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第30話 濡れ肌の誘惑

氷室真司は不思議そうな目で私を見つめた。


「送ってくれるの?」


「そうよ、植え方を教えるから、でもこれからの世話は全部自分でやってね。もちろん、秋になって実がなったら、それも全部あなたのものよ」


彼は少し考え込むような表情を見せた。


「面倒だったり、興味がないなら無理にとは言わないわ」


私はスコップを手にして、穴を掘る準備を始めた。


彼はジャケットを芝生の上に置き私からスコップを奪った。


「今日は全部俺がやるよ、相沢社長がくれたナツメの木のお礼だと思って」


土を掘り始めるの彼を見て私は微笑んだ。


「じゃあ、お願いね」


彼は黙々と作業を進めすぐに額に汗がにじんだ。


正直言って、氷室真司はずっと体型をきちんとキープしている。

五年経っても、筋肉はしっかりしているままだ。


今もシャツは汗で肌に張り付き、その引き締まった体がはっきり見える。


当時の私は彼の顔だけでなく、その体つきと――体を管理し続けるあの粘り強さにも惹かれていた。

自分に厳しくできる男はきっと成功する。


実際、私の目に狂いはなかった。

ただ、成功を得た男は他の女に奪われてしまった。


穴が掘り終わり、氷室真司と二人でナツメの苗木を植えた。


土をかぶせ終えたら水やりの番。


私は少し離れたところにあったホースを取りに行ったけど、蛇口の調子が悪くてなかなか水が出ない。


水が出ないまま、氷室真司が私の様子を見て近づいてきた。


「どうした?」


その時急にホースから水が噴き出し、彼はまったく構えずにびしょ濡れになった。


私は慌てて水を止め、ずぶ濡れになった彼の姿を見て思わず笑いながら謝った。


「ごめんなさい、氷室社長、わざとじゃないの!」


彼はじっと私を見て、頷くと私の手からホースを受け取った。


「水やりは俺がやるよ」


私は何も考えず、素直にホースを渡した。


まさか今度は彼がホースの水を私に向けて、いきなり噴射するとは思わなかった。


あっという間に大雨のような水を浴びて、私は叫びながら必死に逃げたが彼は容赦しなかった。


「氷室真司やめて……氷室社長、さっきは本当にわざとじゃなかったのに!」

「真司、ごめんなさい……」


私が半分泣きそうになって訴えるとようやく彼は手を止めた。


全身が汗でびっしょりになり、薄手のワンピースは肌に張り付いていた。そのせいで、体のラインは隠しようもなく、彼の視線にさらされることになった。


とても恥ずかしくて、思わず両手で体を抱きしめ彼をにらんだ。


「ひどい!」


その瞬間氷室真司の胸は激しく高鳴り、抑えようとしても鼓動が止まらなかった。


彼は芝生に置いていたリネンのジャケットを持ってきて、私の肩にそっとかけてくれた。


「ごめん俺のせいだ、風邪ひくかもしれないから家まで送るよ」


私は二本のナツメ苗木を見て断った。


「まだ水やりが終わってないの」


「じゃあ先に戻ってて、俺がやっておくから」


私は首を振った。


「この姿で戻ったらみんな何て考えると思う?」


氷室真司は納得したように頷いた。


「そうだね。なら、そこで待ってて。水やりが終わったら着替えられる場所に行こう」


私は頷き、彼が水やりをするのを見守った。


水やりが終わると彼が私の前に戻ってきた。


「行こうか」





私は少し離れたところにある小屋を指さし、氷室真司はちらりと見た。


「あの小屋は私のだよ。中に着替えとタオルがあるけど、男の服とかはないの」


「大丈夫、君のがあれば十分だ」


この小屋は私が一時的に休むための場所できちんと整えられ、シングルベッドが置かれて花がたくさん飾られている。


中に入ると、氷室真司が周りを見渡した。


「君らしい部屋だね」


「私らしいって、どんな?」


私はタオルを手渡しながら聞いた。


彼はタオルで髪を拭きながら笑って答えた。


「乙女チックな部屋かな」


「つまり、私が年を取っても心は若いって言いたいよね?」


彼は慌てて誤解を解こうとした。


「そんなことないよ。君は若くて綺麗だ」


彼の目は真剣でどこか温かく、本心だと分かった。


「ありがとう、氷室社長」


私はクローゼットから着替えを選んだが、ふと手が止まった。


動きが止まっていたのを気づき、振り返って私の困った顔を見て微笑んだ。


「外で待ってるよ、ゆっくり着替えて」


真司はドアを開けて外に出た。


ドアの外で、ちょうど日差しが彼を柔らかく照らし、そんな中彼の脳裏に浮かぶのは、濡れた服の下に隠れていた女性の姿。


彼は自分でも驚くほど体が熱くなっているのを感じた。


それだけではない。思いもよらぬことに、男としての欲求がはっきりと形を成し始めていた。

太腿の奥がじんと熱くなり……


反応している……?

まさか、こんな状況で……?


その反応は妻ではなく、目の前の別の女性が原因とは。


真司はタバコに火をつけ、初めて喜びと戸惑いが入り混じった恥ずかしい気持ちになった。






「着替えたよ」


着替え終わって、私は外の彼に声をかけた。


氷室真司はタバコを消して、深呼吸してから中に入ってきた。


私は元気一杯に見えるブルーのジャンプスーツに着替えた。


ふわりといい香りが彼の鼻をくすぐる。


氷室真司最初はただの花の香りだと思っていたが、今はそれが花ではなく、もっと甘くて、もっと濃密で……女の肌から滲み出るような匂い。


「どんな香水を使ってるの?」


彼は小さく尋ねた。


「香水使ったことないよ」


私は扇風機をつけながら答えた。


「だけど……君の体からは、どうしても気になる香りがする……」


彼の周りにいる女性はみんな高級な香水をつけて、雪奈もそうだった。


だけど、あのようなきつい香料の匂いは彼の好みではない。


私は髪を乾かしながら。


「たぶん、花や草に囲まれて仕事するのが多いから、その香りが移っちゃったのかも。香水はあまり使わないの、自然な香りのほうが好きだ」


「とてもいい匂いだ」


氷室真司は低い声で呟いた。


「え?」


私の視線を気づくと、彼は思わず笑った。


「君の香りがとても好きだ」


思わず顔赤くなった。


部屋の中に甘くて曖昧な香りが混じって、しばらく静かになった。


私は髪を半分乾かし、先に声をかけた。


「風邪ひくから、シャツも脱いで乾かしたほうがいいよ」


彼は素直にシャツを脱ぎ、私はそれを手に扇風機の前で乾かしてあげた。


上半身裸のままの彼は、強い男のフェロモンが私を包み込む。


私はあまりにも恥ずかしくて彼を直視できなかった。


照れていて、不器用で、どこか初々しくて……まるで恋を知らない女のよう彼の目に映られた。

経験のない未熟な果実のようでありながらすっかり大人の女性……とても魅力的な香り。


私のそんな様子を氷室真司は微笑みながらじっと見つめていた。


彼はふと我に返ると、少し気まずそうに目をそらした。今日の自分はどうもおかしい、何度も平静を保てなくなっている。


「ちょっと外でシャツを干してくる」


彼は喉の渇きを感じ部屋を出た。


私もようやく緊張が解け、深く息をついた。


私は知っている。氷室真司はもう私を見る目が変わってきていることに。


それが嬉しくもあり、同時に嫌になるほど腹立たしくもある。


シャツが乾いたので外に出ると彼のズボンも半分乾いていた。


「帰ろうか」


私がそう言うと、彼は頷き二人で元の道に沿って戻った。


小さな丘を越えるとき、彼は小さな声で私に注意を促した。


「足元、気をつけて」


けれど、手を差し伸べてはこなかった。


今ごろ、彼の心はきっと葛藤しているに違いない。


氷室真司はもともと浮気性な男ではく、私と一緒にいたとき浮気しなかった。


でも、やがて彼は天宮雪奈が仕掛けた罠に少しずつはまり込んでいった。


彼は大きな代償を払ってようやく天宮雪奈と一緒になったのに、また別の女性を好きになった自分をきっと受け入れないでしょう。


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