掛けてくる。
さらに香奈を狙ってきた。
もう一度時を止めて逃げるべきか。
いや、これ以上切り札を防御に使っていては勝てない。
最後の一回は攻撃のために取っておかなければ。
しかし使わなければここで――
「――焼け落ちなさい!」
ルクシアの声が響いた。
閃光が走る。
放たれた炎の槍が、ボスの腕を焼き貫き、ねじ切った。
焦げた肉が床に落ち、ボスの動きが止まる。
「助かった、ルクシア!」
視線の先、ルクシアが膝をついていた。
「ハァ、ハァ……す、すみません。私、もう、魔力が……」
それも当然だった。
あれだけの高出力魔法を連発して、よくここまで耐えた。
見ると、ボスの腕はめきめきと音を立てながら再生を始めている。
魔力がまとわりつき、崩れた肉の塊が再構築されていく。
俺の時止めも残り一回、ルクシアも魔力切れ。
もう、ここしかない。
今、止めを刺すしかない。
「香奈!」
叫ぶと、香奈が顔を上げた。
まだ息は荒いが、目の奥には迷いがない。
「いけるよ、零士くん」
「再生されないように、全身を一度で破壊する必要がる。
腕と脚は俺がやる。破壊された瞬間、ありったけの力を込めて胴体に一撃を叩き込め」
「え、それって……」
「とどめは、お前がさすってことだ」
香奈は拳を握りしめて、力強く頷いた。
「うん。任せて!」
再び、俺たちは戦場へ飛び込む。
これが最後の連携だ。
失敗は許されない。
この一撃で、全てを終わらせる。
「――
全身に走る魔力の奔流。
視界が白く反転し、空間が硬直する。
音が消え、光が歪み、時間が止まった。
これが、最後の時間停止。
目の前のボスは静止していた。
だが、動きの途中だ。
腕は振りかけ、腹部はわずかに露出。
そこに、俺は一気に踏み込んだ。
超至近距離から、両手のナイフを交差させ連撃を叩き込む。
脚、腹、胸。
肋骨の隙間、首の付け根。
人ならば致命となる急所を正確に突き、刃が踊る。
高速の軌道で軟組織を切り裂き、反応できないはずの神経へ干渉する。
三、ニ、一、ゼロ。
時間が動き出す。
俺の背後で風が炸裂し、切断された肉が後から吹き飛んだ。
ボスの体が大きく仰け反る。
反射神経が間に合わない。
思考が追いつかない。
まさに神速で、俺の攻撃は通った。
全身が開き、中央の核が剥き出しになる。
「今だ、香奈!!」
「やああああああっ!」
香奈が走る。
アークブレードを逆手に構え、全身に魔力バッテリーの出力を流し込む。
灼熱の刃が生まれ、うなりを上げて――
「――えっ……!」
刃が、点かない。
起動音も、振動も、何もなかった。
ただの金属の塊を握ったまま、香奈は動けずにいた。
「うそ……なんで……!」
アークブレードの起動不良。
これは、今回のコラボ配信のためにイグニス=ギア社が用意した新製品。
つまり、運悪く不良品を引いてしまったということだ。
だが、それでも。
今、この瞬間に故障とは。
「っ……!」
俺は走り出そうとした。
だが間に合わない。
開いた胴体が閉じようとしている。
チャンスは数秒もない。
そのとき、香奈の手元が、赤く光った。
アークブレードの柄。
その上に、炎の冠が重なっている。
「行きなさい! 長くはもちません!」
ルクシアの声が響く。
岩陰にいたはずの彼女が魔力を振り絞り、
香奈の剣に、ルクシアの魔力が重なる。
豪炎が柄に宿り、香奈の電池と合流して一気に加熱され、炎の剣が、目覚める。
「いっけえええええええっ!!」
香奈が跳び込んだ。
体ごと振りかぶり、炎剣を全力で振り下ろす。
灼熱の刃が、ボスの肉体を真っ直ぐに一閃した。
次の瞬間、全身が爆ぜた。