疲れた! お風呂に入ったはずなのにドッと疲れた。私が悪いんだけどさ。
しかし、お湯に浸かっていただけで山ひとつ吹っ飛ぶってありえないんですが。
あのお湯、絶対魔力泉だよ。
まてまて。まず落ち着け私。
この世界の魔法はどうやって発動するのか、整理してみよう。
この世界で魔法を使う時は、ファイアボールでもヒールでもライトでも、魔石から魔力を取り出してつかう。
で、そもそもの魔力はどこから来るのかというと、月からだ。魔石は月から降り注ぐ魔力を何千年もかけて吸収して溜め込んでいる。
なので、魔石は魔力のバッテリーみたいな物だと思って欲しい。魔石の大きさや純度で使う魔法の大きさも決まる。
私のように魔石を介さずに魔法を使う奴はかなりレアな存在のはずだ。
魔石を使った魔力量は制限があるけど、私にはそれがない。そこが大きなアドバンテージでもありネックでもあるな。
大きな力を得ることは出来るけど、コントロールが出来ないと山一つ吹っ飛ぶくらいの事故がカジュアルに起こると。
おそらく、そういう事だな。
温泉では私の体が魔法泉に共鳴して、魔力を勝手に吸収して、パンクしちゃったんだと思う。
そう、例えるなら、おならを我慢しているのに似てたな。力を抜いたら出ちゃったみたいな感じ。
私の体、どうなってんだ。正直。とても怖いぞ。
このまま魔力の強い所に行くたびに暴発するの? リアルボンバーマンは勘弁してほしいな。
うーん。ここで、私が今いくら考えても解決方法なんて浮かばないか。考えるのやめた!
あれからなんとか温泉から上がって、ヤシマが用意してくれたテントの中で一息ついた所だ。
服もヤシマが用意してくれたライトグレーのロングローブとガウン。そして下着だ。
シルクだよシルク。パンツもシルクだよ。いつも着てる毛玉まみれのウニクロのスウェットとは肌触りも着心地も軽さもダンチだよ。金持ってる奴は違うな。
そして、パンツを履いた時の安心感が異常。
絶対にパンツは精神安定に寄与しているに違いない!
シルクの心地よさを感じながら、優雅に鏡の前で髪をとかしているわけだ。
鏡を見るとそこには、シミひとつない綺麗な肌に、青い瞳。キリッとした目元、整った鼻と口にスッとした顎のライン。完全無欠の美人が映っている。『ホントに誰これ?』って感じだよ。
髪も綺麗なブロンドで、指を通すだけでサラサラして、フワッと広がる。
アレだ、シャンプーのコマーシャルでしか見る事がない髪だな。
自分の髪のはずなのに羨ましく思ってしまうのは、やっぱり借り物って感覚がどこかにあるんだろうな。
ベッドもさ、ヤシマが「簡易ベッドですわ、砂漠ではこんなんしか用意出来なくてすんまへん」って言っていたけど、うちで寝ていたベッドよりふかふかだよこれ?
適度に体が沈み込んで、とても心地よい。色々ありすぎて疲れていたのか、横になっただけで眠く……なってきた……。
「……」
「……」
突然、壮大な音楽が聴こえてきた。
白のローブに身を包み、片方の肩に青いストールをかけた女神のような格好のアリシアが、台座の上で右手に輝くトーチを持って高々と掲げると、オレンジ色の雲海をバックにALICIAの文字が浮き上がりファンファーレがなった。
あ、これ、映画の最初で見るやつだ。
場面が変わると、夜明け前の薄暗い道をルスタニアの3人の兵士とアリシアが、悲しげな曲をバックに粗末な馬車の中で揺られていた。
アリシアの向かいに座っている、居眠りしていた兵士が馬車の揺れで目を覚ました。
「あら、そこのあなた。やっと起きましたの?」
アリシアが呆れたように言った。
アリシアは馬車の粗末な座席に背筋を伸ばした
毅然とした姿勢で座っている。むしろ周りの兵士の方が脚を広げてだらしなく腰掛けていた。
下卑た視線でアリシアを舐め回すように見ていた別の兵士が「そろそろいいか」と独りごちた。
「あんたさ、砂漠に追放されたらどうせ生きられないんだ。死ぬ前にお楽しみといこうぜ」
「私語は禁止なはずです。あと、あなた仮にもルスタニア王国の兵士ならその卑しい目はおやめなさい!」
アリシアは毅然と言い放ったが、兵士はへらへら笑うと、アリシアの太ももに手を乗せ、顔を近づけた。息から腐った玉ねぎのような臭いがする。
「ふうん、お貴族様がお偉い口を叩けるのも今のうちだぜ?」
御者の方をむくと、大声で「馬車を止めろ!」と叫んだ。
「まだ、追放地点ではありませんよ?」
「へへへ、お楽しみの時間だ。降りな」
兵士はダガーを抜くと、アリシアに突きつけて馬車から下ろした。
外はもう砂漠に入っていた。薄暗いが、東の空が濃紺から薄紫色に明るくなりかけている。もう少しで太陽が昇るだろう。
3人の兵士は馬車から降りると、大岩を背にしてアリシアを立たせた。アリシアは真っ直ぐ兵士を睨んでいるが、脚はガタガタと震えていた。
「おほ! 怖い目をしているなあ。なあ、俺たち下っ端の兵士にもよ、貴族様を拝ませてくれよ」
アリシアは睨みつけたまま黙って立っている。
「パンツを脱ぎな」
怒鳴るとダガーの先をアリシアの肩に軽く突き立てた。「うっ」と痛みに唸るアリシア。肩から血が滴る。
顔は血の気を失い真っ青で脚の震えも大きくなっている。恐らく、その場にへたり込んでしまうのを必死に堪えているのだろう。
アリシアは兵士から目を逸らさず、スカートの中に手をいれてパンツを脱ぎ始めた。歯を食い縛り涙が出るのを必死に堪えている。
「そうよ! 後ろを向いてスカートをたくし上げな!」
パンツを脱いで兵士に投げ付けた瞬間、異変が起こった。
地面から紫色のもやが光りながらアリシアの脚に巻き付くように立ち込めはじめたのだ。これは魔力?
「おい、なんだこのもやは!」
兵士が身の危険を感じて剣を抜いた時だ。
アリシアの周りに大きな炎が立ち上がり、竜巻のように渦を巻くと激しく燃え上がった。兵士も馬車も悲鳴を上げる暇もなく炎に飲み込まれていった。
渦を巻いた激しい炎が轟音をたてながら空高く舞い上がったところで、目が覚めて飛び起きた。
……夢?
夢にしては生々しい感覚が残っている。あれはもしかしたら、死ぬ前のアリシアの記憶かもしれない。
私がアリシアに転生した時になぜノーパンだったのかもなんとなく察した。
アリシア、無念だったろうなぁ……。
待ってろ、私があなたの名誉を取り戻して復権してやるからな。
アリシアの死の謎と、私の魔力の不安定さ。どこかに繋がりがある気がする。
明日、ビンセントに旅立つ。
なにかとんでもない事が起こりそうな気がする。