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第3話 離婚を迫られた

あの夜、真司は帰ってこなかった。

私はいつの間にか眠りについた。


再び目覚めたとき、すでに薄明かりが差し込んでいた。


床の上から体を起こし、蒼汰の部屋に置かれたおもちゃや絵本を眺め、視界が再び涙でぼやけた。。


わかっている。

倒れてならない。

娘を失った私は、もうこれ以上、息子まで失うわけにはいかない。


階段を下り、額の傷はすでに乾いていた。

医療キットを取り出して傷を手当てし、キッチンに向かってうどんを作った。



腹に受けた一撃は予想以上に深刻で、下着にはうっすらと血がにじみ、私は消炎鎮痛剤を飲み込んだ。


そのまま、家を出て昔の家政婦たちを探しに行った。


以前は五人いた。

けれど、今は一人も見当たらない。幸いなことに、私は彼女たちの住所をすべて控えていた。


朝から夕方五時まで、誰一人見つからなかった。


引っ越していたり、契約を切られていたり。


仕方なく、私は真司のもとへ向かうことにした。





山徳グループのビルは、空に向かって高く伸び、真司がどれほど高みにいるかを物語っている。


それに比べて誰も私の事を知らない。


ビルのエントランスに着いた私は、真司の秘書に電話をかけた。


「真司に会わせて。会わないなら、この場でみんなに言うわ。私は氷室真司の妻だって!」


結婚受理証明書は手の中で、ぎゅっと握りしめられていた。


数分後、私は社長室に座っていた。


真司は冷たい目で私を見下ろした。


「今度は何をしに来た?」


「蒼汰に会わせて。」


私の望みは、たった一つだけ、息子に会いたい。


だが、真司は鼻で笑った。


「鏡でも見てこい。今のお前の有り様で、蒼汰に合わせる顔なんかあるのか?」


そう言って、彼は一枚の書類を私の前に差し出した。


「これにサインしろ。金はやる。二度と俺の前に現れるな。蒼汰にも、もう会わせない。」


離婚届!


ついに、この瞬間が来た。

これで天宮雪奈と、堂々と結婚するつもりなんでしょう!


ふざけるな!


私は書類を見もせず、真っ直ぐ彼の目をを見つめた。


「離婚してもいい、財産の半分をよこしなさい!」


「天宮雪乃、お前、狂ったのか?」


彼は私がそんな要求をするとは思っていなかったらしく、怒りのあまり笑いそうになった。


「私たちは婚前契約なんて結んでない。あなたの財産は全部共有財産。半分もらう権利は、私にあるはず。」


私は一歩も引かず、彼をじっと見つめた。


「同意しないなら、私は絶対にサインしない。」


深く息を吸い込み、その目には怒りが満ちていた。


「天宮雪乃……そんなこと、絶対にさせないからな!」


そう、それが私の目的。このまま二人を、どんな手を使ってでも結婚させない!


「氷室真司、天宮雪奈は可愛子ぶって、あなたを騙してるだけ!あなたほどの人が、どうしてあの女の本性が見抜けないの?」


私はまだ諦めきれず、どうしても真司に天宮雪奈の本性を暴きたかった。


だが、真司は鋭い視線で私を睨みつけた。


「雪奈は誰よりも純粋で、優しい女だ。昨日だって、お前のことで俺に頭を下げてた。そんな雪奈を、よくも悪口言えたな。どうして今まで、お前がこんな薄情な女だっと気づかなかった。」


もういい、薄情な女で結構!これ以上言い合っても意味がない。


「蒼汰に会わせて!」


彼は冷ややかな目で私を見下ろしてきた。


「もう騒ぐな。出て行け!」


私は立ち上がり、強く彼を睨み返しながら、手に持っていた結婚受理証明書を彼の目の前に突きつけた。


「蒼汰に会わせてくれないなら、マスコミに全部あばく、「氷室真司の妻はまだ生きているのに。他の女と婚約した」ってね。あなたの評判を地に落とす!」


私はわかっていた。真司のような男にとって、名誉は命より大事だということを。


だからこそ、彼はきっと私の要求を飲む。


そう信じていたが、彼は冷笑を浮かべた。

その笑みはあまりにも嘲りに満ちていて、私は思わず息を飲んだ。


「いいだろう。帰って待っていろ。すぐに「手配」してやる!」


勝ったような気がした。

でも、なぜだろう。

胸の奥に、嫌な予感が渦巻いていた。


きっと、あの時のぎこちない笑いのせい。






会社から出ようとしたそのとき、ちょうど一人の女とすれ違った。


「天宮さん、おはようございます!」


社員全員が立ち上がって挨拶をする。受付の秘書までが、深々と頭を下げた。


彼女が入ってきたときの静けさとは、まるで別世界のようだった。


天宮雪奈は誇らしげな笑みを浮かべ、女王のような足取りで歩いてきた。


そして、ドアの前で私を見つけると、勝ち誇った笑みを浮かべて言った。


「お姉ちゃん、いらっしゃい。頭の傷、もう大丈夫?」


今すぐその顔を殴りたかった、でも私は耐えた。


真司が蒼汰に会わせてくれると言ったばかり。

ここで怒りに任せてすべてを壊すわけにはいかない。


私は彼女を無視して、黙ってすれ違った。


後からふたりの会話が聞こえてくる。


「雪奈、疲れてないか?こっちに来て座れ。」


「真司、私さっきお姉ちゃん見たよ。顔色悪かったみたい、病院に連れて行かなくていいの?」


「放っておけ。死にゃしない。死んでも、自業自得だ。」


覚悟していた。でも、いざ口に出されると、胸が張り裂けそうに苦しかった。

夫婦になってからもう何年も経ち、彼の命を救ったことだってあるのに!


私は別荘には帰らなかったせいで、凛音がずっと心配していた。


傷が少しでも治ってから会おうと思っていたけれど、どうしても押し切られて、近くのレストランで会うことにした。


レストランはショッピングモールの一階にあり、たくさんの人で賑わっていたが、凛音はすぐに私を見つけて駆け寄ってきた。


「顔色まだ良くないね。もう仲直りしたの?」


私は適当に答えた。


「うん、夫婦だもの。ケンカなんてすぐ忘れるよ!」


でも凛音は私の前髪の下に隠れている傷に気づいた。


「これはどうしたの?」


私は嘘をついた。


「彼に投げつけたものが自分に当たっちゃったんだ。彼も怒る暇なんてなかったし、すぐ仲直りしたよ。」


凛音は傷口を見てうなずきながら言った。


「そうそう、私も旦那さんとよくそうしている。ケンカは逆に仲良くなるきっかけになるからね。長く一緒にいると、時にはぶつかることも必要だよ!」


こんなにあっさり信じるなんて思わなかった。


二人で食事を済ませた後、凛音は私を無理やりショッピングモールに連れて行き、自分を大事にしなきゃと言いながら、何着か服を買ってくれた。


正直、今はおしゃれなんて気分じゃなかったけど、断れなかった。気分転換だと思うことにした。


だけど、そこで思いがけず真司と天宮雪奈に遭遇した。


二人はジュエリーショップで指輪を見ていた。


凛音が先に気づいて囁いた。


「見て見て雪乃!あの二人、氷室真司とその婚約者よ、すごくお似合いね。」


凛音は私が真司と結婚しているなんて知らなかった。


真司のその経歴を消し、誰も彼がかつて記憶を失って、他人の家に一年もいたことを知らない。


父は恥をかきたくないから、私が駆け落ちした事実を隠し、最終的には天宮雪奈を天宮家の唯一の令嬢に仕立て上げた。


私は満々と騙され、天宮雪奈に「真司との関係は誰にも言わない」と言われて、親友にさえも話せなかった。


この時、真司は天宮雪奈と指輪のデザインを選んでいる。


凛音は興味津々で私を引っ張りながら近づき、二人の会話が聞こえてきた。


「天宮さん、こちらは当社のトップデザイナーがデザインしたいくつかの案です。お気に入りはあるでしょうか?」


「真司はどれがいい?」


彼は伏し目がちに優しく答えた。


「君がどれをつけても美しいよ。俺にとって君は完璧だから、飾りなんて必要ない!」


天宮雪奈は微笑み、頬を赤らめて言った。


「もう、そんなこと言わないで。みんな聞いてるよ!」


飾りなんて必要ない、その言葉の意味がはっきりとわかった。


一線を越えた後、真司は天宮雪奈の方が私よりいいと感じている!

彼が優しく、真剣に天宮雪奈の指輪を選ぶ姿を見つめ、胸が締めつけられた。


私は自分の手を見つめた。


結婚して何年経っても、一度も私に結婚指輪を買ってくれなかった。

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