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第11話

 ノアは姿を消した。


 あの後、倒れていた暗殺者の中から背格好の似た男に付けていたロザリオを掛け、ノアは代わりに男の外套を纏い、蝋燭に火を灯した。

 ぽっと仄かなオレンジ色の光が暗闇を優しく照らす。その燭台を男達の中心に置き、倒したのだ。

 炎は瞬く間に男達に燃え移り、木製の長椅子へと移っていく。その間にアーノルドとノアは秘密の扉から外へと出た。


 自らの死を偽装したノアは姿を消し、火災に気づいた周囲の人々が消火をし、遺体を見つける。既に身体的な特徴など分からなかったが、身につけていたロザリオなどからこれがノアだろうと推測された。


 彼は死んだ事になったのだ。


 アーノルドはこれを聞いて悲嘆に暮れ、自室に引きこもる演技をし、その間にひっそりと宰相ロイヤーとコンタクトを取った。

 彼はミゼリーとノアの関係、そしてブライアンの関与を疑っていたので話をした。全てを打ち明けた後、教会に暗殺者が入り込みノアはアーノルドを逃がして自らは残ったと、事実は変えたが。

 これを聞いたロイヤーは頭を抱え……涙を一つ流した。それが誰に向けられたものかは、敢えて聞かなかった。

 その時の男達が持っていたメダルをロイヤーに預けると共に、教会に火を放った者を調べるように頼むと、七日程度で分かってきた。


 町に火を付けたのはソフィアの領地から出てきた家無しの者だった。彼らは僅かな金銭でこれを請け負ったそうだ。

 そして闇ギルドの方ではミアの家が浮かんだ。古い侯爵家だ、関係を持っていても不思議ではない。

 そしてこれらの情報を揃え、そそのかしたのはセーラだった。


 三人は、このままノアが居たのでは婚約の話が進まないと踏んでそれぞれに動いたのだろう。ソフィアが大騒ぎを起こし、混乱の中ミアが手配した暗殺者がノアを殺し同じく火を放つ。そういう算段だ。


 誤算は、ノアが暗殺者十人を屠れる程の強者であったことだろう。


 あの女狐たちは傷心のアーノルドにお見舞いと称して花や菓子、手紙を送りつけてくる。こちらが何も知らないと思って。


「あいつらもまた、殺すべき醜い奴等だ」


 だからこそ準備は整える。今のうちに、確実に、あのろくでなし共を閉じ込める舞台を、整えておかなければ。


◇◆◇


 アーノルドが動き出したのは町の大火から三ヶ月経った頃。町は復興を始めていた。


 酷い顔色で皆の前に出たアーノルドをブライアンも母も案じてくれた。涙ながらに身を案じてくれる母には素直に感謝と謝罪の念が浮かぶ。ノアも母を責めはしなかった。むしろブライアンの闇を知らず騙されている被害者だと言ってくれた。

 だが、ブライアンについては受け入れる気になれない。冷たい視線を向けてしまうと、あの男は驚いた顔をしながらも表情を繕った。


「ご心配をおかけしました」

「いいのよ、アーノルド。懇意にしていた、貴方にとって大切な人が亡くなったのですもの。辛かったですね」

「母上、ありがとうございます。ですがもう……大丈夫です。ノアもきっと、いつまでも俺が塞ぎ込めば心配するでしょう」


 涙を流す母の肩に優しく触れたアーノルドは、そこで父を見据えた。


「父上にもご心配をおかけしました」

「あぁ」

「このままではいけません。俺には早く、俺を支えてくれる人の手が必要だと感じました。そこで、このような状況ではありますが、婚約者を選ぼうと思います」


 この言葉には二人共が喜んだ。唯一の子に婚約者もいないというのは、国家としても安定性に欠けるのだろう。早く結婚して子を設ける事もまた、王族に求められる責任だ。


 そんなもの、アーノルドにはどうでもいいのだが。


 かくして一ヶ月後、婚約者候補三人をアーノルドはとある屋敷へと招く事にした。

 この復讐劇に相応しい、最後の舞台へ。


◇◆◇


 婚約者候補三人は快く招待に応じた。

 これに驚いたのはロイヤーだった。既に罪を問える三人から婚約者を選ぶのかと。

 だが、アーノルドの笑みを見た彼は何かを言おうとして……言わなかった。そのかわり、アーノルドが求めた屋敷の整備などを淡々と行ってくれた。


「もぉ! こんな時に限ってお父様の体調が優れないだなんて」


 母は憤慨しながらも荷を纏めて馬車に乗り込む。高齢な祖父が病に倒れ、生死の境を彷徨っていると昨夜知らせが入ったのだ。

 普通ならば王妃である母も婚約者を決める場に同席する予定だったのだが、ブライアンも彼女に帰省を促したので今回は不参加となった。

 当然だ。今回婚約者発表にアーノルドが選んだのはブライアンの別宅。あの男がミザリーを苛んだ場所なのだから。


 元は先の第一妃の実家で、先王は身分違いだった彼女にここでポロポーズをして見事恋を成就させた。

 そんな素敵な場所で、あの男は恐ろしい事をしたのだ。

 最初、ブライアンはこの屋敷での婚約者発表を渋った。当然だが。だが、アーノルドが先王のこの話と、先王と第一妃が死ぬまで仲睦まじかった事にあやかりたいと切実に願った事で折れた。

 まぁ、「それとも何か、使われては困る理由があるのですか?」と問うと何も言えなくなったのだが。


 それ故、そんな場所に母を連れていくのは心理的に避けたかったのだろう。これ幸いと、帰省を後押ししてくれた。


 全てはノアの思うところだ。


 母方の祖父の病は半分は嘘だ。実際は少し腹を下した程度で既に復調の兆しを示している。そうなるよう、ノアがアルバ商会も使って手を回したのだ。

 全ては明日、あの場に母を巻き込まない為に。


「それでは行ってきますからね。アーノルド、頑張るのですよ」


 そう言って馬車に乗り込もうとする母とは、きっと今が今生の別れとなる。もう二度と、顔を見る事はない。そう思うと、アーノルドは駆け寄り母を抱きしめていた。


「アーノルド?」

「ごめん、母上。ありがとう」


 本当はもっと、言いたい事がある。こんな未来を選んで、親不孝をしてごめん。喜ばせてあげる事が出来なくてごめん。辛い事を強いてしまって、ごめん。

 そして、産んで、愛しんでくれてありがとう。


 それらの思いを重石を飲み込むように堪えて、アーノルドは手を離した。

 母はキョトッとした後で朗らかに笑い、小さな頃のように頭を撫でてくれた。


「変な子ね、まったく」


 そう言って、微笑んで「愛しているわ」と残して、母は馬車に乗り込んだ。

 遠ざかる馬車を見送って、心の中で最後のお別れを言った後は、アーノルドの心はただ明日を思い冷たくなる。


 全ては正しい裁きを、下すために。


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