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第23話 姫を助ける王子

雪奈は真司が部屋に入ってきた瞬間、驚いた表情を見せたが、すぐに優しい声に切り替えた。


「あなた、どうして戻ってきたの?もう会社に行ったと思ってたのに。」


「着替えに戻っただけだ。」


真司はそのままクローゼットへ向かった。


シャツを脱ぐと、腕に鋭い痛みが走った。昨夜は遅くまで起きていたせいで、やけどの手当をすっかり忘れていた。

今になって気付けば、水ぶくれがいくつも破れていて、シャツに張り付いている。


ようやく雪奈は二人の子どもを車に乗せ、急いでクローゼットにやってきた。


中に入ると、目の前の光景に驚きながら近づいた。


「真司、その腕どうしたの?」


「やけどしただけ、大したことない。」


真司は平然と答えた。


「これで大したことないって言えるの?病院に行ったほうがいいわ!」


雪奈は心配そうな表情を浮かべた。


「午前中に会議があるから、自分で処置するよ」


雪奈は慌てて救急箱を取りに行った。


真司はソファに座って待ち、雪奈が救急箱を持ってきて、かがんで傷の手当を始め、消毒しながら尋ねる。


「昨日の夜、どうして帰ってこなかったの?ずっと待ってたのに。」


真司が本家に泊まることは滅多にないから、彼女は当然帰ってくるものだと思っていた。


まさか、一晩中帰らなかったとは思いもよらなかった。


「対局が遅くなって少し食事してたら、そのまま。」


雪奈は顔を上げて彼を見た。


「お義父さんと一緒だったの?でも夜は食事しないんじゃなかった?」


真司は一瞬固まったけど、変りのない表情で答えた。


「夜更かしすると誰でもお腹が空くだろう?それで少し食べた。」


雪奈は疑う様子もなかったが、真司は少し居心地が悪かった。自分が嘘をついていることに気づいた。


「じゃあ、そのやけどは…まさか自分で料理したの?」


「ああ、使用人も寝てたから、ちょっと麺を茹でただけ。」


雪奈は一瞬、言葉に詰まった。心の中がざわつく。


「相沢汐里も一緒だったの?」


人の目が届かない場所で、彼女は「お姉ちゃん」と呼べない。


「ああ。」


雪奈は眉をひそめた。夫が他の女性に料理を作ってあげていることを想像すると胸がもやもやする。


気持ちが乱れたせいか、手元が狂い、ピンセットが傷口に触れてしまい、真司が思わず声を漏らした。


「ごめん、真司、痛かったよね……」


雪奈はすぐに謝り、傷口に息を吹きかけた。


真司の視線は雪奈の手に落とし、彼女の手のひらには深いしわがあり、少し乾燥している。


ふと、脳裏にきれいで白い指先が思い浮かぶ。その手が黒石を持つたびに、まるで水を絞れるような瑞々しい。


「真司?」


雪奈の声が彼を現実に引き戻した。


「終わったわよ」


真司はようやく立ち上がった。


「じゃあ、これから会社に行く」


雪奈はその背中を見つめ、他の事を考えていた真司の様子を思い出し、駆け寄り後ろからぎゅっと抱きしめた。


「どうした?」


真司は足を止めた。


「真司、愛してるよ~あなたも私のこと、愛してるよね?」


真司は困ったように微笑んだ。


「もちろん、愛してるさ。」


「じゃあキスして。」


雪奈は前に回り込み、真司は腕時計を見た。


「やめろ、遅刻する。」


「ちょっとだけでいいから!」


さらに甘い声で頼みを言う雪奈に、真司は眉を寄せた。


「もう子どもじゃないだろう?」


「でも、真司はそんな無邪気なところが好きでしょ?」


真司は仕方なく、彼女にキスをした。


本当は軽く済ませるつもりだったが、雪奈はその隙に彼の首に腕を回し、ディープキスを仕掛けた。


彼女は彼の口をこじ開けようとするが、真司は眉をよせ、応じずに彼女を押しのけた。


「何してるんだ?」


雪奈は可哀想なふりして、うるんだ瞳で彼を見上げる。


「あなた、私に飽きちゃったの?」


真司は息を深く吸い。


「朝から会議があるって言っただろ。」


「怒らないで。私はただ…真司に嫌われたくないの!最近、私に興味ないみたいで……」


雪奈は彼の手を掴んだ。


「そんなことないだろう。ただ、プレッシャーが大きいだけだ。」


真司は彼女の手を握り返した。


「前回言った医者の件、週末に予定入れておいたから、空けておいてね。」


「わかった。」


真司はうなずき、雪奈は彼のブリーフケースを手渡し、玄関まで見送る。


玄関で、真司はいつものように彼女の額にキスをし、少し荒れた手をやさしく握った。


「暇があったら美容院でも行ってきて。家にこもってばかりじゃなくて、たまには自分のために時間を使え。」


雪奈は嬉しそうにうなずいた。真司は初めてこんなことを気にかけてくれた。


「うん、わかった。」





再び氷室真司と会ったのは、賭け碁のチャンピョンでのことだった。


偶然にも、前に犬の鳴き声を真似させた男にも再会した。


周りの人は彼を「小林」と呼んでいて、サウナのオーナーらしい。確かに見た目もそんな雰囲気がする。


私は相変わらず連戦連勝、たくさんのお金を勝ち取った。


でも、小林は私を帰そうとしなかった。


「お嬢ちゃん、お金が必要なんだろ?よし、大勝負しようか。俺は三十万円賭けよう。お前はコールしなくていい。」


私は顔を上げて彼を見つめ、彼はにやりと笑う。


「もしお前が負けたら、帽子とマスクを外せ!」


つまり、私の素顔を見たいということだね。


「急いでいるので、もう帰ります。」


私は断ったけど、彼は私を引き止めた。


「三十万円で顔を見せるだけだ。お前にとっても割のいい話だろう?」


「でも興味がない。まさか、無理やりするつもり?」


彼は嘲笑った。


「調子に乗るなよ。お前はここをどこだと思ってる?小娘からって大目に見てきたが、顔も見せないのはさすがに失礼だろ!?」


「勝ったのは私の腕前、顔を見せないのは私の自由。これ以上邪魔するなら、警察呼ぶわよ。」


警察で脅し、小林は突然キレた。


「小娘、そんなことで警察が動くかよ。だったら、お前が警察沙汰になる理由を作ってやる。こいつを捕まえろ!」


背後のボディーガード数人が私に手を出そうとした。


「そこまでだ!」


ある男の声が外から響いた。


人々が道をあけると、氷室真司が中に入ってきた。


岡江市では彼を知らない者はいないほど、氷室真司は特別な存在。


彼は立ち止まり、私に目をやった後、小林を鋭く睨んだ。


小林も多少は金持ちだが、氷室真司には到底かなわない。


彼はへつらうように笑った。


「氷室社長、どうしてこちらに?」


「小林、大の男が女をいじめてるのか?」


氷室真司は冷ややかに言った。


「それは全部この女のせいです!この女ここでお金を勝ち取っていったが、それでも皆文句は言わなかった。でも、毎回顔も見せないのは、さすがにどうかと……」


小林はすぐに言い訳し、真司は軽く眉を上げた。


「勝負は勝負、負けたなら潔く認めろ、顔を見せるかどうかも本人の自由だ。無理にでもやろうとしたら犯罪だぞ!」


小林の表情が変わった。


「つまり、彼女は氷室社長の……?」


氷室真司は私の方へ視線を移し、私は怯えている小動物のような目で彼を見つめていた。


彼はうなずいた。


「そうだ、彼女は俺のものだ。」


「本当に申し訳ありません。最初からそうだと知っていれば、こんなことはしませんでした。」


小林は歯ぎしりしながら謝った。


「俺が悪かった!申し訳ございません。」


「あ、大丈夫です…」


私は小さな声で返事し、見た目にはまだ怯えているように振る舞った。


ヒーローが姫を救う本当の意味とは――男のプライドを満たし、女のか弱さを印象づけるもの。


今回の芝居は完璧だった。


「行くぞ」


氷室真司は私を見て、私は彼について店を出た。


外に出て立ち止まり、彼に礼を言った。


「氷室社長、ありがとうございます。」


彼はじっと私を見つめながら尋ねた。


「まだ認めないつもりか?」


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