## 第1章　はじめに

### 1.1 背景と問題意識

近年、「百合」と呼ばれる女性同士の親密な関係性を主題とした作品群が、アニメ・マンガ・小説・ゲームなど多様なメディアで広く受容されている。その一方で、これらの作品は現実の女性同性愛（レズビアン）とは異なる、曖昧で理想化された情動を描く傾向があるため、「フィクションとしての百合」と「現実としてのレズビアン」をめぐる混同や誤解の温床ともなっている。

本稿は、「百合文化」という文化現象はどのような歴史的・社会的文脈から成立し、その受容がどのような意味を持つのかを、多角的に検討することを目的とする。具体的には以下の問いに答える構成となる：

1. 百合文化の成立には、どのような歴史的・メディア的背景が影響を与えたのか？

2. 社会的・ジェンダー的視点において、百合作品がどのような役割を担っているのか？

3. 経済市場やファン文化の仕組みは、百合文化の発展にどのように寄与しているのか？

4. グローバル化の流れの中で、百合文化はどのような受容趨勢を見せているのか？

5. 表象としての百合に内在する倫理的・多様性の課題は何か？

### 1.2 定義と研究対象

「百合」とは一般に、女性同士の恋愛や親密な情動を描いた作品ジャンルを指すが、その範囲は広く曖昧である。本稿では、以下の3つの視点から定義する：

- **表象としての感情描写**：恋愛感情として明示される場合もあれば、友情や姉妹愛のようなプラトニックな意図を含む描写を含む。

- **メディアおよびコンテクストを問わない作品性**：商業的媒体（アニメ・単行本）から個人創作（同人誌・Web小説）に至るまで多様な形態を範囲とする。

- **ファン文化圏としての機能性**：タグ付け、編集・メディアミックス、多言語翻訳など、作品を取り巻く社会的サービス機構を含む。

こうして捉えることで、百合を単なる一ジャンルとせず、その生成と循環を支えるコミュニティ・制度・市場を含む「文化的システム」として分析していく。

### 1.3 研究意義

1. **ジェンダー・セクシュアリティ研究への応用**

　日本発祥の百合ジャンルは、LGBTQ＋の正統な表象とは一線を画しつつも、「性別役割からの距離」や「女性どうしの親密さ」という観点から重要な分析対象となり得る。

2. **メディア文化・ポップカルチャーへの寄与**

　サブカルチャーにおける自己言及的メディア環境として、百合は創作とファン活動を連動させる構造として先進的なモデルを示している。

3. **経済学と文化政策の観点からの実装可能性**

　出版・映像・グッズというメディアミックス環境で成功を収めた事例は、文化産業政策や地域振興のケーススタディとして参照可能である。

### 1.4 方法論と構成

- **文献資料**：国内外のジェンダー・メディア研究論文、百合作品の批評的レビュー、クリエイター・ファンへのインタビューなど。

- **歴史的系譜分析**：少女文学から同人運動に至るまでの系統的検証。

- **事例調査**：代表作（例：『マリア様がみてる』『ゆるゆり』『やが君』）における受容構造と媒体展開の分析。

- **国際比較**：海外ストリーミング配信サイト・ファンダムフォーラムへのアクセス動向の時系列比較。

本稿は以上の手法により、まず第2章で歴史的背景、第3章で社会文化要因、第4章で市場・ファン文化、第5章でグローバル展開、第6章で倫理と未来展望、最後に総括を行う構成である。