天宮雪奈は予想通り顔色がさっと曇ったが、すぐに笑顔を作った。
「お姉ちゃんたら、からかわないでくださいよ~」
「あなたたち仲が良くて、私も嬉しいわ」
「お義父さん、良いお茶を用意しました。茶室で味わってみてはいかがですか?」
このまま気まずそうな雰囲気を続けないよう、氷室真司は尚人さんに声掛けた。
年配の尚人さんはお茶が好きで、良いお茶があると聞くとすぐ嬉しそうに応じた。
「汐里も一緒に行こう。」
「はい、私がお淹れしますね。」
尚人さんのと一緒に茶室へ向かい、後ろの真司は雪奈に腕を引かれて隣の客間へ入った。
雪奈は夫の唇を見つめ、怒り出した。
「真司、ちゃんと説明しなさい!これは一体どういうことなの?」
昨日の夜、真司は直接書斎で寝てしまい、雪奈が彼を見かけたのも朝になってからだった。急いで会社に行ったから、彼女は何も聞きれず。さっき話題にされてから、ついに問い詰めた。
元々蒼汰のことで怒りを抑えている真司は雪奈の問い詰めにとうとう爆発した。
「逆に聞くが、蒼汰の好きなもの本当に知っているのか?」
「知らないわけないでしょう?毎年の誕生日も命日も、供え物は全部私が用意してきたのよ。実の母親でもここまでできないわ。こんなこと言ってどういうつもり?」
雪奈は泣きそうにいた。
「じゃあ答えてみろ、蒼汰はマンゴーと桃が好きなのか?」
「もちろん。彼の大好物よ!」
雪奈大声で言い返し、怒りが収まらずにいた。
「それより、あなたこそ「植物の香水を買ってきて」ってどういう意味?相沢汐里の香りが好きでしょう?はっきり言いなさい!彼女と何したの?その唇、彼女に噛まれたよね?」
「何ふざけた事を言っている!」
妻がキレるのを思いもよらなく、真司の顔がますます暗くなった。
怒られた雪奈は急に泣き出した。
「答えないなら、お義父さんに言いつけてやる。さっき相沢が口にした言葉、どう考えても挑発よ。たくさん会社があるのに、どうしてわざわざ彼女の会社を選んだの?それで何もないって言えるの?」
彼女はいつも自信満々で、まさか自分に敵が現れるなんて思ってもみなかったか、思わずいつもの優しい仮面を捨て爆発した。
真司の心の中で、雪奈は常に賢くて気配りができる優しい妻、こんなに刺々しくて意地の悪い一面を見たことがなく、思わず彼女に失望した。
「俺のことを調べてきたのか?君はどうしてこんな風になった?」
愛する男の言葉に刺激され、雪奈はすぐ泣きながら訴えた。
「私が変わったんではない、あなたが変わったのよ!結婚してから私は子どもを育て、この家のために尽くし続けた。元妻や子どもの命日や誕生日のことも、全部私が気にかけていたのに、あなたはこんな仕打ちを……!」
「よくもそんなことが言えるな……」
「まだ責める?いいわ、今すぐお義父さんに言いつけてくる!」
彼女は怒りに駆られ、氷室尚人のもとへ向かおうとした。
そのとき真司は彼女の腕をつかんだ。
雪奈はそれを彼が恐れているのだと思い、もがきながら大声で叫んだ。
「お義父さん、聞いて!真司が……」
パチンッ!
真司は雪奈の頬を強く平手打ちした。
雪奈に手を上げたのはこれが初めてだった。彼女は固まって自分の頬を触りがら、信じられない表情で真司を見つめた。
「私を……殴った……」
真司の手は震えている。何年も大切にしてきた妻に、指一本触れたことはなかったのに……彼はアレルギー検査報告書を雪奈の顔に投げつけた。
「自分で見ろ!」
雪奈はそれを拾い上げて内容を見た瞬間顔が青ざめた。
「これはどこで手に入れたの?こんなの嘘よ!相沢汐里がくれたでしょう?私を陥れようとして、わざと仕組んだに違いない!」
「もういい加減にしろ!」
これ以上耐えられず、真司は怒鳴った。
「蒼汰のスケッチブックに挟まっていたんだ。日付も、蒼汰の誕生日も血液型も、他の誰も知らない」
雪奈は検査報告書を震える手で握りしめた。
「雪奈、本当に蒼汰を愛していたの?幼い頃からマンゴーがアレルギーだって知らなかったのか?桃を食べられないことも知らなかったのか?」
真司は鋭い眼差しで雪奈を見つめる。
蒼汰の好みなんて知るわけがない、彼女は雑種として扱い嫌っていた。
雪奈は最初慌てていたけど、すぐ冷静になり冷笑して言い返す。
「真司、私は彼の実の母ではよ。知らなくても仕方ないでしょ?でもあなたはその子の父親だよね?マンゴーや桃は何年も供えられてきたのに、あなたも知らなかったじゃない。その子を愛していなかったくせに!そんなあなたが、私を責める資格があるの?」
その言葉はまるで刃のように真司の心を突き刺し、瞳にはこれまでにないほどの怒りと失望が滲んだ。
そのオーラに怯えた雪奈は思わず後ずさりしたが、すぐに目を覚まし、あわてて真司の手を取ろうと。
「ごめんなさい、怒らないで真司。全部私が悪いの。もうマンゴーも桃も供えない、今すぐ片付けてくるから!」
真司は彼女の手を振り払い、今まで見たことのない目で彼女の顔を睨む。
「本当に、がっかりした。」
これまで雪奈の蒼汰への愛情がすべて演技だったとは。
「真司お願い、怒らないで。さっきのは八つ当たりだったの、許して!」
雪奈は泣きながら、必死に許しを乞う。涙に濡れた彼女その姿は真司の一番弱いところ。泣いたらすぐ許してもらえる。
だが、今回は効かなかった。
真司は冷ややかな目で雪奈を見下ろし、何も言わずに部屋を出ていった。
私がお茶を淹れ終えたころ、氷室真司はようやく姿を現した。
何なかったように、相変わらず落ち着いた紳士的な態度を見せる。
「ごめん、お義父さん、先ほど電話がありまして…」
尚人さんはにこやかに笑う。
「謝ることではない、仕事の方が大事だ。」
そのなか、氷室真司は私に一瞥をくれた。
私は彼を無視してうつむきながらお茶を差し出す。
ちらりと膝の上ぎゅっと握りしめられている手が見えた。これは氷室真司が怒ったときの癖。
どうやらさっき雪奈と喧嘩したみたい。
「そういえば、プロジェクトはもう進んでいるようだね。新しい会社なんだろう?」
氷室真司は私を見てから穏やかに微笑んだ。
「ええ、確かに新しい会社ですが、理念が斬新で独自性があり、専門性も高い。今後の発展が期待できる会社です」
尚人さんは少し驚いた。
「そこまで褒めるのは珍しいな」
「こんなに若くて優秀な人は久しぶりに出会いましたから」
尚人さんが眉を上げる。
「若い人なのか?」
氷室真司は私を指差した。
「お義父さん、正式にご紹介します。こちらが森島グリーン、森のグリーンガーデンの相沢社長です。」
尚人さんは目を見開いた。
「おや?森島グリーンは汐里の会社だったのか?」
「いえ、私も雇われているだけです」
少し恥ずかしそうに答えると、尚人さんはすぐに察した。
「将人の会社だな」
「はい、どうです。」
尚人さんは豪快に笑った。
「将人がいなくても、君一人で会社をここまでやって、真司にも認められたってことはなかなか実力があることだ。なぁ、真司?」
「相沢社長との対話は本当に勉強になります。しかも、理論だけでなく、腕もあるトップクラスのデザイナーなんですから」
氷室真司は私に敬意を込めて褒めまくり、私は照れるふりしながら彼を見る。
「真司さん、それは褒め過ぎです。私はただ花など育てるだけなんで……」
握りしめていた拳がゆっくりとほどけていく。