正直なところ、昨夜の出来事の後、もう近いころ氷室真司に会いたくない。
理由をつけて断ろうかと考えていたところだったが……
翌日になって尚人さんがわざわざ迎えに来た。
私は仕方なく車に乗り込むと、尚人さんは嬉しそうに食事会の話を始めた。
「ここ数年、月初めの週末には真司が家で家族だけの食事会を開いているんだ。普段は忙しくてなかなか親孝行できないが、決まり事だから雨でも必ず行う。」
「でも、どうしておじさんの家じゃないんですか?」
尚人さんはため息をついた。
「実はね、真司にはもう一人息子がいたんだ。でも、残念なことに五年前に病気で亡くなってしまってね。その子は本当に可愛がった、真司がワシに会いに来る時はいつも一緒だった。今はもういないけど、それでも真司の家で集まると、まるでその子がまだいるかのように……」
胸が裂けるほど痛みが走り、心が震えていた。
「それは…本当に残念ですね。雪奈さんもきっとつらかったでしょう。」
「あの子は雪奈の実の子じゃない、真司と元妻との間の子供だ。」
私は感情を必死で抑える。
「へえ、真司さんは離婚したことがあるんですか?」
尚人さんは少し表情を曇らせた。
「ああ、その女性は亡くなった。」
私は尚人さんの顔を見つめる。
「お会いしたことはあるんですか?」
「いや、会ったことはない。」
尚人さんはそれ以上話したくなさそうに、心の中の思いが一気に溢れ出しそうだった。
目の前の白髪混じりの年配の男性は、周りの人にとっては賢くて、思いやりのある人。
しかし、彼は私を一度も認めてくれたことがなかった。
氷室真司が言うには、私と駆け落ちしたせいで尚人さんは私のことを良く思っていない、だから家に来ることを許してくれなかった。
だから本家に来るのは、今回が初めて。
でも、氷室真司は本家に行く時はいつも蒼汰を連れて行っていた。
尚人さんは蒼汰をとても可愛がり、たくさんのプレゼントをし、一番いい先生までつけてくれた。
私はそれ以上は何も聞かず、車窓から流れる景色に目を向けた。
岡江市のヤシの木がまっすぐに並び、まるで忠実な衛兵のようだ。
道の両側の木々が枝を広げて、空で繋がり、大きな緑の傘を作っている。木漏れ日が宝石のようにきらきらと輝き、とても美しい。
この道は、五年前にも通ったことがある。
でも、その時は景色の美しさになど気づかなかった。
やはり人も時も変われば、目に映る景色も違って見える。
尚人さんは知らないが、今日は蒼汰の誕生日。
朝早く、私はすでに墓参りに行っていた。
蒼汰の好きだったレゴと、バースデーケーキを持って。
車はゆっくりと氷室真司の邸宅に入っていく。
庭には珍しい花が咲き良い香りが匂う、藤棚の下のブランコには二人の女の子が揺れている。
氷室真司は日傘の下でお茶を飲みながら、穏やかな笑みを浮かべて、天宮雪奈が隣に立ち肩に手を置いて、何か楽しそうに話してるようで幸せそうに微笑んでいる。
幸せで穏やかな光景。
そんな中、私は剣を手にこの場を壊しに来た。
尚人さんの車が近づくと、氷室真司はすぐに立ち上がり、天宮雪奈と二人の子どもを連れてこちらに歩いてきた。
彼は車のドアを開けた。
「お義父さん。」
その隣にいる私を見かけた瞬間固まり、尚人さんはにこやかに解釈してくれた。
「将人がいないから、ワシは汐里を連れてきた。」
氷室真司は少し気まずそうに笑った。
「もちろん大歓迎だ、後で迎えに行こうと思ってたところです……お義姉さんを。」
彼が私をそう呼ぶのは、随分と久しぶりだった。
尚人さんが車を降り、氷室真司は私に手を差し出したが、私はそれを無視して自分で降りた。
天宮雪奈も見て驚いていたが、すぐに笑顔を作り、親しげに腕を組んでくる。
「お姉ちゃん、さっき真司が自分で迎えに行くって言ってたの。まさかお義父さんと一緒に来てくれるなんて、嬉しい~」
私も自然に笑顔で返した。
「突然お邪魔して、ご迷惑じゃなければいいんだけど。」
「本当はもっと早く招待すべきでした。」
突然、氷室真司は小さな声で言ったけど、私は黙って微笑み、皆と一緒にリビングに入った。
五年前に来た時と、リビングはほとんど変わっていなかった。
ただひとつ違うのは、彼たち家族四人の写真が新しく飾られていたこと。
その隣にはお供え物の載った小さな机があり、写真が掛けられている。
私の蒼汰だ。
できるだけ涙をこらえ、表情を変えないようにいた。
氷室尚人がメイン席に座り、テーブルには果物やお菓子が並んでいる。彼がふと顔を上げると、私は蒼汰の遺影写真の前へと歩いていた。
天宮雪奈は千歳と菜々を連れて入って、私が供え台の前に立っているのを見てすぐに近付いてきた。
「お姉ちゃん、どうぞ座ってください。」
あえて蒼汰の遺影を見て尋ねた。
「これは真司さんのご子息さんですか?」
氷室真司の表情が変わり、天宮雪奈も驚いた様子で私を見ている。
「どうして知っているんですか?」
無理もない、彼たちは蒼汰のことを一度も話したことがない。
天宮雪奈は疑いの目で私のことを見つけた。
「さっきおじさんから聞いたの。」
彼女はほっとしたようで、氷室真司が近付いてきた。
「お姉ちゃん、どうぞ席へ。」
言われた通りに座ることなく、再び蒼汰の話を持ち出した。
「今日は何の日ですか?」
「彼の誕生日だ。」
氷室真司は小さな声で答えると、彼女は焦った。
「お姉さん、どうぞ、席に…」
もう蒼汰のことをこれ以上話したくないのが見て取れ、私は香を手に取った。
「お線香をあげさせてください。」
「お姉ちゃん、そんなことしなくても…まだ子供なんだから…」
彼女は止めようとした。
「雪奈さん、何か怖がっているんですか?」
「そんなことありませんよ。」
「なら、私がお線香をあげてもいいですよね?」
作り笑いで彼女と見つめ合う。
「雑種はお線香をあげる価値はない!」
彼女が何か言う前に、千歳が突然口を挟んで、雪奈は慌てて千歳の口を塞ごうとしたが、もう遅かった。
「何を言っている!」
氷室真司は怒りの目で千歳を睨みつけた。
千歳は雪奈の手を振り払い、大声で叫んだ。
「雑種なのに、どうしてお父さんはあんなに大事にするの?私たちこそお父さんの子供なのに!」
「誰にそんなことを教わった!」
氷室真司は激怒し、千歳の頬を強くビンタした。
「本当のことだもん、あんな雑種はもう死んだ。もういないんだから!」
天宮雪奈は泣き叫ぶ千歳を無理やり部屋から連れ出した。
私はその場で手が冷たくなるほど怒りに震えている。
彼の手も震えていて、尚人さんは顔をしかめた。
「真司、どうやって子供を育てているんだ?氷室家の令嬢としての品格欠片もない!」
氷室真司はうつむく。
「申し訳ありません、私のしつけがなっていませんでした。」
「ワシの前ならともかく、外に出れば氷室家の恥だぞ。子供がいないわけじゃないんだ、どうして養子を取る必要がある?哀れに思うなら援助だけで十分だろう、なぜ家に入れる?」
雪奈が部屋から戻ってくると、尚人さんの言葉が聞こえたのか、慌てて歩み寄ってきた。
「お義父さん、子供だって間違えの一つや二つなんてします。子供の前でそんなこと言わないでください。本人は何も知らないんです。」
尚人さんは怒りをあらわにした。
「お前たちは油断しすぎだ。あの子の両親がどんな人間だったか分かっているのか?うちの敷居は誰でも入れられるものじゃない。小さいくせにどんな性格してるか……ワシはもう何度も見てきた。孤児院に戻せ!」