真司は普段から冷たい人間で、私とまともな会話すらほとんどしない。
だが、夜になると彼は別人のように欲が強い。
彼は私をベッドに引きずり込むことに異常な執着を見せ、早く帰宅すれば必ずそうした。
昔は、ひそかかに喜んでいた。これも彼からの愛の証だと。
だから、私はいつも必死で彼を喜ばせようと頑張って、飽きられないように気を配っていた。
だが今日、彼の唇に触れた瞬間、吐き気しかいない。
「真司!」
天宮雪奈の震える声に、ようやく真司は私を解放した。
その時、私は服が乱れ、髪もぐしゃぐしゃだった。
彼のワイシャツは床に投げ捨てられ、ベルトも外した。
この淫らな雰囲気に、天宮雪奈は衝撃を受け、数歩後ずさりしてようやく体勢を保った。
「お邪魔したようね……先に失礼します!」
彼女は目に涙を浮かび、可憐に背を向き離れた。
これは彼女の得意な芝居だ。案の定、真司はそれに引っかかった。
ワイシャツを掴んで追いかけ、天宮雪奈の腕を掴んで「雪奈、君が思ってるようなことじゃない。誤解するな!」と言った。
天宮雪奈が顔を上げるて問い詰めた。
「なら、どういうことなの?」
「こいつが誘惑したんだ……」
真司はそう言った。
ほら、男ってどれだけ卑劣なんだろう。自分から押しかけてきて、レイプをしかけておいて、私が誘惑しただと?
思わず笑い声が漏れた。服を整えソファに座り込んだ。
「氷室真司、ここまであなたを誘惑できたなんて、私も結構やるでしょう?」
真司が冷たい視線で警告した。
天宮雪奈は私を向き、無垢なふりをした。
「お姉ちゃん、今日は機嫌が悪いのね。責めたりしないわ」
そして真司の方へ見た。
「真司、行きましょう。蒼汰がまだ家で待ってよ!」
人の心を抉るのは彼女のお家芸、特に私の心を。蒼汰の名を聞き、またしても心が痛んだ。
真司は天宮雪奈を連れて私の家を後にした。
いや、もうここは私の家ではない。
その瞬間、この別荘を売ると決意した。
翌日、銀行で二千万円の小切手を現金化し、不動産屋に売却を依頼した。
引っ越しのところは探さず、直接ホテルに移り、その後探偵事務所を訪ねた。
報酬を決め、天宮雪奈の写真を手渡すと「彼女に関係する男全員を調べて。あと、診療記録も全てだ」と依頼した。
三年前、彼女の妊娠を疑った。認めはしなかったが、半年以上も姿を消し、私の前に現れなかった。
真司が知ったらどうなるか、聖女のように扱ったが、実際他の男と肉体関係があったら、また彼女を宝物のように扱うだろう。
天宮雪奈に復讐する!
金の力は絶大だ。一週間後、情報が舞い込んだ。
彼女には確かに男がいた、妊娠診断書もある。
これを知った時、私は興奮で震えた。
娘の仇を討つ日も近いと思った矢先、凛音に異変が起きた。
彼女は失踪した。
凛音の彼氏を訪ねると、冷たい口調で「とっくに別れた」と答えた。
たくさんお金を使って、三日間探し続けたが、手がかりは全然ない。
夜、手段が尽き、真司を頼ることにした。
今回はあっさり面会が叶った。
「凛音が失踪したのはあなたの仕業なの?」
私は単刀直入に聞いた。
彼の目には怒りと独占欲が渦巻いていた。
「行方不明?」
「あなたの仕業でしょ?」
声は怒りで震えた。
真司は鼻で笑った
「あいつにそんな価値はない」
「本当に違うの?じゃあ誰が?」
と食い下がる私に、彼の視線が肌を刺す。
「探してやってもいい。頼んでみろ」
高見の見物で跪くのを待つ彼に、今は頼るしかなかった。
「凛音を探してください……お願いします」
プライドを捨て、声も優しくした。
彼は嘲るように笑った。
「雪乃、頼み方ってものがあるだろう?」
拳を握りしめ問いした。
「ならどうしたいの?土下座すればいいの?」
彼がうなずけば、私は跪いただろう。
「お前が欲しい」
彼は真剣な表情でゆっくりと言った。
「真司、記憶喪失かしら?私たちもう離婚したわよ?」
ケツを蹴飛ばしてやりたい衝動に駆られた。
彼は依然として高慢な態度だった。
「誤解するな。ベッドの上でのことだ」
真司自身も、なぜこんな自分になったのか理解していなかった。
南岡市で絶大な権力を持つ彼に、調べだせないことなんてない、どうしてその浮気相手の正体だけは掴めないのか?
さらにコントロールできなかったのは、離婚届を提出して以来、彼女への欲望が爆発的に大きくなった。
天宮雪奈と一夜をともにした時でさえ、脳では常に彼女の姿が浮かんでいた。
「氷室真司、あなた正気なの!?」
私の倫理観に大きな衝突を与えた。あの時、彼がこんな男だと知っていたら、決して愛したりしなかった。
「俺だって狂いそうだ!」
突然彼は感情を爆発させ、机上の物を全て床に叩きつけた。
私は冷ややかに見ていた。彼は一体何をしたいか、私には理解できなかった。
荒い息をした彼を見つめ、私はゆっくり近づいた。
「約束する。凛音を探してくれたら、貴方の望み通りにする」
そう言い残し離れた。
凛音より大切なものなどない。
真司なら必ず見つけ出せると信じていた。
最悪の結果、吐き気がする男とやるだけ。
だが、私は甘かった。
ホテルに戻るなり、天宮雪奈から着信があった。
迷ったが、出た。
「離して!離して……!」
凛音の声だ、続いて天宮雪奈の声が響いた。
「お姉ちゃん、大事な親友を見つけてあげたわ。お礼は?」
心臓の音が乱れた、やはり彼女の仕業だった。
「凛音はどこにいる!?」
彼女の声は悪魔の囁きのようだった。
「黒巣山の頂上に来なさい。ここで待ってるわ」
そう言うと電話は切れた。
黒巣山の頂上、かつて私たちが秘密のアジトした場所。高い山、深い海、静かな森。
頂上の海を見下ろす木の小屋は昔と変わらずそこにいたが、私たちの関係はすでに変わった。
天宮雪奈は私を見つめ、強い嫉妬と憎悪に満ちていた顔をした。
「凛音はどこ?」
と問い詰めると、天宮雪奈は無言でスマホを見せた。
囚人服を着た凛音が、複数の囚人に囲まれ暴行を受けている。
私は狂ったように天宮雪奈の襟を掴んだ。
「何てことを!一体何をしたの!?」
「手を放しなさい、さもないと、あの娘を始末させるわよ!」
冷たい宣告に、私は手を離した。凛音がこの数日で何を経験したか、想像するだけで恐怖が走った。
「彼女の会社は最近、天宮グループと共同プロジェクトを進めているの。賄賂を受け取った上に、二重契約で脱税。懲役十年以上は確実だそうよ~」
天宮雪奈は見下すように言い放った。
「貴方が陥れたのね!」
凛音は真面目に商売し、小さな会社を経営している。彼女の人柄をよく知っている私は、彼女がそんなことをするはずがないと確信していた。
天宮雪奈は笑った。
「もちろん。それに、彼女が素晴らしい彼氏と付き合ったおかげだわ」
昨日会ったあの男を思い出す。彼の乗る高級車、身につけるブランド品の数々――全て凛音を売って得た報酬だった。
最低な野郎だ。
「どうすれば凛音を解放する?」
震える声で問うと、天宮雪奈は逆に私の頬を平手打ちし、怒りに目を歪ませた。
「私のことを調査したのは、君だな?」
彼女は知っていた。
拳を固く握りしめ、やり返す衝動を必死で抑えた。
彼女は私の髪を掴んだ。
「真司に告げ口するつもりだったわね?私に子供がいたって?ははは……教えてあげる。私には四歳の娘がいるの。真司も会っていたわ。孤児を保護してるって嘘で、今まさに養子縁組の手続き中よ~」
私は歯を食いしばり言い返した。
「真実はいつか必ず明るみになる!」
「お前さえ死ねば、彼は永遠に知らない。それと……」
彼女は腹をさすった。
「今ここに彼の子を宿しているの。彼は愛してやまないわ、疑うわけがない!」
歪んだ顔を見つめながら、私の心は闇へ沈んでいく。
彼女は今日、私を殺す気だ。
「親友を助けたいんでしょ?なら命で代償を払いなさい。ここから飛び降りれば、あの娘を解放してあげる。さもなければ……満期まで確実に始末するわ」
彼女は崖の方へ私を押した。
「君のために尽くした親友なんだから、身を投げ出しても救うよね~」