雪奈は真司に突然質問されて思わず戸惑った。
「え?どうして急にそんなこと聞くの?」
真司は静かな声で答えた。
「来月、蒼汰の誕生日だろう?何か好きなものをプレゼントしてあげたいんだ。」
雪奈は微笑んだ。
「蒼汰はいい子だから、真司が何をあげてもきっと喜ぶわ。」
「彼、何が好きなんだ?」
真司はさらに尋ねた。
雪奈は真司のコートを腕にかけながら手をぎゅっと握りしめた。
実際、彼女はそ雑種の好みなんてまったく知らない、興味を持つはずがない!
真司は疑いながら彼女を見つめた。
「知らないのか?」
「そんなことないわよ。」
雪奈は、真司は普段忙しくて子どもの好みなんて気にしたこともないと思い適当に答えた。
「蒼汰はお肉が好きで、野菜はあまり食べたがらないの。いちごとかマンゴーも好きで……」
「本当に?お肉が好きで、野菜は苦手なのか?」
真司はじっと彼女を見つめる。
雪奈は内心焦ったが、もう引き返せないからそのまま押し通した。
「そうよ、子どもなんてみんなそうじゃない?でも、お姉ちゃんがいるときは好き嫌いを許していないから、嫌いでもちゃんと食べさせてるわ。」
真司は黙ったままだった。
確かに、ここ何年も父親らしいことはしていないし、息子の好みも特に気にしたことはなかった。
けれど仕事から帰ると雪乃はいつも息子のことを細かく話してくれていた。
彼女の話では、蒼汰は他の子どもと違って、野菜や果物が好きでお肉にはあまり興味がないと言っていた気がする。
これは雪奈の話と食い違っている。自分の記憶違いか、それとも雪乃が自分に気を使ってそう言ったのか、あるいは彼にもっと息子を好きになってほしかったのかもしれない。
「真司、ご飯食べた?お手伝いさんに残してもらってあるわよ。」
雪奈は急いで話題を切り替える。
「食べてきた。子どもたちはもう寝たのか?」
雪奈はほっとして、「ええ、もう寝たわ。」と答えた。
「ちょっとシャワー浴びてくる。」
真司は寝室へ向かい、雪奈も後を追った。
しばらくして、真司が脱いだ服を洗濯室に持っていき、ポケットの中まで丁寧に確認した。
二人でよく行ったレストランのレシートが出てきて、微かに魚介の匂いがした。
「え?魚介を食べたの?」
でも、そんなはずはない。彼女が魚介類を食べないから、真司もここ数年食べていなかったはず。
真司がシャワーから出てくると、雪奈はすでにセクシーなナイトウェアに着替えていた。
「真司、今日も疲れてるでしょう?早く寝よう。」
この数年、真司に少しでも興味を持ってもらうために、家のナイトウェアはどれも大胆で色っぽいものばかりにしていた。
コスプレ衣装もクローゼットいっぱいに揃えている。
けれど、どれも大した効果はなかった。
それでも諦めずに続けてきた。
真司はセクシーな妻を見ても、まったく気分が乗らなかった。
「まだ仕事が残ってる。」
そう言って書斎に入ろうとした。
「うん、わかった。無理しないでね」
雪奈はまたもや失望したが笑顔で返した。
真司は頷き中へ入った。
雪奈はソファに座り込み、どこか今日の真司は様子が違うと感じたけど、うまく言葉で表せない。
彼女は電話を手に取り佐倉凛音に連絡した。
「凛音さん、今日会社で何かあった?」
「特に何もないよ。氷室社長になにかあった?」
「ううん、ただ疲れてるみたいで。」
「安心して。最近は会社も落ち着いてるし、氷室社長も毎日早く帰ってるよ。まさか…家に帰ってないの?」
「もちろん帰ってるわ。でも、なんだか顔色が良くないの。」
「今日一日忙しくて気付かなかったな、もし心配なら一度病院で検査してみたら?」
「うん、ありがとう。」
電話を切った雪奈は、心がざわついて落ち着かなかった。
最近はいつも帰りが遅かったのに、会社では毎日早く帰ってると言われた。
もしかして愛人ができたの?
そんな考えが頭をよぎり胸がざわめき、どうしても眠れなかった。
書斎
真司は一人で囲碁を打っていた。
いつもなら本を見ながら詰碁の問題を並べて、ゆっくり解いていく。
一日で解けなければ、二日かけてでも。
詰碁を解いている間だけは心が静まり何も考えずにいられた。
でも今日は始めてすぐに心が乱れた。
立ち上がり酒を半分ほど注いで、飲みながら盤面を見つめ。ふと、あの女性が碁を打つ姿が頭の中に浮かんだ。
集中した横顔や白くて繊細な指先。
深く息を吸い込み気持ちを落ち着けようとした。
だが、彼女の澄んだ顔がどんどん鮮明になっていく。
目を閉じて自分の心に問いかける。
彼女のことを考えているのではない。ただもしここに彼女がいたら、この詰碁をどう解くだろうと考えていただけ。
時計を見るともうすぐ十一時。
スマホで詰碁の写真を送ろうと思ったが、彼女の連絡先さえ知らないことに気づき。スマホを置き、もどかしさでいっぱいになった。
書斎を出て寝室のドアを開けると雪奈はまだ起きていた。
ここ数年、真司が一度書斎に入ればそのまま戻ってこないことが多かった。
今日は珍しく戻ってきて雪奈は一気に嬉しくなった。
さっきの不安も吹き飛びきっと自分の考えすぎだったと心の中で呟いた。
帰りが遅いのは、友人とお茶やゴルフをして行ったのか、棋院にでも行っていたのだろう。
彼女は身を寄せて真司の腰に腕を回した。
真司は深く息を吸い雪奈を抱いた。
自分の心が知り合ったばかりの女性に乱されていることを認めたくなかった。
しかも、あの女性はお義父さんの甥の嫁!
絶対にいけない。
久しぶりに抱かれたから、雪奈は嬉しくてたまらなかった。
「ねぇあなた、ニューヨーク行きのチケットもう取ってくれた?」
真司はすっかり忘れていたが適当に答える。
「ああ、取ったよ。」
もし病気が治り、再び妻と体を重ねたら、きっと二人の関係はもっと良くなる。
翌朝
氷室真司は早くに会社へ向かった。
朝会で部下が報告している間、ふと今日はそうちゃんの火葬の日だと思い出し、きっと彼女はとても悲しんでいるだろうと思い。
すぐにその思考を断ち切った。
彼女がどんな気持ちでいようと彼には関係ない。
その後は普段通りに仕事をこなして、早めに退社し帰宅した。
だが夜になるとまた書斎で詰碁に向き合った。
どうしても心が落ち着かなく。結局また途中で書斎を出てしまった。
翌日、会社のプロジェクトで花農園の視察があった。
本当は行くつもりはなかったが、医者に「植物に触れると気持ちが落ち着く」と言われたことを思い出し、一緒に行くと答えた。
車内で佐倉凛音が今日見に行く二つの施設について簡単に説明した。
午前中は一つ目の施設を訪ね、部下たちは皆良い評価していたが真司には特に印象に残らなかった。
昼食後、再び車に乗り込むと、佐倉凛音が次の場所を説明した。
「次は森のグリーンガーデンです。新しくできた会社ですが、とてもユニークなアイデアがあって人気です。場所はさくら谷です。」
氷室真司は目を閉じ何も言わずにいた。
さくら谷に到着するとスタッフがすでに出迎えていた。
だが、会社の責任者は見当たらない。
真司は少し不満そうだったが、せっかく来たので中を見ていくことにした。
花畑の中でスタッフが一人の女性を指差した。
「あちらが私たちの社長です。」
真司は思わず目を見開き、思わず自分の目を疑った。