まぶしい。
瞼の裏に光が差し込む感覚。
意識が水面に浮かぶように、ゆっくりと浮上してくる。
ぼんやりとした視界が少しずつ形を成す。
白い天井が、そこにあった。
病院。
だよな、ここ。
たぶん。
「れっ、零士くん!? 零士くん!!」
「零士様ぁっ!!」
「……っ!」
次の瞬間、両側から抱きつかれた。
「いってぇええ!? ちょっ、おま、やめ、痛いってば!」
左から香奈、右からルクシア。
文字通り飛びつく勢いでベッドにのしかかってきて、俺の肋骨に悲鳴が走る。
「ご、ごめん! でも、でもでも、目を覚ましてくれて……!」
「はぁ……本当に、よかったですわ……!」
二人とも目尻を潤ませながら、ぎゅっと俺を抱きしめてくる。
さっきまで死にかけてた男に対して、そのスキンシップは命取りだぞ。
「はっ、ちょっと! ナースコール押しますわよ!」
「あっ、そそそ、そうだね! せ、先生呼んでこよう!
脳に後遺症ないか確認した方がいいもんね!」
「怖いこと言うのやめろ!」
香奈が勢いよくナースコールを押すと、まもなくドアが開いて医者がやってきた。
「……ご自身の名前、年齢、大体の日付、場所などは理解されていますね。
目の動きも正常、記憶の混濁もなし。脳に問題はなさそうです」
そう言って、医者はホッとしたように頷く。
「ただし」
言いかけた医者の口調が変わる。
「あなたの肉体、全身の筋肉に断裂と炎症が確認されています。
明らかに、魔法の過使用による疲労限界の突破。
ぶっちゃけ、まだ生きてるのが不思議なレベルですね。絶対安静です!」
そう言い残して、医者はあっさり出て行った。
「……マジかよ。早く仕事復帰したいんだけどなあ」
ぼそっと呟く。
AIDAの実地試験を行った時から、ずっと香奈たちにかかりっぱなしで開発が進んでいない。
安藤は主に言語反応部分担当だし、戦闘補助についてはやはり俺がいないと進まないだろう。
一刻も早く通常業務に戻りたいところだった。
「だーめっ!!!」
「無理したら、今度こそ入院じゃ済みませんわよ!!」
香奈とルクシア、二人が同時に頬をぷくっと膨らませて怒った。
その表情を見た瞬間、思わず俺は、ふっと笑った。
まるで夢の中で会った、あいつみたいだな。
「……」
「……」
香奈とルクシアが、ぽかんとこちらを見ている。
「ど、どうした?」
「な、なんか。零士くん、今、めちゃくちゃ優しい顔してた」
「憑き物が取れた、って。こういう表情を言うんですのね」
そんなこと言われても、本人に自覚はない。
でも、あの夢を見て。
夢の中で彼女と会話をして。
俺の中で何かが変わったことだけは、確かだった。
そう思っていたところに――
「零士ぐううううううん~~~!!!」
病室のドアがバンッと開いて、ぼさぼさ髪の女が飛び込んできた。
見慣れたラフなシャツとパンツスタイル。
「き、急にどうしたんですか、所長」
「ぐすっ……よかったああああ、生きててくれてええええ!!!」
俺のベッドにすがりつきながら、号泣モードである。
「ちょ、マジでどうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも無いよぉ……!
病院の前も研究所の前も、マスコミとメディアで大騒ぎなんだよぉぉぉ!
なんでこんなことにぃ……!」
「そんなの、最初の配信の時もそうだったじゃないですか」
「あの時の比じゃないんだよおおおお! もう怖いの! 生命の危機を感じるレベル!」
「あー……そんなに凄かったんだ、今回の配信」
俺がつぶやくと、「そりゃそうだよ!!」と香奈が呆れたように叫ぶ。
「エンジニアのあなたには、実際の数字で説明した方がいいですわね」
ルクシアがタブレットを取り出して、説明し始めた。
「最大同接は627万人。スーパーチャットは世界累計で12億円超え。
現在、十数言語に翻訳されたアーカイブが世界中で再生されていますわ。
あなた、今や
「……マジかよ」
「マジマジのマジだよっ! きっと零士くん、いま選挙とか出たら当選間違いなし!」
布団の中で、ひっそり冷や汗をかいた。
俺、注目されるの苦手なんだけどな。
「と。そう言えば、あなた……」
ルクシアが急に真顔になり、身を乗り出してくる。
「初期攻略班のエースだったんですの!?」
「……ああ、それ、話してなかったか」
俺は軽く息を吸って、ゆっくりと口を開いた。
「実は――」
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「――と。そんな経緯で、今のAIDA開発の仕事を選んだんだ」
「そ、そうだったんですのね」
「……ずっと、一人で抱えてたんだね」
二人は神妙な顔でうなずいた。
「いやあ、零士くんが新人だった頃を思い出すねえ。
デジタルのデの字も知らないド素人だったもんな~」
「所長、昔話はいいです」
「えぇぇぇ~?」
和んだ空気の中で、俺はふと思い出す。
「そういえば、香奈とルクシアは? それぞれの話、どうなったんだよ」
二人は顔を見合わせてから、順に話してくれた。
香奈の方は、妹さんの手術費用の工面ができたらしく、早速二週間後に手術だそうだ。
前回の配信の稼ぎはすさまじく、病弱なお母さんもしばらく働かなくて済むそう。
ルクシアの方は、イグニス=ギア社との契約問題は華麗に解決。
天城家存続についても、大スターであるルクシアがフリーになったのを各社が放っておくはずもなく。
どちらもバッチリ、丸く収まりそうだということだった。
「そっか……よかった」
本当に、と心の中に付け加える。
みんな無事で、問題も片付いて。
あとは、休んで治療に専念するだけか。
――プルルルルル
安堵していた矢先、所長のスマホが鳴り響く。
「あ、はい。しょ、所長、です……」
受話器から、怒号が聞こえた。
『どこにいるんですか!? マスコミの人たちがまた押し寄せてますよ!
早く戻ってきて対応してください!!』
ピキ、と所長が石になる。
そして、次の瞬間――
「――ぜんっぜん、よくないよぉ~~~~~!!」
所長の絶叫が、病院に響き渡った。