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第65話 首を絞める

将人は外のソファに目を留めた。


「俺が選んだんだ。」


その話を聞いて雪奈が真司を見つめる目は、どこが皮肉しているように見えた。


無表情の真司だが心の中では波立っている。これは汐里の好みじゃなくて、氷室将人の趣味だったのか。


「どうして急にこれを聞いた?」


将人が雪奈に目を向け。


「何でもありません。ただこの前、私も家具を新しくしようと思ってて、留守の間お義姉さんが選んでくれたの。今日来てみたら、うちの家具とよく似ている。」


真司は即座に雪奈を鋭い目で見た。


雪奈は視線をそらし、知らないふりをする。


ふっと将人はにこやかに微笑んだ。


「汐里のセンスが高い、普通のものだと目に入らない。」


「確かにセンスがいいですね。」


雪奈は将人のことを賛成しているようにうなずく。





食事が終わると、家族みんなで車に乗り込んだ。


帰り道、真司は一言も口をきかず。家に着くと、雪奈は子どもたちをそれぞれ部屋に送り、洗面を済ませさせた。彼女がクローゼットで服を探していると、真司はすでに部屋着に着替えていた。雪奈がにこにこしながら声をかける。


「真司、先にお風呂に…………!!」


その言葉が終わる前に、真司は雪奈の首を絞め、怒りに満ちた目で彼女を見下ろす。


「一体、何を考えてる!?」


「真、司……!」


雪奈は愕然とし、夫の目つきはあまりにも怒りに満ち、見知らぬ人のようだった。


「雪奈、俺が何も言わないからって、全部水に流したと思うな。お前は汐里に謝るべきだ。いずれ必ず償うことになる。もし氷室将人の前でまた余計なことをしたら、絶対に許さない。」


雪奈はようやく状況を飲み込み、両手で真司の手から振りほどこうとしながら、失望を隠せない目で彼を見つめている。


「それで、彼女と何もないって言い続けられるの?まだ肝心なことを言ってないのに、そんなに動揺するなんて!」


「もう一度言ってみろ!」


その言葉に真司はさらに怒り出し、手に力を込めた。


雪奈は息ができなくなり、必死に真司の手を叩いた。


「ごめん、なさい……私が、間違った……お、お願い…………」


このまま殺されるのかと思った瞬間、真司は手を離した。


雪奈はその場に崩れ落ち、喉を押さえながら激しく咳き込んだ。涙ぐみながら、目の前の男を見上げる。


かつて自分を命がけで愛したはずの人なのに――!


真司は深呼吸している。こんなに怒るつもりはなかった、だけど感情を抑えきれなかった。


「真司……」


雪奈はゆっくり立ち上がり、じっと彼を見つめ、かすれた声で何度も聞き出したかったことを口にした。


「もう私のこと、愛していないの?好きじゃなくなったの?」


真司は目を閉じ、何度も深呼吸した。


「雪奈、お前は氷室将人がどんな男か分かってるのか?あいつは狼だ。そんな小細工、すぐ見抜かれる。」


目を開け、雪奈を真っ直ぐ見つめる。


「俺と相沢汐里の間は何もない、ただの仕事上の取引相手だ。だが、今日のお前の言葉は、あいつに疑いを抱かせるには十分だ。」


一歩前に出て、さらに圧をかける。


「山徳グループは氷室家のものだ。もし氷室将人が本気になれば、何時でも簡単に奪える。お前は俺がすべてを失うのを望んでいるのか!?家族がバラバラになるのを見たいのか!?」


雪奈は首を振り、ボロボロと涙をこぼした。


「そんなこと望んでない、ただ……ただ気になっただけ……」


「お前の小賢しさは俺の前だけにしておけ。氷室将人は違う!あいつなら指一本で、俺たちを滅ぼすことだってできるんだ!」


雪奈はようやく恐ろしさを覚え、自分の愚かさに気づいた。恐怖に駆られ、真司の手を握りしめて号泣し始めた。


「どうすればいいの?ねえ、真司、何か考えて!」


「もう運命に任せるしかない。お前の一言だけで、あいつが俺をどうこうすることはないはずだ。」


雪奈は本当に怯えていた。将人を怒らせたらどうなるのか、真司に見捨てられたらどうなるのか、不安でたまらない。彼女はさらに真司にしがみつく。


「ごめんなさい、ごめんなさい。許して……」


真司はため息をつき、最後にはやはり彼女を抱きしめた。


「これからはもっと考えてから話せ。」


「うん。全部真司に従うよ。」


雪奈は何度もうなずいた。


「ちょっと仕事がある。」


真司は彼女から離れ、書斎へ向かった。


雪奈は涙を拭き、嫉妬と憎しみが再び心の奥で渦巻く。もし氷室将人が、相沢汐里の正体が天宮雪乃だと知ったら、あの女はきっと地獄に落ちるだろう。




書斎にて、真司はパソコンを開いたものの、何一つ頭に入ってこない。


氷室将人が汐里に怒る場面ばかりが頭をよぎる。そしてスマートフォンで彼女からの不在着信を確認した。


しばらく葛藤したのち、ついに通話ボタンを押した。





電話が鳴ったとき、私は庭園の視察中だった。携帯に氷室真司の名前が示されている。


「相沢社長、どうぞ電話を。僕は一旦回避いたします。」


隣の人が配慮が良く自ら避けようとした。


私は軽く微笑む。


「お気遣いありがとうございます。重要な電話ではありませんので、そのまま続けましょう。」


携帯をマナーモードにしてバッグにしまった。


てっきり彼からはもう連絡が来ないだろうと思っていた。


視察が終わって椅子に座って休憩するとき、携帯をチェックした。すると不在着信が八件も入っていた。


あら、焦っているようだね。


また新しいメッセージが届いた。


氷室真司  【昨日、兄貴の家で食事したとき、雪奈が家のソファについて聞いた。兄貴との間に誤解が生じないといいが。】


ああ、そういうことか。つまり、私のことを心配してるのね。もちろん、自分の身も心配しているのだろう。彼も将人を敵に回したくないはず。


相変わらず私は返信しなかった。


彼にも音信不通のつらさを味わわせたい。かつて、彼が私にしたように……





ちょうどそのとき、将人から電話がかかってきた。


「もしもし……ボス、まだ休んでいないのですか?」


「そっちは順調か?」


電話向こうの男性は魅力的な低い声で返ってきた。


簡潔に私は業務の進捗報告をした。


「他にご指示はありますか?」


しばらく無言が続く、長すぎてもう将人は眠ってしまったのかと思った。


「……氷室真司の家具、あんたが選んだのか?」


突然変な質問をした。


「はい、私が選びました。」


「どういう経緯で?」


「氷室真司が発作を起こし家の中をめちゃくちゃにして、天宮雪奈が家出したんです。それで代わりに私が家具を選びました。天宮雪奈は暗い色が好きだけど、私はあえて明るい色を選んで、ブランドもまったく別のものにしました。」


クスクスと笑いながら話し続けた。


「さっきの話から聞くと、彼女は痛いところを突かれて少し焦っているようだね。」


しばらく沈黙が続く。


「ボス?私、何かまずいことをしましたでしょうか?」


少し不安になって将人を尋ねた。


「で、これから俺はどう動けば、あんたの芝居を壊さないで済む?」


私は考え込む。


「ええと……ボスは頭がいいから、私が教えることなんてないと思います……」


「うん。」


そのまま電話は切れた。


私は画面を見て苦笑した。


彼はいつもこうだ。





三日後、私は岡江市に戻った。


この三日間、氷室真司からはそれ以上の連絡がなかった。


将人が空港まで迎えに来てくれて、私の顔を細かく観察する。


「……痩せたな。何かあったのか?」


「ボスのために必死で働いて、ろくに食べられず、寝る時間もなかったんですよ」


そう言って笑いながらわざとボスを茶化すと、将人も小さく笑った。


「俺のせいじゃないだろ、それは。」


車に乗り込み、シートベルトを締めた将人の方を向く。


「それで、どこに連れて行ってくれるんですか?」


彼は鼻で笑ってから、ふっと視線をこちらに向けた。


「痩せるほど働かせたんだ、ちゃんとご褒美をあげないとな。あんたの好きなものを食べに行こう。」


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