「ちょっと、修二! 何してるの!」
絵里の叫び声が暗闇の中、響きわたる。
「見ての通りだ。リィナを置いていけない」
修二は、目の前に現れたモンスターから逃げることはしなかった。
「ゴブリン……」
三人の前には、ゴブリンの群れの姿があった。その中の一匹のガタイは群を抜いている。
「ロードか」
リィナは、その一匹を見てつぶやいた。
「ロード……?」
「アイツは、この群れのボス。シュウジ、ロードを倒せば群れは崩れる」
「つまり、あいつを倒せばいいんだな」
修二は、ゴブリンロードだけを見据えている。
「修二の考えは分かるわ。でも、あいつの前には下っ端がいるのよ!」
突然の出来事にもかかわらず、絵里は冷静に分析する。
リィナが目を閉じて集中すると、手のひらに紫色の炎が燃え上がる。
リィナの手のひらに灯った炎は、ひときわ強く脈打ち、紫の光を周囲に投げかけた。
「行く……!」
その言葉と同時に、火球が放たれた。軌道は完璧。一直線にゴブリンロードの顔面を狙っていた。
だが——。
「なっ……!」
ゴブリンの一体が、盾を掲げて前に躍り出た。火球は弾かれ、紫の火花を散らして壁を焼いた。
「くっ、読まれてる……!」
リィナが悔しげに歯を噛む。
「だったら、陽動を入れるわよ!」
絵里がポケットからスマホを取り出す。そして、ライトを全開にしたまま、ゴブリンたちの足元へと思い切り投げつけた。
パシッ!
音とともに、強烈な光がダンジョン内に瞬く。
「ギャギャギャ!」
不意の閃光に、ゴブリンたちは一斉に目を覆い、体勢を崩す。
「今よ、修二っ!」
「任せろ!」
修二は一直線にゴブリンロードへと走る。全速力、全力のタックル。
「おりゃああああっ!!」
ドンッという音とともに、ゴブリンロードがよろめき、膝をついた。
「リィナ、お願い!」
「うん……!」
再び紫の炎がリィナの手に灯る。今度は、確実にその魔力が一点に集中していた。
「燃え尽きろ……!」
放たれた火球が、真正面からゴブリンロードを撃ち抜く。火炎に包まれたボスは、断末魔を上げる間もなく崩れ落ちた。
その瞬間、残っていた下っ端ゴブリンたちは、一斉に叫び声を上げて四散する。蜘蛛の子を散らすとはこのことだった。
ダンジョンの静寂が、ようやく戻ってきた。
「やった……!」
リィナが肩を落とす。絵里は膝に手をついて、呼吸を整えながらも笑顔を見せた。
「連携、バッチリだったな……!」
修二が二人を振り返って言った。
「ま、たまには役に立つじゃない」
絵里が小突くように言う。
「ふたりとも、ありがとう。ワタシ……嬉しい」
リィナの頬が、うっすらと赤らんでいた。
三人はしばらくその場に立ち尽くしていた。だが、ふとした沈黙のあと、空気が少しだけ変わった。
修二が誰を見るでもなくつぶやく。
「俺、どっちも大事なんだよ」
その言葉に、絵里の表情が曇り、リィナの目が揺れる。
戦いの興奮が冷めた今、修二の心の揺らぎが、静かに浮かび上がっていた。