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第55話 家に帰った雪奈が激怒

警備員たちは凛音が氷室真司の秘書であることをよく知っているため、彼女はそのまま車を別荘の駐車場へと入れた。


凛音は後部座席に座っている雪奈に振り向く。


「雪奈、本当に降りなくていいの?」


「うん、私は降りない。中の様子を見てきて、それから私の部屋に行って何着か服を持ってきてほしいの。」


凛音は一人で車を降り、別荘の中へと入る時、遠くからでも家の中の賑やかな笑い声が聞こえてくる。使用人がドアを開けてくれて、靴を履き替えて中へ。


目に飛び込んできたのは、大人二人と子ども二人がテーブルを囲んで、楽しそうにケーキを食べている光景だった。


氷室真司の隣に座る相沢汐里の姿を見て、凛音の目が鋭く冷たくなる。やっぱり、この女だ……!天宮雪奈を傷つけたのは、やはりこの人だった。


凛音の胸には怒りがこみ上げてきた。


「氷室様、佐倉凛音様がいらっしゃいました。」


使用人の声に、氷室真司が顔を上げて凛音の方を見る。


「どうした?」


「雪奈の荷物を取りに来ました!」


凛音の私を見る目はあからさまな軽蔑と敵意を感じた。もう私を氷室真司の浮気相手としか見ていないのだろう。


「彼女はどこにいる?」


氷室真司が尋ねると、凛音はすぐ嫌味で問い返す。


「社長はまだ雪奈のことを覚えているんとは、心外です。」


氷室真司は不機嫌そうに彼女を睨む。


「彼女自身で取りに来い!」


この言葉に、凛音は氷室真司が自分を中に入れたくないのだと察した。


「社長は本当に雪奈に戻ってほしいと思っているんですか?」


「佐倉凛音、お前に質問する資格はない!」


氷室真司という男が、目の前で自分の私生活に口出しされるのを許すはずがない。ましてや、それが自分の部下ならなおさらだ。


凛音は堪えていた。彼女は本来、上司のプライベートに関与すべきでないと分かっている。だが、雪奈のことが心配でたまらなかった。


「社長……」


「もう帰ってくれ!」


氷室真司はそれ以上、彼女の言葉を聞こうとはしなかった。


凛音は黙り込み、拳をぎゅっと握りしめて私を一瞥をくれ、その瞳には強い憎しみを込めていた。


そして、背を向けて彼女は部屋を出て行った。


ふっと、菜々が氷室真司を見上げた。


「パパ、ママに会いたいの。ママがどうして帰ってこないの?」


氷室真司は黙ったまま。


この世で母親を愛さない子どもはいない。幼い子どもにとって、母親は世界そのもの。天宮雪奈は普段娘たちに厳しく接していたが、それでも心から愛しているのは間違いなかった。


氷室真司が何も答えないので、私は代わりに答えた。


「きっとすぐに帰ってくるよ。さあ、お絵描きでもしようか?」


彼女たちはうれしそうにうなずき、絵を描き始めた。そこで、私は小声で氷室真司に呟いた。


「明日、雪奈さんを迎えに行ったらどう?女性って、やっぱり優しくしてもらいたいものよ」


氷室真司は深くため息し私を見る。


「君は、彼女を責めないのか?」


私は微笑んだ。


「あの時は少し腹が立ったけど、彼女の立場で考えたら私だって怒るかもしれない。それに……」


私は真剣な目で彼を見た。


「私のせいであなたたちの仲が悪くなって欲しくないの。明日で自分の家に帰る。この後、この子たちにもちゃんと話しておく。あなたも、雪奈さんを迎えに行ってあげて。」


氷室真司は黙っていたが、最後には静かにうなずいた。


知っていた。彼がどれほど天宮雪奈を愛していたかを。男にとってかけがえのない人は、そう簡単に捨てられるものではない。それには時間が必要だ。愛情が失望に、そしてやがて冷めていくには。


どんなに隠しても、いつか真実は明るみに出る。


私は彼の手元にあったケーキをそっと差し出した。


「少しでも食べたら?甘いものは気分を良くなれるよ」


氷室真司は私を見て、スプーンでケーキを口に入れた。


少し顔色が良くなった氷室真司を見て、子どもたちも安心したように元気よく集まってきた。


「汐里、私も食べたい!」


菜々が先に私のそばに寄ってくる。


「いいよ、一緒に食べよう」


菜々は自分のケーキを食べながら、今度は氷室真司のケーキを指さした。


「パパのも食べてみたい!」


千歳も「私も!」と加わる。


「どうぞ」


氷室真司はやっと笑顔を見せ、その笑顔につられて、娘たちもまた笑顔になった。





ちょうどその時だった。天宮雪奈が勢いよく家に入ってきた。


玄関からダイニングまでの間に、この光景をすべて目にしたのだろう。彼女の怒りは頂点に達していた。


「誰がケーキなんか食べていいって言った!?」


彼女はテーブルに駆け寄ると、ケーキをすべてひっくり返して床に落とした。


突然の激しい剣幕に皆が驚き、特に子どもたちはすぐ私の腕の中に飛び込んできた。菜々はさらに私を抱き締め、目をつぶった。


「汐里、こわいよ……」


氷室真司も怒りをあらわにした。


「何するつもりだ!?」


天宮雪奈は氷室真司の口元についたクリームを睨みついた。


「あなた、ケーキなんて食べる人じゃなかったの?言われたら食べるなんて、この女本当に大したものね!」


そして、今度は私を睨みつく。


「この恥知らずな女め!男に飢えてるの?それとも自分の彼氏じゃ満足できないから、他人の夫を誘惑してるわけ!?」


さらに、私を抱きしめている菜々と、隣に立つ千歳に目を向ける。


「お前たちもこっちに来なさい!自分の母親が誰かも忘れたの?早くしろ!」


大声で怒鳴り、菜々は大声で泣き出した。


「ママ、そんなこと言わないで!怖いよ!」


前回、氷室真司が激しく怒った時、ようやく立ち直りかけていた子どもたちは、再び雪奈の怒鳴り声に怯えてしまった。


千歳も泣き出したが、年長の分だけしっかりしている。彼女は妹の手を引いて雪奈のもとに歩いた。


「ママ、怒らないで。私たちママに会いたかったんだよ。」


そして菜々を促した。


「ほら、ママにあげる絵、描いたでしょ?」


菜々は涙をぬぐい、慌てて自分の描いた絵を持ってきた。


「ママ、見て。これ、私が描いたの。ママは好き?」


小さな手で絵を差し出し、潤んだ目で見上げる。


千歳も自分の絵を渡した。


「ママ、私のも見て……」


娘たちが差し出した絵を見ても、天宮雪奈の表情はさらに怒りを増すばかりだった。


彼女は二枚の絵を乱暴に奪い取り、ビリビリに破いてしまう。そしてより厳しい声で言い放つ。


「何度言ったらわかるの?この役立たずクズども!あなたたちは氷室家の令嬢で、きちんと学校の勉強して、ピアノやバレエを頑張って、お嫁入りに備えるのが目標でしょっ!」


せっかくの思いを母親に踏みにじられ、千歳は怒りした。


「でも私は勉強もピアノもバレエも好きじゃないの!絵を描くのが好きなの!汐里が教えてくれたよ、自分の心に正直に生きて、自分の得意なことで輝ける人こそ素敵なんだって!」


「私も!」


菜々も小さく声を上げた。


パチンッ――!


子どもたちが私の話を持ち出したことで、天宮雪奈の怒りはさらに激しくなり、二人の頬を強く叩いた。


「あのゲス女はあなたたちをダメにしている!そんなにあの女がいいなら、あいつの娘になればいい!」


千歳と菜々は泣きながら私の元に駆け寄ってきた。


私は二人を自分の後ろに隠し、冷たい視線で天宮雪奈を見る。


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