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第26話 真司の悲しみ

氷室真司、あなたは自分の息子を思い出したよね?


自分の手で実の子を死なせて、今も眠れない夜を過ごしているのでしょ?


だから、知らない子供を助けることで、少しでもその罪悪感を減らしたいよね?


この、人殺しが!


心の中で何度も罵りながらも、私は結局彼の頼みを受け入れた。


もし、そうちゃんの最後の願いを叶えられるのなら、私は耐えてみせる。


氷室真司は私たちと一緒に保護施設まで付き添い、そうちゃんも自分のベッドに戻れた。そうちゃんはとても嬉しそうで、酸素マスクも外して、私たちと少しだけ話をしてくれた。


でも、私は分かっていた。これは一時的な元気に過ぎない。


蒼汰が亡くなる直前も同じだった。


涙で視界がぼやける中、私はそうちゃんがまるでうちの蒼汰のように感じていた。


「おかゆ、食べたい……」


そうちゃんが突然頼んだ。


私は涙をこらえてうなずいた。


「分かった、私が作ってあげる!」


キッチンに向かい、震える手でお米を取ろうとした時、突然手首を誰かに掴まれた。


いつの間にか氷室真司が後ろにいて、私の手からお米の計量カップを取った。


「俺がやるよ」


「自分で作りたいの」


私は意地になって言い返した。


彼は私をじっと見つめた。


「君は一度も料理なんかしたことないだろう」


「だったら見てて。間違えたら教えて。おかゆぐらい、簡単でしょ?」


私は涙を拭いながら言った。


「簡単だ」


氷室真司はうなずき、手を離してくれた。


本当はおかゆを作るくらい、できないわけがなかった。


蒼汰が好きだった料理は全部完璧に作れる。


でも、氷室真司の目には、私は何もできないお嬢様に映っていたから、余計に私が特別に見えていたのだろう。


本人まで気づいていない内に、彼の私を見る目も少しずつ変わってきていた。


この数日、彼が私の資産状況を調べていたり、誰かにつけられていることも分かっていた。


でも、今日だけは本当に何も準備していなかった。


だからこそ、この出会いが彼にとって一番リアルに映ったのかもしれない。


彼は一歩一歩丁寧にお米の量や水の加減を教えてくれて、私はその通りに動く。


そうちゃんの資料を見た時、私は心がズタズタになった。


彼の過去は、私の息子とあまりにも似ていて、あまりにも不憫だった。


すぐに寄付をして、腎臓を提供できる方も必死に探した。どうか元気になってほしいと願っていた。

でも、結局移植しても助けられなかった。


おかゆが炊き上がり、火を止めて、おわんを手に取る。


「いい匂い!」


そうちゃんの嬉しそうな声が耳元に響いた。


昔、蒼汰が家に帰ってきた時もおかゆを作ってあげた、でも彼は一口も食べられなかった。


涙で目の前がぼやけて、おたまですくったおかゆを手にこぼしてしまった。


「危ない!」


誰かに手首を掴まれ、驚いた瞬間、おかゆが氷室真司の手にこぼれてしまった。


彼は小さく声を上げて、すぐに水で冷やした。


「真司さんごめんなさい、大丈夫ですか?」


「平気だ、早く子どもに持っていってあげて」


氷室真司はこの子の名前すら口にするのが怖かった。


「うん。手、もう少し冷やしてね」


彼は静かにうなずいた。


「行ってあげて」


私を見る目は驚くほど優しく、責める気配は微塵もなかった。


残りのおかゆをおわんによそい、私はキッチンを後にした。


振り返った瞬間、私は氷のように冷たい目つきになった。


氷室真司、あなたが私につけた傷はこれだけじゃまだ足りない、少しづつ返してやる。


本当はみんな分かっていた。そうちゃんはもう食べ物を消化できない状態で、もう何も食べられない。


私はおかゆを冷ましてから少しずつ口に運んだが、そうちゃんは三口だけ食べて、あとは飲み込めなかった。





午後になると、再び昏睡状態に陥った。


何人もの医者が中で必死に処置をしている間、私は外で泣き崩れた。

体が震えて、まるでまた蒼汰を失うような感覚だった。


その時、不意に誰かに抱きしめられた。


氷室真司が私を抱きしめていた。振りほどこうとしたが、彼は腕を強く回す。


「余計なこと考えずに、今は友達と思って、俺の肩を借りてあげる」


どうしても離してくれず、私は怒りでいっぱいに彼の胸に拳を打ちつけながら泣いた。


「どうして助けてくれないの……彼はまだこんなに小さいのに……」

「氷室真司、どうして助けてくれないの!」

「あなたが憎い!」


最後は涙で力尽きて、そのまま彼の腕にすがるしかなかった。


氷室真司は何も言わず、ただ私を強く抱きしめてくれた。


しばらくして医者が出てきて、首を振った。


私は目を閉じて、心が引き裂かれるような思いだった。


そうちゃんも、結局は運命には逆らえなかった。


その瞬間、氷室真司の胸にも鋭い痛みが走った。


彼は呆然と立ち尽くし、まるで心臓をえぐられるような苦しみだった。


日の出を一緒に見に行こうと約束したのに。どうして、もう少しだけ待てなかった?


ほんの少し前に出会ったばかりの男の子に、こんなにも心が痛むなんて。


私は全力で彼を突き飛ばした。


もう気持ちを抑えきれなかった。涙で顔をぐちゃぐちゃにして彼を見つめながら叫んだ。


「氷室真司、どうしてもっと早く来てくれなかったの?もっと早く来てくれていたら、蒼汰だって死なないで済んだのに……」


氷室真司も私が泣き崩れるのを見て、目に涙を流した。


高城さんが私を抱きしめ、同僚たちと一緒に別室へと連れて行ってくれた。


「相沢さん、氷室社長を責めないでください。彼は今日初めて知ったんですよ……社長にそんなふうに当たるのは可哀想です……」


みんなは私がなぜ突然取り乱したのか分かっていなかった。


自分でしか知らない、どれだけ彼を憎んでいるかを!

自分の子を見殺しにしたこと。

私の息子を死なせたこと。


そうちゃんが亡くなった。

この二年間ずっと気にかけてきたのに、会えたのはたった二度だった男の子。


誰も、私がどれだけ彼に生きてほしいと願っていたか知らない。


気持ちが落ち着いたのは二時間ほど経ってからだった。


部屋を出ると氷室真司が入口に立っていた。


高城さんが心配して駆け寄ってきた。


「相沢さん、そうちゃんのお葬式の準備は全部、氷室社長がしてくれました」


私は氷室真司のそばに行き、小さな声で謝った。


「真司さん、さっきは……ごめんなさい、取り乱してしまって」


彼は私をしばらく見つめた。


「もう大丈夫だな?少し外に行こう」


その口調は意見を求めるものではなく、強引な命令だった。


それが彼の性格。


私は何も言わなかったけど、彼は自然に私の肩を抱き外へ連れ出し、残されたのは呆然と私たちを見送る高城さん。


彼は車で私を海辺まで連れて行った。


潮風に髪がなびき、顔の涙もすっかり乾いた。


私たちは並んで長い間歩き、誰も口を開かなかった。


やがて、彼が静かに話し始める。


「君がそこまで悲しむなんて、思わなかった」


彼が私の強い反応を疑うだろうと想定していた。


確かに、そうちゃんと私は血のつながりもなく、かなり親しい関係でももなかった。


私は足を止めて海に向き合い、夕陽が顔を赤く照らして私の顔を包んで、私の表情は優しそうに見えていた。


「彼と会ったのは二度だけ。でも二年以上も手紙をやりとりして、一千一羽の折り鶴を折ってくれた。私は願い事の機会を彼に譲ったの。あの子は何を書いたと思う?」


氷室真司は軽い声で答えた。


「早く元気になりますように、かな」


私は首を振り、涙でにじんだは嬉しさや哀しみがに満ちた。


「汐里さんが、ずっと幸せでいられますように」


彼の命だって、私の幸せよりずっと大切だったのに。


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