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第35話 全てを終えて


 まぶしい。

 瞼の裏に光が差し込む感覚。

 意識が水面に浮かぶように、ゆっくりと浮上してくる。

 ぼんやりとした視界が少しずつ形を成す。

 白い天井が、そこにあった。


 病院。

 だよな、ここ。

 たぶん。


「れっ、零士くん!? 零士くん!!」


「零士様ぁっ!!」


「……っ!」


 次の瞬間、両側から抱きつかれた。


「いってぇええ!? ちょっ、おま、やめ、痛いってば!」


 左から香奈、右からルクシア。

 文字通り飛びつく勢いでベッドにのしかかってきて、俺の肋骨に悲鳴が走る。


「ご、ごめん! でも、でもでも、目を覚ましてくれて……!」


「はぁ……本当に、よかったですわ……!」


 二人とも目尻を潤ませながら、ぎゅっと俺を抱きしめてくる。

 さっきまで死にかけてた男に対して、そのスキンシップは命取りだぞ。


「はっ、ちょっと! ナースコール押しますわよ!」


「あっ、そそそ、そうだね! せ、先生呼んでこよう!

 脳に後遺症ないか確認した方がいいもんね!」


「怖いこと言うのやめろ!」


 香奈が勢いよくナースコールを押すと、まもなくドアが開いて医者がやってきた。


「……ご自身の名前、年齢、大体の日付、場所などは理解されていますね。

 目の動きも正常、記憶の混濁もなし。脳に問題はなさそうです」


 そう言って、医者はホッとしたように頷く。


「ただし」


 言いかけた医者の口調が変わる。


「あなたの肉体、全身の筋肉に断裂と炎症が確認されています。

 明らかに、魔法の過使用による疲労限界の突破。

 ぶっちゃけ、まだ生きてるのが不思議なレベルですね。絶対安静です!」


 そう言い残して、医者はあっさり出て行った。


「……マジかよ。早く仕事復帰したいんだけどなあ」


 ぼそっと呟く。

 AIDAの実地試験を行った時から、ずっと香奈たちにかかりっぱなしで開発が進んでいない。

 安藤は主に言語反応部分担当だし、戦闘補助についてはやはり俺がいないと進まないだろう。

 一刻も早く通常業務に戻りたいところだった。


「だーめっ!!!」


「無理したら、今度こそ入院じゃ済みませんわよ!!」


 香奈とルクシア、二人が同時に頬をぷくっと膨らませて怒った。

 その表情を見た瞬間、思わず俺は、ふっと笑った。

 まるで夢の中で会った、あいつみたいだな。


「……」


「……」


 香奈とルクシアが、ぽかんとこちらを見ている。


「ど、どうした?」


「な、なんか。零士くん、今、めちゃくちゃ優しい顔してた」


「憑き物が取れた、って。こういう表情を言うんですのね」


 そんなこと言われても、本人に自覚はない。

 でも、あの夢を見て。

 夢の中で彼女と会話をして。

 俺の中で何かが変わったことだけは、確かだった。

 そう思っていたところに――


「零士ぐううううううん~~~!!!」


 病室のドアがバンッと開いて、ぼさぼさ髪の女が飛び込んできた。

 見慣れたラフなシャツとパンツスタイル。


「き、急にどうしたんですか、所長」


「ぐすっ……よかったああああ、生きててくれてええええ!!!」


 俺のベッドにすがりつきながら、号泣モードである。


「ちょ、マジでどうしたんですか?」


「どうしたもこうしたも無いよぉ……!

 病院の前も研究所の前も、マスコミとメディアで大騒ぎなんだよぉぉぉ!

 なんでこんなことにぃ……!」


「そんなの、最初の配信の時もそうだったじゃないですか」


「あの時の比じゃないんだよおおおお! もう怖いの! 生命の危機を感じるレベル!」


「あー……そんなに凄かったんだ、今回の配信」


 俺がつぶやくと、「そりゃそうだよ!!」と香奈が呆れたように叫ぶ。


「エンジニアのあなたには、実際の数字で説明した方がいいですわね」


 ルクシアがタブレットを取り出して、説明し始めた。


「最大同接は627万人。スーパーチャットは世界累計で12億円超え。

 現在、十数言語に翻訳されたアーカイブが世界中で再生されていますわ。

 あなた、今やですわよ?」


「……マジかよ」


「マジマジのマジだよっ! きっと零士くん、いま選挙とか出たら当選間違いなし!」


 布団の中で、ひっそり冷や汗をかいた。

 俺、注目されるの苦手なんだけどな。


「と。そう言えば、あなた……」


 ルクシアが急に真顔になり、身を乗り出してくる。


「初期攻略班のエースだったんですの!?」


「……ああ、それ、話してなかったか」


 俺は軽く息を吸って、ゆっくりと口を開いた。


「実は――」




------




「――と。そんな経緯で、今のAIDA開発の仕事を選んだんだ」


「そ、そうだったんですのね」


「……ずっと、一人で抱えてたんだね」


 二人は神妙な顔でうなずいた。


「いやあ、零士くんが新人だった頃を思い出すねえ。

 デジタルのデの字も知らないド素人だったもんな~」


「所長、昔話はいいです」


「えぇぇぇ~?」


 和んだ空気の中で、俺はふと思い出す。


「そういえば、香奈とルクシアは? それぞれの話、どうなったんだよ」


 二人は顔を見合わせてから、順に話してくれた。

 香奈の方は、妹さんの手術費用の工面ができたらしく、早速二週間後に手術だそうだ。

 前回の配信の稼ぎはすさまじく、病弱なお母さんもしばらく働かなくて済むそう。

 ルクシアの方は、イグニス=ギア社との契約問題は華麗に解決。

 天城家存続についても、大スターであるルクシアがフリーになったのを各社が放っておくはずもなく。

 どちらもバッチリ、丸く収まりそうだということだった。


「そっか……よかった」


 本当に、と心の中に付け加える。

 みんな無事で、問題も片付いて。

 あとは、休んで治療に専念するだけか。


 ――プルルルルル


 安堵していた矢先、所長のスマホが鳴り響く。


「あ、はい。しょ、所長、です……」


 受話器から、怒号が聞こえた。


『どこにいるんですか!? マスコミの人たちがまた押し寄せてますよ!

 早く戻ってきて対応してください!!』


 ピキ、と所長が石になる。

 そして、次の瞬間――


「――ぜんっぜん、よくないよぉ~~~~~!!」


 所長の絶叫が、病院に響き渡った。


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