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第62話 たった

今日は定時に真司が帰宅した。


リビングに入るなり、彼の視線はかつてレコードプレーヤーが置かれていた場所に自然と向いた。


そこは空っぽだ。


雪奈は彼がこんなに早く帰ってくるとは思わず、ちょうど子ども二人の宿題を見ていたところ。


「どういうこと?学校から帰ったらまず宿題をするて言ったよね?」

「絵なんか描いてどうするの?将来、売れない画家にでもなりたいの?」

「そんな考え今すぐ捨てなさい……松田、彼女たちの画材をまとめて捨てなさい!」


「ママ、やめて、捨てないで。お願い、これからは帰ったらすぐ宿題するから!」


「ママ、これは幼稚園で描いたコンテストための絵だよ。先生にも褒められたんだ……ママ、破らないで!」


真司が家に入ると、二階から騒がしい声が聞こえてきた。


彼は眉を寄せ階段を上がり、着替えの服を探している途端に、雪奈が入ってきた。


「真司、今日はずいぶん早く帰ったのね。」


真司は「ああ」とだけ答え、それ以上話したくなさそうだった。


「着替えたら、ご飯にしましょう。いいかな?」


「うん。」


妻の優しい声掛けにも、真司は静かに返事をするだけ。


服を着替えている真司の姿を見て、雪奈は頑張って心中の怒りを抑えていた。


「レコードプレーヤーは今日届いたか?」


真司は服に着替えながら聞くと、その話題に雪奈の怒りがすぐわいてきたが、彼女はできる限り優しいふりをする。


「届いたよ。」


「でも、見かけなな。」


「私の好みじゃなかったから、倉庫に置いてもらったの。」


雪奈は愛想笑いしながら説明した。


そしたら、真司は何も言わず、部屋を出ようと、雪奈は彼を抱きしめた。真司は最近、彼女に冷たすぎる。


「どうしたんだ?」


真司の体が固まった。


「愛してるよ。」


「ああ。さあ、ご飯だ」


彼女の手をそっと触り、真司は部屋から歩き出ようと、雪奈はしかたなく手を離し、その後ろについていく。


「新しく買った家具なんだけど、やっぱり色あまり好きじゃないの。今度、一緒にほかのも見に行かない?」


「俺はこれで十分だと思う。しばらくこのままでいいだろ。」





夕食の後、雪奈は千歳と菜々に無理やりピアノの練習をさせた。


真司は書斎に入った。囲碁盤もなくなり、がらんとした机が妙に寂しい。


「倉庫のレコードプレーヤーを書斎に運んでくれ」


彼は使用人に指示した。


ほどなくして、真司は品のあるクラシックなレコードプレーヤーを眺めていた。


名工が彫刻した模様に、金属と宝玉の装飾が控えめな豪華さを醸し出す。木の清々しい香りが部屋にほのかに漂う。


やはり、彼女の選ぶものは一流だ。


いや、一流という言葉では足りないほどだ。


彼は付属のレコードをセットし、癒しの音楽が流れ出す。


【君の甘い笑顔 今も記憶に残っている……】

【春風に舞う花びらのように……】


昔の彼なら、こんな歌は聴かなかった。だが今日の彼は違っていた。


音楽を聴きながら、自然と女性の甘い笑顔とその後ろ姿が頭に浮かぶ。


気付けば、自分が相沢汐里のことを考えていて、急に息が荒くなった。


レコードプレーヤーを止め、息をつく。


自分は救いようもなく恋しているのか?


彼は書斎を出て、バーカウンターから酒を取り出し、一気に飲み干した。彼女のことは考えてはいけない、忘れなければならない!





夜、子どもたちが寝静まったころ、雪奈はやっと部屋を出た。


夜は静かで、使用人たちも帰っている。彼女は廊下で立ち止まり、真司がまだ書斎にいるのか、昔のように一人でいるのか気になった。


書斎の前まで来て、そっと耳を澄ませると、中からは何の音も聞こえない。そのとき、彼女の視線は隣の部屋に向いた。


あの夜、彼女は確かに相沢汐里が氷室蒼汰の部屋に入るのを見たことを思い出した。


雪奈は扉を開けて中に入った。


明かりをつけると、部屋の様子は以前と変わらない。真司はこの部屋に誰も入れないし、雪奈自身も普段は入らない。


部屋を見渡し、最後にベッドの上に視線が止まった。


そこには一本の髪の毛があった!


彼女はそれを拾い上げる。茶色の長い髪で、少しウェーブがかかっている。相沢汐里の髪の毛に違いない!


やはり、あの日彼女はここに来ていた。でもなぜ?


眠れなかったならリビングに行けばいいし、庭に出てもよかったはず。どうしてよりによってこの部屋なの?


まさか……


彼女は蒼汰を知っているのか、それとも天宮雪乃を?


あるいは……彼女こそが天宮雪乃?


この考えが浮かぶと、雪奈は自分で驚き、胸を押さえて心臓が激しく鼓動するのを感じた。


このところ、もともと平穏だった生活が、あの女の出現で一変してしまった。真司と一緒になってから、彼と本気で争ったこともなければ、手を上げられたこともなかった。けれど、あの女が現れてから、彼は何度も自分に手をあげるようになった。


考えれば考えるほど鳥肌が立つ。もし相沢汐里が本当に天宮雪乃だったら……その目的は明らかにできる。


自分を狙って、復讐しに戻ってきた!


しばらくして、雪奈はようやく気持ちを落ち着かせた。


今は自分を見失ってはいけない。まずは相沢汐里の正体を探らなければ。本当に天宮雪乃なのかを。だが、もし本当に天宮雪乃なら、どうして氷室将人と関わりを持つか、疑問は尽きなかった。


彼女は蒼汰の部屋のドアを静かに閉め、書斎の前を通るときまた耳を澄ませた。中は相変わらず静かなまま。


雪奈はそのまま寝室に戻ったが、ドアを開けた瞬間、思わず立ち止まった。


部屋には真司がいた。部屋のライトは柔らかな黄色の光で、彼はバスローブ姿でバスルームから出てきたところだった。上半身は裸で、引き締まった腕と胸板、腹筋は見事なラインが目を引く。男のフェロモンが彼女を包み込む。


「真司……」


雪奈は驚きを隠せなかった。真司がここで風呂に入るのは久しぶりだし、彼女の前でここまで無防備になるのも珍しい。


男は近づき、これまでにない優しい眼差しで彼女を見つめ、彼女の抱き寄せてキスをした。


雪奈は胸が高鳴り、真司の情熱にさっきまでの不安や苛立ちが溶けていった。


彼女は熱く応え、男のキスもさらに激しくなって……


彼はキスしながら手で彼女服をを乱暴に脱いだ。ビリッと音とともに服が床に落ち、大きな手で彼女のそこを強く揉みしだき、もう片方の手で彼女を抱えてソファへと運んだ。


彼は首筋に顔をうずめ、彼女の柔らかな肌に吸い付きはじめる。紅い蕾が彼の手の中でそびえ、長く抑え込んできた欲望を訴えていた。


雪奈は久しぶりの愛撫に、始まったばかりで既に耐えきれなくなっていた。彼女は小さく喘ぎ、男のバスタオルに手を……


真司は彼女の体からあの懐かしい香りを匂ったようだった。目を閉じ、夢中で雪奈を愛撫する。


ふと頭に浮かんだのは、あの小屋で灯りに照らされた女性の体。彼女が目の前で着替えている姿に、少し緊張しながらも、そこが微かに揺れているのがはっきりと目に焼きつく。


雪奈は驚いた。


――真司が、たっていたのだ!


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