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風が告げた、戦いの予兆

 翌週末。再び、修二と絵里はダンジョンを訪れていた。


「ペンダント、持ってきた?」


「もちろん。ちゃんと首から下げてるって」


 修二はTシャツの襟元から、例の金属製ペンダントを引っ張って見せた。


 村が設置したゲートはそのままだったが、受付嬢はそのペンダントを一目見るなり、にこやかに頭を下げた。


「ご招待のお客様ですね。通行料は不要です。どうぞ、お入りください」


 その口調はまるで高級ホテルのフロントのように丁寧で、どこか誇らしげだった。


「ほら、言った通りだろ?」


 胸を張って言う修二に、絵里はふくれっ面で肩をすくめる。


「はいはい、ドヤ顔やめなさいよ」


 二人は笑いながら、ダンジョンの奥へと足を進めた。


 冷たい石壁に囲まれた通路を進むと、ふと、空気の温度が変わったように感じた。


 通路の先、ほんのりとした光がふわりと集まり始める。


 まるで誰かが彼らの到来を歓迎しているかのようだった。


「また、出てきた……」


 小声で絵里がつぶやく。


 現れたのは、あのエルフの少女だった。

 ブロンドの髪がゆっくりと揺れ、そのたびに光が髪の輪郭を淡く縁取っていく。幻想的で、どこか人間離れした美しさがそこにあった。


「アナタたち、また来たのか。嬉しい」


 微笑むエルフの声は、鈴の音のように透き通っていた。


 その笑顔を見た瞬間、修二の胸の奥で、何かが小さく跳ねた。


「今日も、君に会いたくて」


 さらりと口にした言葉は、修二自身も驚くほど自然だった。


 隣で絵里が肘でツンと突っついてくる。


「お礼に、今日はまともな食べ物持ってきたわよ」


 絵里がバッグから取り出したのは、コンビニで買ったゼリー飲料だった。


「冷たくて甘い……フシギな味。でも、悪くない」


 感謝の言葉と共に一口飲み、満足そうに微笑んだ。口元をそっとぬぐう仕草に、修二はまた心を奪われかける。


 その横顔を、絵里は少し複雑な表情で見つめていた。


「なあ、名前、教えてくれないか?」


 修二の問いに、少し考え込むように首をかしげたが、やがて微笑んで答えた。


「ワタシの名前は……リィナ。そう呼んでほしい」


「リィナか。いい名前だな」


「ありがとう、シュウジ」


 初めて自分の名前を呼んだ彼女の声に、修二の心がわずかに震えた。


 それは絵里にも伝わったのだろう。彼女の肩が、ぴくりと小さく揺れた。


 しばしの沈黙が三人の間に流れる。


「ねえ、リィナ。人間とエルフって、一緒に暮らすのって……アリなの?」


 絵里の声には、どこか探るような響きが混じっていた。


「アリ……? どういう意味?」


「あ、ううん、なんでもない」


 絵里は笑ってごまかしたが、その視線はリィナではなく修二に向いていた。


 リィナは二人を見比べて、まっすぐな瞳で言う。


「ワタシは……どちらも、好き。アナタたち、優しい。もっと、一緒にいたい」


 まっすぐな言葉。純粋すぎて、残酷なほど。


「リィナ……」


 修二は一歩、彼女に近づこうとした。


 そのときだった。


 奥から、冷たい風が一陣吹き抜ける。異様な気配が空間に満ちた。


「魔物の気配……!」


 リィナがぴたりと動きを止め、すっと顔を上げる。


 闇の奥から、複数の影がじわりと現れた。小さな体躯に歪んだ顔――明らかに敵意を持った存在。


「修二、こっち!」


 絵里がすかさず手を伸ばす。だが、リィナはその場から動こうとしなかった。


「アナタたちは、逃げて」


「いや、置いていけない!」


 修二は叫びながら、リィナと絵里の間に一歩、足を踏み出した。


 まっすぐに前を見据えたまま、静かに言う。


「俺は……どっちも大事なんだ!」


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