雪奈は後ろから真司に抱きついた。
「真司、あなたのことが愛しすぎてつい慌ててしまったの。本当にごめんなさい。お姉ちゃんが足を怪我して、一人じゃ大変だと思うの。もしよければ、彼女をうちに呼んで一緒に暮らさない?私がちゃんとお世話するから、きっと回復も早くなるわ」
真司はしばらく無言だったが、しばらくして雪奈の手をつないだ。
「でも、そんなことをしたらかえって不便だ。きっと来てくれないさ」
「うちは広いし、不便なんてことはないわ。三階の部屋をきれいにしてもらうから、お姉ちゃんのことは私に任せて。」
氷室真司を見送ったあと、戻って間もなく将人から電話がかかってきた。
「今、どこにいる?」
相変わらず低い声。
「会社です」
「昨夜はどこにいた?」
予想はしてたけど。階段を上がるとき、彼からの着信が十件もあったことに気づいた。
「昨日は苗木の方に……」
「氷室真司と一緒か?」
彼の声はさらに低くなった。
私はすぐに昨夜のことを簡単に説明した。それから、将人はしばらく黙っていた。
「社長?」
おそるおそる呼びかけた。
「怪我、ひどくないか?」
「ええ、大丈夫です。もう痛くもありません。彼の前では少し大げさに見せただけで。」
「そうか……彼に何かされなかったか?」
すぐに答えた。
「何もありません。昨夜はずっと囲碁をしていました。」
「雪乃、俺の言ったことを忘れるな。自分を守ることが一番重要な事。無理しなくていい、どうしても駄目なら俺がいる。」
「分かっています、ボス。安心してください。」
電話の向こうから、深いため息が聞こえて、静かに彼の指示を待った。
「天宮雪奈はもう疑い始めているに間違いない、用心するように。」
「はい!」
電話を切ると、私は深く息をついた。彼と話すたびに、どうしても緊張してしまう。
電話越しですら、彼の圧迫感には息が詰まりそうだ。
午後になって、氷室真司が来るのだと思っていたが、やって来たのは天宮雪奈だった。
来ていたのは彼女だと知り、すぐ森田さんに指示を出した。
「今会議中だと、待ってもらうよう伝えて!」
二時間後
彼女は社員に案内されて私のオフィスに入り、隠すこともなく隅々まで見た。
私のオフィスのデザインは特別で、花で綺麗に飾られていている。
彼女の顔には驚きと、そして少しの嫉妬があると気づいた。
「お待たせしてごめんなさい。このところ忙しくて」
私はにこやかに説明すると、彼女も笑顔で返した。
「いえ、急に来てしまってすみません。もうお仕事は終わりましたか?」
秘書がコーヒーを二杯渡してきた。
「ええ、終わりました、」
彼女はコーヒーカップを手に取り、一口飲んだ。
「このコーヒー、とても美味しいですね」
私はもともとコーヒーが苦手だったが、天宮雪奈はコーヒー好きで、よく私のことを「粗野な人」と嘲笑い、どこの高級輸入品だとか自慢していた。
最後には決まってこう言ってくるーー「まあ、言っても分からないよね。」
今日はその言葉をそのまま返してやった。
「うん、これはハワイ産のコナ・コーヒーよ。標高450〜800メートルの火山土壌で育ったもので、甘みとワインのような酸味が特徴なの」
そして、彼女を見つめて微笑んだ。
「まあ、コーヒーに詳しくない人には、言っても分からないよね。気に入ってくれたならそれでいいから」
天宮雪奈の表情が一瞬曇った。きっと、昔私に偉そうにしていたときを思い出したのだろう。
「今日は何の用?」
カップを置きながら彼女に尋ねた。
向こうはすぐに営業用の笑顔を表した。
「真司から聞きましたよ。昨夜、苗木や花を一緒に救ったとか……」
彼女は私をじっと見つめ、「真司とは何の秘密もない」「私たちは愛し合っている」と必死に伝えようと。
私はにこやかに答えた。
「ええ、昨夜は真司さんがいてくれて本当に助かりました。彼がいなかったらどうなっていたか分からなかった。」
彼女の顔が少し曇ったが、すぐに乾いた笑いを浮かべた。
「あ義兄さんがいないときは、彼がお姉ちゃんの面倒を見るのは当然です。誰だって見過ごせませんから!」
「真司さんって、そういうタイプじゃないと思っていたけど、まさかとは……」
感謝の気持ちを伝え、残りの言葉はわざと口にしなかった。
「まさか何ですか?お姉ちゃんどうして言い終わらないの?」
「意外と優しいところがあるんだなって」
わざと少し恥ずかしそうな表情を見せると、雪奈の顔から営業スマイルが消えた。どうやら私の演技はうまくいったようだ。
しかしすぐに彼女は表情を取り戻した。
「そうね、昔の真司は人の世話なんてまったくできなかったけど、私と付き合うようになってからは優しくなったの」
「そうなんだ。そう言えば、真司さん以前は奥さんがいたって聞いたけど、どうして離婚したの?」
そう尋ねると、天宮雪奈は笑みをこぼした。
「亡くなったのよ」
「そうなの?何か病気だったの?」
彼女は手をぎゅっと握りしめた。
「そうね……がんだったの」
平然と嘘をつく天宮雪奈を見て、彼女も不安になるだなと思った。
「あなたも彼女のことを知っているんだね」
「ええ、知ってるわ」
彼女は思わず髪を整えた。
「実は今日は、お姉ちゃんを迎えに来たの。足がまだ不自由でしょう?私と真司が心配してて。うちで一緒に過ごさない?私がちゃんと世話するから。」
ようやく彼女は本題に入った。てっきり、今日は探りに来たか、問い詰めに来たのかと思っていた。
どうやら見当違いだったようで、彼女は迎えに来た。
つまり、私を自分の目の届くところに置いておきたいのでしょう。
「それはちょっと……。迷惑をかけるのは悪いし、大丈夫よ」
私は首を振った。
だが、彼女はどうしても私を連れて帰るつもりのようだ。
「お姉ちゃん、遠慮しないで。来てくれないなら、お義父さんに相談するしかないよ~」
「おじさんは心配するでしょうしね」
天宮雪奈はにっこり笑った。
「だからうちに来て。家は広いし、何人増えても大丈夫。もうお姉ちゃんのために部屋も用意してあるから。」
結局、私は仕方なく承諾した。
その晩、私は彼らの家に引っ越した。
わざと少し遅れて到着すると、氷室真司はすでに家に帰っていた。
車は玄関前に停まり、天宮雪奈は氷室真司の腕を組んで玄関先で待っていた。
私は杖をついて、ゆっくり車から降りる。
すると、彼女は氷室真司の腕をさらに強く掴んだ。
「お姉ゃん、やっと来てくれた。夕食はもうできてるよ、後はお姉ちゃんだけ。」
その振る舞いを見て、私は微笑みながら返した。
「ちょっと仕事が立て込んでいて、遅くなっちゃった。待たせてごめんなさい」
氷室真司は私の足を見て、小さな声で「中に入ろう」と言った。
天宮雪奈は彼のそばにぴったりと寄り添い、手伝いに来なかった。
やはり氷室真司は自分のものだよ示したかったのだろう。
だが、そんなことをしても、氷室真司の気持ちはむしろ私に向いてしまうことを彼女は知らなかった。
私はもうほとんど痛みのない足を引きずり、ゆっくりと玄関へと歩き、階段のところでわざとよろけて転びそうにしたら、氷室真司はすぐ私を支え、太い腕で私の腰を抱き寄せる。
「大丈夫か?」
私は眉を寄せ、唇をきゅっと結び、首を振った。
どう見ても辛そうに思うしかない。
氷室真司は手を離そうとしたが、しばらく離せずにいた。