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第34話 強引なキス

三日後、私は会社の代表として岡江市のビジネスパーティーに出席した。


氷室真司が必ず来るだろうとわかっていた。なぜなら、彼も私が来ることを知っている。


新興企業の代表として、私は早めに会場に到着した。


将人の会社が後ろ盾になっているおかげで、私のまわりもそれなりに賑やかで、多くの人が将人を目当てに名刺交換にやって来た。


そして、岡江市で一番の高額納税者である氷室真司は、最後に登場した。


彼が現れたことで、パーティーはようやく本格的に始まる。


主催者側も彼に最大限の敬意を示し、壇上での挨拶や、政界やビジネス界の重鎮たちと同席する席を用意していた。


もっとも、氷室真司にとってはこの程度の待遇は珍しいことではない。


私は三番テーブルに案内された。

新しい企業なので、まだ市に大きな税収をもたらしていない。


それでも、今日は多くの注目を集めていた。


自分は元々容姿に恵まれ、近年は芸術学習に触れる機会も多く、さらに将人の指導もあって、立ち居振る舞いや話し方には自信があった。


今日招かれている企業の中で、私は最も若い女性社長。

席についている間も、姿勢は優雅で、どんな仕草も洗練されていた。


氷室真司はときどき人ごしにこっちを向いてくるけど、私は一度も目を合わせなかった。


パーティーが最高潮に達した頃、音楽が流れ始め、ダンスフロアにはネオンがきらめき、来場者が次々と踊り始めた。


今日はダンスパーティーではないため、皆わざわざペアを組んで来ているわけではなく、私はもちろん男性陣から次々にダンスに誘われた。


だが、誰とも踊る気がなかった。


何人もの申し出を断ったあと、氷室真司が私の方に歩いてくるのが見えた。


その瞬間、私は隣の男性の誘いを受け入れ。

氷室真司が私の近くまで来た時には、私はすでにダンスフロアの中だった。


彼はフロアの端に立ち、鋭い視線で私の方へ見つめる。


私はパートナーの男性と他愛ない会話をし、ときおり笑顔を見せる。


彼の我慢も、そろそろ限界に近づいているのがわかった。


ずっとそこから私を見つめ、私が踊り終えるのを待っている。


曲が終わったあとも、私は席に戻らず、そのまま化粧室へ向かった。


中に入ると、すぐに誰かが後から入ってきて、ドアをロックした。


氷室真司だ。


彼は険しい表情で私を見つめている。


「氷室社長、ここは男性用じゃないですよね」


彼は私に近づいてきた。


目の下にはクマができていて、ここ数日ろくに眠っていないのが一目でわかった。

近づくにつれて強い酒の匂いがする。こんな場で、彼が酒を飲んでいるなんて。


今の彼は、まるで飢えた狼のようだ。


こんな目つきの彼を見るのは久しぶりだった。

一気に五年前、彼に苦しめられた日々が蘇る。


心臓が激しく高鳴り、忘れかけていた恐怖感が全身を包んだ。私は両手を強く握りしめる。


彼がどう出るのかわからない。

また以前のように暴走するのだろうか?


やがて彼は目の前で立ち止まる。


「なぜ俺を避ける?」


突然問い詰めてくる質問に、私は知らないふりをした。


「避けてなんかいませんよ?どうしてそんなこと言うんですか?」


彼がさらに一歩近づくと、私は後ずさりする。


ついには、彼と洗面台の間に追い込まれた。


彼の瞳が私を射抜くように見つめる。


「契約の時に来ないし、俺が会いに行ってもいない、電話も出ない……いったいどれだけ会ってないと思ってるんだ?」


私は深呼吸し、拳を握りしめて彼を見返した。


「契約の時は氷室社長が忙しかっただけでしょ?あなたが忙しいのはありで、私が忙しいのはダメなんですか?氷室社長、あまりにも身勝手ではないんですか?」


口調は柔らかくても、私の目には強い意志がこもって、さらに続けた。


「それに……私たちの関係って、そんなに頻繁に会う必要ありましたっけ?」


彼は一瞬驚いたような表情をしながら深く息をついた。


「俺たちの間、どういう関係だと思ってる?」


私は彼を真っ直ぐに見つめる。


「ビジネスの面ではパートナー、プライベートでは……氷室社長、あなたは私を“お義姉さん”と呼ぶべ……」


言葉を最後まで言い切る前に、いきなり後頭部を押さえられ、彼の唇が重なってきた。


まさか突然キスされるとは思わなかった。


必死に抵抗したが、背と力はるかに上回る彼には到底敵わない。

どれだけ叩いても彼はびくともせず、私をその腕の中にぎゅっと閉じ込め、さらに脚を絡めてきて、私は完全に動きを封じられてしまった。


最後、思いきり彼の唇を噛んで、ようやく離した。


彼の唇には血が滲み、おかけで目を覚ましたみたい。


「氷室真司、しっかりして。私が誰だかわかってる?」


体が震え、涙が止まなかった。


彼は一歩下がった。


「ご、ごめん、俺が悪かった!」


私は涙を拭いた。


「将人がいないからって、そんなことするの?」


「違う、俺が間違ってたんだ。本当にごめん……」


ひたすら謝り続ける彼。


「出て行って!」


もう顔なんて見たくない。


「今すぐ出る。改めて日を選んで謝りに行くから、怒らないで」


そう言い残しながら、私をちらっと見て部屋を出て行った。


私はその場に崩れ落ち、床に座り込んで泣いた。


この瞬間、どうしようもなく心細くなって、すぐにでもここを離れたかった。


でも、誰に連絡を取ればいいのかわからなかった。


携帯を取り出し、無意識に将人の番号を探したが、掛けようとした瞬間で躊躇した。


結局電話はせずに立ち上り。


鏡を見ると、唇に真っ赤な血がついていた。


急に吐き気し、胃の中のものを全部吐いてしそうだった。


ティッシュで涙を拭き、化粧ポーチを取り出して、丁寧にメイクを直した。


すべてを整えてから、ようやくドアを開ける。


氷室真司がずっと外で待っていた。


私が出てくると、彼はすぐに背筋を伸ばした。


あえて彼を見ないふりして、そのまま会場を離れ、パーティーが終わる前に帰宅した。





シャワーを浴びた後、将人から電話がかかってきた。


深呼吸して電話に出る。


もう感情は落ち着いたつもりだった。

けれど、彼の声を聞いた瞬間、また涙がこぼれてしまった。


「泣いてるのか?」


彼はすぐに気づいた。私は軽く返事をしたが、やはりごまかせなかった。


今日のことがバレて、復讐を止められるのが怖いから、私は急いで話をそらした。


「今日薄着で行って、会場が思ったより寒くて、帰ってから頭が痛くなってた……」


「風邪ひいたんだな。薬は飲んだ?」


「うん、飲んだよ。」


「少し寝たら良くなると思う」


「そう言われると、本当に眠くなってきた。」


私はわざとあくびをした。


「雪乃」


「どうしたの?」


彼がこう呼ぶ度いつも緊張する。


「本当に今日は何もなかったか?」


「何もないよ。何があるっていうの?」


「ならいい、ゆっくり休め。」


電話を切ったあと、私は寝る準備をした。


そのとき、氷室尚人から電話がかかってきた。


「汐里、毎月やってる家族だけの食事会があるんだ。明日は一緒に来てくれるか?」


氷室尚人の頼みを断れず、私は承諾するしかなかった。


まさか、その家族だけの食事会が氷室真司の家で開かれるなんて、まったく予想していなかった。


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