真司の肩がわずかに震えたのがはっきり見えたけど、何も言わなかった。
でも、分かっていた。
彼の心に疑念の種を確かにまいた。
真司の中で、天宮雪奈は一番ピュアで優しい存在、この姉である私を心から愛している。
もし彼女が前から、私の居場所を知っていたのなら、とっくに迎えに行って世話をしていた!
窓の外で、男が天宮雪奈を慎重に車に乗せると、すぐに車で離れた。
天宮雪奈が焦ったように彼に何か話しているのが見えた。
きっと弁解しているんだろう。
男は変わらず優しい顔で、最後には彼女をなだめるように額にキスした。
この瞬間、私は胸がズキズキと疼くのを感じた。何かが砕けたような音を聞こえてるのに、傷口は見えない。
吐きそうなくらい胸が詰まった!
私は黙って立ち上がり、台所へ行き、氷水で腕を冷やし、やけど用の薬を探して自分で塗った。
これまで、真司は天宮雪奈に騙されているだけだと思い込んでいた。心の底ではまだ私を愛していると。
今は、そう思う勇気すらない。
夜になり、高熱が下がらず、腕の傷が悪化した。
起き上がって解熱剤を二回も飲んだけど、夜が明けてもまだ四十度近い熱があった。
病院に行かざるを得ない。気力を振り絞ってタクシーで病院へ向かった。
医師の診察を受け、点滴を打ってもらったのはそれから二時間後だった。
耐えきれず、座ったまま眠りに落ちた。目を覚ますと熱はようやく下がっていたが、それでも三十七度を下回らない。
三日連続点滴を打ち続けて、ようやく良くなって、どうにか熱は下がった。
看護師が点滴の針を抜いたばかりの時だった。ふと顔を上げると、凛音と彼女の彼氏が目の前にいた。
彼らは私の話をしていた。
「何が親友だ?一ヶ月も世話してやったのに、君が病気になっても、一度顔を出したきり消えたじゃねえか。まったく、用がなかったら使い捨てか」
「もう、雪乃も最近忙しいかもしれないから、あまり責めないでよ!」
凛音が私をかばっているところで、顔を上げて私を見つけた。
彼女の顔がぱっと明るくなった。
「雪乃!来てくれたんだ!」
凛音の彼氏は気まずそうな表情を浮かべた。
私が微笑みかけたところで、看護師が書類を持ってきた。
「もう四日連続で点滴してますね。明日から薬が切れます。」
凛音の笑みが固まった。
「雪乃……どうしたの?病気なの?」
私は首を振った。
「大丈夫、ちょっとしたケガだから」
長袖を着ていたので、彼女には腕の怪我は見えなかった。
凛音の彼氏の目つきが冷たくなった。
「お前を訪ねる暇なんてなかったわけじゃねえんだな。毎日同じ病院で点滴してやがったんだぞ!」
車椅子に座った凛音が私をじっと見つめた。
「雪乃……本当に大丈夫なの?」
私の顔色が悪いのに気づいたのだろう。彼女の目には非難の色はなく、ただ心配しているだけが見えた。
私は一生懸命涙をこらえようとした。
「凛音……これからは、もう連絡しないで」
凛音の眉が二度もひそめた。それは彼女が悲しんでいる証拠だと知っている。
これ以上は一言も言わず、書類を握りしめ、歩き出した。
凛音のそばを通る時、彼女が私の手を掴んだ。振り返らなかった。抱きついて泣きじゃくりそうになるのが怖かった。
「本当に……一度も、私を……友達だと思ったことはなかったの?」
彼女の声に込められた悲しみを、私は感じ取った。
こっそりと深く息を吸い込んだ。
「そうよ!」
「どうして?私は一度もあなたを傷つけるようなことはしていないよ!」
彼女は私の手を強く握りしめ、目に涙を浮かべて私を見つめた。
「だって……昔から……大嫌いだった!」
そう言い終えると、全身の力を振り絞って彼女の手を振りほどき、足早に去り、二度と振り返らなかった。
この言葉を話した瞬間、凛音が涙に濡れた顔を見ることはなかった。
「ふさわしくないのはあんたの方よ!何様のつもり?本気でお金持ちの奥様気取ってるつもり?見てらんないわよ、負け犬じゃないの!出産後ですら他人の家に住むなんて、恩知らずのやつめ!」
背後から、凛音の彼氏の罵声が、はっきりと私の耳に届いた。
怒りはしなかった。むしろ、もっと酷く罵ってほしいと願った。
そうすれば、血だらけの心の痛みも、少しは和らぐだろうか?
西へ沈む夕日、オレンジ色の夕焼けがこんなにも美しい。
その光が私の顔に差し込んでいるのに、骨の髄まで凍りつくような寒さを感じた。
頬を伝う涙は、どうやっても拭ききれない。ならば、いっそう自由に流れさせるままにした。
凛音、私は一生あなたを覚えて、感謝する!
私はしばらく連絡しなかったけど、天宮雪奈は我慢できなくなったようだ。
彼女の方から私を訪ねてきた。
今度は彼女一人で来て、もはや演技もしていない。
「息子に会いたいんでしょ?会わせてあげるわ」
彼女がそんな好意を持っているわけがない。
「条件は?」
彼女は笑った。
「離婚届けにサインすることを承諾してくれれば、会わせてあげる!」
私は首を振った。
「私が欲しいのは、ただ会うだけではない。息子の監護権が条件、蒼汰は私が連れて行く!」
天宮雪奈は冷たく笑った。
「それに関しては蒼汰に会ってから言えば?多分、考えが変わるかもしれないわよ」
息子に早く会いたい気持ちでいっぱいだった。ようやく承諾してくれたから、このチャンスを逃せない。
三十分後、私は都心離れの一軒家の前に着いた。
天宮雪奈は誇らしげな眼差しで私に言った。
「ここが私と真司の家よ!」
確かに豪華だった。今自分が住んでいる所の倍以上はあるだろう。
蒼汰はここに住んでいるのか?
そう思うと、息子はきっと良い生活を送っているのだろうと、長い間ずっと心配したが、少しほっとするごとができた。
しかし、次に目にした光景は、私を完全に崩壊させた。
天宮雪奈は私を別荘の中へ案内せず、地下室へと連れて行った。
地下三階。薄暗くじめじめした空間が鉄柵で囲まれ、檻のようになっていた。
そして、私の愛しい息子が、その檻の中に縛られ。首と手足は鎖で繋がれている。
血まみれで、髪はぼさぼさ、服はぼろぼろ。
この光景を見た瞬間、私は気が狂った。
狂ったように檻に体当たりしながら、息子の名前を呼んだ。胸が張り裂けそうだった。
「お姉ちゃん、無駄よ、これは上質の鉄で出来てるから」
天宮雪奈は笑いながら悪魔のような言葉を口にした。
私は狂ったように彼女に飛びかかり、彼女の髪を掴んだ。側にいたボディーガードも私を止める間もなかった。
全身の力で彼女の髪を引っ張った。ボディーガードが拳や平手で私を殴りつけても、死に物狂いで手を離さなかった。
「息子を放せ!息子を放せ!」
自分の叫び声で耳がキーンとなった。天宮雪奈の悲鳴はまるで犬の遠吠えのようで、一言も理解できなかった。
最後、ボディーガードたちが檻の中に入り、手にした鞭で蒼汰を何度も何度も打ち据えた。
私はやがて手を離した!
天宮雪奈が私の髪を掴み、何度も激しく平手打ちした。
「このゲス女!」
私はまったく痛みを感じなかった。振りほどくことも、やり返すこともできず、ただ鞭打たれて地面を転げ回る息子を必死に見つめていた。
「お願い、もうやめて……息子を放して……」
私は彼女に懇願した。
天宮雪奈は髪を整え、高慢な目つきで私を見た。
「だったら、跪いてお願いしなさい!」
私は跪いた。子供のためなら命さえ惜しくない。跪いたところで、なんともない!
天宮雪奈は私を見下ろし、目に勝利の笑みを浮かべた。
「天宮雪乃、今の自分が何に見えるか分かる?」
彼女は高らかに笑った。
「虫けらみたいだわ!」
私はうなずいた。
「そう、私は虫けら。どうか息子を放して」
天宮雪奈は鼻で笑った。
「やめなさい!」
ボディーガードが手を止めた。私は地面に丸まる小さな息子を見て、死ぬほどの苦しみを覚えた。
蒼汰もその時、顔を上げて私を見た。
泣くだろうと思っていたが、そうではなかった。蒼汰は私に向かって微笑んだ。