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第59話 好きになってはいけない女に恋した

将人が突然帰ってきたことで、私の計画は少し狂わされた。やっぱり彼がそばにいると、どうしても自由に振る舞うことができない。


いくつかの復讐計画は、きっと彼の地雷を踏むだろう。

たとえば、氷室真司と二人きりで親しげに過ごすことなど。


別荘に入ると、将人はソファに腰を下ろした。私はその横で立ったまま、声も出せずにいた。


彼は私を横目で見てきた。


「立ってないで、こっちに座れ」


私は彼の向かいに座った。


彼が今回なぜ帰ってきたのか、一体仕事のためなのか、それとも私が数日前に氷室真司の家に泊まったことを知ったせいなのか、よく分からなかった。


「俺に言いたいことはないのか?」


白状しなさいって意味?とにかくここは何とかごまかそう。そう考えながら、私は彼を見た。


「どうして帰ってきたの?」


将人の眉間にしわを寄る。


「それだけ?」


「忙しいのに、まさか私のためにわざわざ帰ってきたわけじゃないでしょう?」


小さい声で逆に質問すると、彼の目が一瞬鋭くなり、私の胸がざわついた。


しばらく沈黙が流れる。彼がぽつりと、「大学の友人の結婚式だ」と答えた。


私はほっと息をついた。やっぱり私のためだけに帰ってきたわけじゃない。この話だと、その友人とは相当仲が良いのだろう。でなければ、わざわざ遠くから戻ってくるはずがない。


「その怪我はどうしたんだ?」


私がぼんやりしていると、彼が再び口を開いた。


私は大まかに事情を説明したが、氷室真司とのやり取りは意図的に省いた。彼は凛音と私の関係を知っているので、特に何も言わなかった。


「今回はどのくらい滞在するの?」


私が尋ねると、彼は唇をわずかに吊り上げた。


「帰ってきたばかりなのに、もう帰らせたいのか?」


私はすぐ否定した。


「そんなつもりはないんです。」


「じゃあ、どういう意味か言ってみろ。」


将人はソファに寄りかかり、気だるげな目で私を見ながら、どこか楽しそうに低い声で迫ってくる。私はすぐ真顔に切り替わる。


「冷蔵庫の牛乳もうすぐ賞味期限切れるから、毎日二本ずつ飲んでくれない?」


すると彼の目がだんだん怒りに満ちていく。


「天宮雪乃、あんたどんだけケチなんだ!」


「ボスと違って、私はただの社畜なので、贅沢はできません。」


「俺があげる給料は十分だろう?」


「無駄遣いは良くありませんよ~」


彼が睨むように見つめると、私はニヤニヤした。


「もうどっか行け!その顔見るとイライラする。」





とあるバー


真司はまたぐいっと酒を飲み干し、さらに酒を手にしてグラスに注いだ。


「おい、一体どうしたんだよ?何か言え。」


一色元治が眉を寄せて真司を見つめる。


真司はグラスを持ったまま何か言おうとしたが、結局何も言わずにもう一杯あおった。


元治は彼に蹴りを入れた。


「こんな夜中にに呼び出して、お酒の強いとでも自慢したいののかよ!勝手に飲みすぎて倒れちまえ」


そう言い置いて、元治は立ち上がり離れようとしたとき、真司がふっと顔を上げた。


「座れ。」


「ふざけんな。」


「俺、どうやらある女に恋してるみたいだ。」


元治は驚きのあまりソファに座り直した。


「は?もう一回言え、誰に惚れたって?」


真司は深呼吸して答えた。


「知り合ってまだ二ヶ月も経たない女性だ!」


元治は目を見開いた。


「ちょっと待て、お前、あの天宮家のお嬢さんのこと死ぬほど愛したんじゃねえか?どうして突然他の女に?どういうことだよ?どこのお嬢さんなんだ?」


「森島グリーンの社長だ」


真司はグラスの酒を見つめながら低く呟いた。


「ああ、この前の山徳グループと契約を結んだあの会社の社長だよな?」


元治はその会社を知っていた。


「そうだ」


真司はうなずいた。


「彼女のことは聞いたことあるぞ。美人で有能って評判だけど、それ以上特に目立つことはないだろ。お前、今までどんな女も見てきただろ、どうして彼女だけ?何か特別なところでもあるわけ?」


元治は不思議そうに思った。彼は真司のことをよく知っていた。ずっと仕事一筋で、浮気の噂ひとつもない男だ。


真司はグラスをゆっくり回しながら、元治を見上げる。


「彼女の顔、俺の元妻によく似てるんだ。」


「マジかよ。要するに元妻が忘れられなくて、彼女を代わりにしてるってこと?」


「自分でも分からない」


真司は苦しそうに悩んでいる。


「分からないって何だよ。お前自分の気持ちも分からないのか?それとも、彼女の方から誘ってきたのか?」


元治はさらに突っ込み、分からせようとした。


「いや、違う。俺がいつの間にか惹かれて……抑えきれなくなった。最初は、元妻に似てる以外は特に何も感じなかった。でも、だんだん分かってきた。彼女は……特別なんだ。」


真司は元治の目を見る。


「彼女と一緒にいると不思議と心が落ち着いて、すごく楽なんだ……こんな気持ちもう何年も感じたことがない。次に会うのが楽しみで仕方ないんだ……」


「真司、それは本当の恋じゃないぞ」


元治が笑って言いだすと、真司は顔を上げる。


「どういう意味だ?」


元治は恋愛の達人で、この手の話には慣れている。


「お前、何年もシンプルな生活とハードな仕事、さらに昔の罪悪感に押しつぶされてきただろ。そんなとき、癒してくれる女性が現れたら、誰だって心が揺れるもんだ。人間ってのは、居心地のいいところに惹かれるもんさ。

それで、しばらくすればその気持ちも落ち着いて、自分を取り戻せば、もうあの女を必要としなくなる。」


元治はタバコを一本差し出す。


「だからさ、あまり悩むな。好きなら付き合えばいい。興味がなくなったら、お金でも渡して別れればいいんだよ!」


相変わらず黙ったままの真司を見て、元治は眉を寄せた。


「まさか、結婚しようなんて思ってないよな?」


真司は首を振った。


「それはない。」


たとえ最近の雪奈は色々と問題を起こしていても、彼は離婚する気はなかった。


元治は自分のグラスに酒を注ぐ。


「じゃあ何を悩んでるんだ?あの女の方が結婚を望んでるの?」


真司はグラスを回す手を止めた。


「彼女の婚約者が戻ってきた。」


元治はまた驚いた。


「婚約者がいたのか!すげぇな真司、お前もやるな。でもさ、それでちょうどいいじゃないか。お前にも家庭があるし、彼女にも婚約者がいる。お互いに深入りせず、楽しめばいい。」


元治はグラスを口に運び、さらに聞いた。


「で、その婚約者ってどんな奴なんだ?」


「氷室将人だ。」


真司はそう言って、酒を一口飲んだ。


「ぶっ!お前、なんだって?氷室将人?」


元治は驚きのあまり酒を吹き出した。


「そう。俺の義父の甥で、俺は彼を兄貴と呼んでる。」


元治はティッシュで服についた酒を拭きながら、険しい顔になった。


「お前、あの氷室将人が南米のビジネス界でなんて呼ばれてるか知ってるだろ?」


真司はタバコをくわえる。


「死神。」


「分かってるなら、今すぐ手を引け。奴は南米のビジネス界で頂点に立つ男だ。あの男の女に手を出すな!忠告だけするよ。それに、お前がその気になれば、女なんていくらでもいるだろ。」


元治は必死に説得しようとした。


「それに、あの人はお前の義父の甥だろ?義父の権力や株もまだ完全にお前に渡ってないんだぜ?」


真司はうなずき、もちろん分かっている。


元治はようやく安心した。


「これからは彼女に近づくなよ。どんな美人でも、俺たちが手を出せる相手じゃねえ。それと、一時の気の迷いだ、時間が経てば気持ちも落ち着くさ。」


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