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第52話 引き止められた

もちろん、子どもは大好きだ。なぜなら、私もかつては母親だったから。


階段から降りてきて、私はテーブルで仲良くお絵かきをしている二人の女の子を見つめる。


「女性は生まれつき母性が備わっているみたいよ。それに加え、千歳と菜々は本当に可愛らしいから、つい……」


「きっと素敵なお母さんになれるよ」


氷室真司が静かに言った。


「そんなこと考えたことなかったけど、流れのままでいいわ。だって、自分の子どもを愛さないお母さんなんていないでしょ?」


菜々が駆け寄ってきて、一枚の絵を私に差し出す。


「汐里、これプレゼント!」


受け取って見ると、ドレスを着た女性が描かれていた。


「これ、私?」


「うん、汐里は白雪姫みたいに優しいから、私の中ではお姫様なの!」


私はとても嬉しかった。


「ありがとう、菜々。とても綺麗な絵だね。」


菜々はその絵を氷室真司にも見せた。


「パパ、私の絵、似てる?」


「うん、よく似ている。」


氷室真司もその絵を見て笑顔になった。


「真司さん、もっと褒めてあげて。自信を持った子どもの後ろには、きっと彼女たちを認めて応援してくれる親がいるってよく言われるよ。」


菜々が期待に満ちた目で氷室真司を見つめる。


すると氷室真司はやさしく菜々の頭をなでる。


「とっても上手だ」


菜々は嬉しそうに氷室真司に抱きつき、頬にキスした。


「私のはどう?」


千歳も自分の絵を持ってきた。


「千歳も上手だ」


絵をしばらく見て、氷室真司は同じく微笑みながらと褒めてあげた。


本当に、この二人には絵の才能があると思う。ほかの人は知らないと思うけど、私は知っている。氷室真司も絵が得意ということを。


千歳も嬉しそうに氷室真司にキスをした。


娘たちとこんな楽しい時間を過ごすのは、氷室真司にとって本当に久しぶりだった。いつもなら、仕事から帰るとすぐに雪奈は子どもたちを部屋に閉じ込めて宿題やピアノの練習をさせ、こんなふうに一緒に過ごす時間はなかった。


菜々はまだ幼くて、考えも単純だ。隣にで私の腕を抱きしめた。


「汐里、もうどこにも行かないで、ずっとうちにいてくれる?」


その一言に、流石にどう答えればいいかに困った。


返事がなかなかもらえなかったから、菜々は氷室真司に向かった。


「パパ、汐里をうちにいてもらうようにしてくれる?」


「そんなに汐里が好きなのか?」


「うん、大好き!菜々、汐里と一緒だとすごく楽しい。ママと違って、汐里は怒らないし、ママは私のことばかり叱って、役立たずだとか勉強もピアノもダメだとか、踊りもうまくできないって言って、ブタみたいに食べてるだけって……」


怒りに満ちた氷室真司は、雪奈が子どもたちに怒鳴っているのを偶然聞いたことを思い出した。あんなふうに厳しく接しているとは、あれまで知らなかった。


「パパ、お願い!」


突然、千歳は甘えている菜々の手を引いた。


「何言ってるの、汐里はずっとここにはいられないよ。ここは汐里の家じゃないんだから。それより早く一緒に外で遊ぼう!」


やっぱり千歳は年上だけあって、しっかりしている。二人はずぐ外にいった。


「ごめん。子どもの言うことだから、気にするな。」


気まずそうな雰囲気を変えようと、氷室真司は私に向けて謝った。


「謝らないでください。気にしていないので……でも、本当に雪奈さんのこと心配じゃないの?子どもたちにはやっぱりお母さんが必要でしょ。私がいなくなったらどうするの?」


「できれば、もう少しここにいてくれないか」


彼は私を見つめ、真剣なまなざしで言って、それから目をそらした。


「数日したら、雪奈を迎えに行くつもりだ」と続けた。


私は黙った。彼も黙っていた。


しばらくして、彼が話題を変えた。


「足の具合はどう?」


「だいぶ良くなったわ。もう杖もいらないくらい!」


突然、千歳が部屋に入ってきた。


「汐里、太りたくないから、散歩に連れていってくれる?」


「いいよ、今行くね!」


そう言って、私は立ち上がった。


「じゃあ、二人を連れて散歩に行ってくるね」


「ああ。いってらっしゃい」


氷室真司はベランダに出て、私が二人の子どもと一緒に庭を歩く様子を眺めていた。二人はまるで小鳥のように私の周りを跳ね回っている。その光景に、彼は何とも言えない幸福感を覚えた。この時間がずっと続けばいいのにと、ふと思う。


目の前の姿が、心の奥底にある記憶と重なり合う。もし彼女と子どもたちが生きていたら、きっとこんなふうに過ごしていたのだろう。子どもたちのことを愛おしい彼女は、いつもできるだけの愛を向けていた。





その夜私は疲れ果てて、なんとか眠りについた。


翌朝、千歳と菜々が私の部屋に飛び込んできてはしゃいだ。


「汐里すごい!本当に太ってない!」


私は目をこすりながら起き上がる。


「そうでしょ?私が嘘つくわけないじゃない。」


「やった!これから毎日お肉食べても大丈夫だね」


千歳は楽しく想像し始めた。


「じゃあ、ケーキとチョコレートも食べていい?」


菜々もおそるおそると聞いた。


「少しだけならいいよ。」


「食べたい!」


菜々は目を輝かせ、ケーキが食べられると聞いた千歳も私を見つめる。


そんな二人を見て、ある提案を出した。


「今日のテストで95点以上取れたら、夜はケーキにしよう!」


「わあ、やった!頑張る!」


二人とも嬉しそうに声をあげた。


私は二人を着替えさせようとクローゼットを開けると、中にはプリンセスドレスばかり。デザインもレースも可愛いけれど、子どもにはちょっと着心地が悪く、色もほぼ同じものばっかり。


着替えて歯磨きを済ませてから朝食。


氷室真司の顔色もすっかり良くなり、子どもたちも朝食を終え、学校に行く準備をしている。


「私が学校まで送るから、真司さんはそのまま会社に行ってください。」


私は氷室真司に声をかけた。


氷室真司は何か言いたげだったが、結局黙ってうなずき、「わかった」とだけ答えた。


千歳と菜々の学校は近くにいる。千歳が先に車を降り、私は菜々と一緒に門まで見送った。


「千歳、テスト頑張って!」

「お姉ちゃん、頑張って!」


私と菜々は一緒に応援した。


千歳はとても嬉しそうに、目がきらきらしながらリュックを背負い、学校に入った。


菜々は今日、初めて門まで送ってもらったので、興奮気味で少し緊張している様子だった。ちょうど千歳が教室に入ろうとしたとき、菜々が「お姉ちゃん!」と叫んだ。


千歳が振り返ると、菜々は頭の上でハートを作って、無邪気に笑い、それを見た千歳も笑いながらゆっくりと同じように頭の上でハートを作った。


私は菜々の手を引いて車に戻ると、菜々は私を見上げた。


「汐里、私も幼稚園の門まで送ってくれる?」


「もちろんよ」


と答えると、菜々はうれしそうに足をぶらぶらさせていた。


幼稚園の門まで送ると、菜々は何度も振り返りながらも、最後に私にハートを作ってくれて、私は笑顔で応えた。彼女が先生と一緒に教室に入るのを見て、私も車に戻った。


なぜか、胸の奥が苦しかった。


正直、最初はこの二人のことが好きになれなかった。けれど、る彼女たちを前にしたら、憎むことなんてできなかった。特に菜々はとても無邪気で純粋な女の子だった。


憎しみを子どもに向けてはいけないと分かっている。でも、どうしても好きになれない。彼女たちは、あの天宮雪奈の子ども。


蒼汰たちを殺した憎い相手の子ども!


会社に着き、相変わらず仕事に追われる一日だった。


夜になり、社員は皆帰宅。私だけがまだ会社に残っていた。もう氷室真司の家にも帰りたくない、憎むことのできないあの子どもたちにも会いたくなかった。


ぼんやりと座っていると、オフィスのドアがノックされた。


顔を上げると、氷室真司がドアの前に立って私を見つめている。


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