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第2話

「おまえ、うるさい。こうなるから事前に話したのに、結局うるさいのかよ」

 雪哉くんが思い切り、呆れた顔をする。


 ……呆れられた。けど、呆れた顔もかっこいい……!


「ちょっと、星奈、うるさいよ」

 店の奥から女将さんが出てきた。この月縁堂は歴史だけは(失礼)古い、伝統がある和菓子店だ。

 女将さんは五十代前半の美魔女だ。紫の着物をきていて、髪をアップにしている。


「すいません」

 あたしはとりあえず謝る。


 女将さんは雪哉くんと見ると、パァっと花が咲くように笑顔になった。

「あら、久しぶり! イケメン坊や」


 イケメン坊やとは雪哉くんのことである。

 雪哉くんの両親が、まだご健在だった頃、この駅前のマンションに住んでいて、女将さんは小さい頃から雪哉くんを知っている。


「はは、イケメン坊やはもうやめてくださいよ」

 雪哉くんの態度が穏やかになる。もぅ! あたしの時には塩対応が当たり前のくせに!


「いい男になったねぇ。眼福させてもらったから、みたらし団子を三本あげるよ」

 そう言って、女将さんはわらび餅が入った袋の中に、みたらしだんごを入れた。


「このひとたらしが! なんてね」

 女将さんがそう言って笑う。あはは、「みたらし」と「ひとたらし」をかけているのかな。し、しょうもな……(失礼)


「はは。たらしだなんて、とんでもないですよ」

 雪哉くんが笑顔で否定した。


 ……しばらく見ないうちに大人になったなぁ、雪哉くん。医学部に入ってからぜんぜん見かけなくなったもんな……。いろんな時間にわざと出かけたりしてるのに……。昔みたいにバッタリ遭遇なんてないもんね……。


「ほら、この子なんてアンタがいると、仕事をしようともしないじゃないか。ほらとっとと会計しな、星奈」

 女将さんがあたしのほうを見た。


 ……え、やめてよ女将さん、恥ずかしいよ。あたしが雪哉くんばっかり見てるみたいな、そんな言い方。


「お会計は二万円です」

 あたしはレジを打った。


「おれは五百円のわらび餅、四つしか買ってないけどな。ずいぶん、高いんだな」

 雪哉くんのため息が聞こえた。


「こら、ばか星奈。ゼロがひとつ多いよ!! なにやってんだい!」

 女将さんの慌てた声が聞こえた。


「あ、すいません。お会計二千円です」

 あたしは慌てて、レジを打ち直した。雪哉くんが近くにいると無駄に緊張するんだよ。


「まったく、アンタは。好きな男の前ぐらいシャンとしな!」

 女将さんが少し乱暴な言い方をする。


「す、す好きじゃないです。こんなひと」

 あたしは慌てて否定した。


 ……やめてよ、女将さん。あたし雪哉くんにまだ好きとかそういうの、言ったことすらないんだよ? 


「なんだい。ちがうのかい? 好きじゃないのかい?」

 女将さんが怪訝そうな顔をする。


「はは。そいつがおれを好きなのぐらい知ってますよ」

 雪哉くんが余裕のある、大人の笑みを浮かべた。


 ……なっ!!


「ち、ちょっと勝手なこと言わないでよ。家がたまたま隣ってだけで、あたし一度も雪哉くんのこと、好きって言ったこと、ないじゃん!」

 あたしは赤くなりながら、否定する。


「へぇ、そうなんだ。じゃあ、さっきの件、問題ないな。では女将さん、また。みたらし団子ありがとう。じゃあな、星奈」

 そういうと、微笑しながら雪哉くんは店を出て行った。


 女将さんの前では笑うのに、あたしの前ではちっとも笑わない男、梅乃宮雪哉。


 いつか、絶対振り向かせてやるんだから、と思いつつ、もう十五年経つ。雪哉くんのことは小学校一年生の頃から好きだ。

 だってあんなにかっこいいひと、いないから……。


 彼氏でも作れば忘れられるのかな……。




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