「おまえ、うるさい。こうなるから事前に話したのに、結局うるさいのかよ」
雪哉くんが思い切り、呆れた顔をする。
……呆れられた。けど、呆れた顔もかっこいい……!
「ちょっと、星奈、うるさいよ」
店の奥から女将さんが出てきた。この月縁堂は歴史だけは(失礼)古い、伝統がある和菓子店だ。
女将さんは五十代前半の美魔女だ。紫の着物をきていて、髪をアップにしている。
「すいません」
あたしはとりあえず謝る。
女将さんは雪哉くんと見ると、パァっと花が咲くように笑顔になった。
「あら、久しぶり! イケメン坊や」
イケメン坊やとは雪哉くんのことである。
雪哉くんの両親が、まだご健在だった頃、この駅前のマンションに住んでいて、女将さんは小さい頃から雪哉くんを知っている。
「はは、イケメン坊やはもうやめてくださいよ」
雪哉くんの態度が穏やかになる。もぅ! あたしの時には塩対応が当たり前のくせに!
「いい男になったねぇ。眼福させてもらったから、みたらし団子を三本あげるよ」
そう言って、女将さんはわらび餅が入った袋の中に、みたらしだんごを入れた。
「このひとたらしが! なんてね」
女将さんがそう言って笑う。あはは、「みたらし」と「ひとたらし」をかけているのかな。し、しょうもな……(失礼)
「はは。たらしだなんて、とんでもないですよ」
雪哉くんが笑顔で否定した。
……しばらく見ないうちに大人になったなぁ、雪哉くん。医学部に入ってからぜんぜん見かけなくなったもんな……。いろんな時間にわざと出かけたりしてるのに……。昔みたいにバッタリ遭遇なんてないもんね……。
「ほら、この子なんてアンタがいると、仕事をしようともしないじゃないか。ほらとっとと会計しな、星奈」
女将さんがあたしのほうを見た。
……え、やめてよ女将さん、恥ずかしいよ。あたしが雪哉くんばっかり見てるみたいな、そんな言い方。
「お会計は二万円です」
あたしはレジを打った。
「おれは五百円のわらび餅、四つしか買ってないけどな。ずいぶん、高いんだな」
雪哉くんのため息が聞こえた。
「こら、ばか星奈。ゼロがひとつ多いよ!! なにやってんだい!」
女将さんの慌てた声が聞こえた。
「あ、すいません。お会計二千円です」
あたしは慌てて、レジを打ち直した。雪哉くんが近くにいると無駄に緊張するんだよ。
「まったく、アンタは。好きな男の前ぐらいシャンとしな!」
女将さんが少し乱暴な言い方をする。
「す、す好きじゃないです。こんなひと」
あたしは慌てて否定した。
……やめてよ、女将さん。あたし雪哉くんにまだ好きとかそういうの、言ったことすらないんだよ?
「なんだい。ちがうのかい? 好きじゃないのかい?」
女将さんが怪訝そうな顔をする。
「はは。そいつがおれを好きなのぐらい知ってますよ」
雪哉くんが余裕のある、大人の笑みを浮かべた。
……なっ!!
「ち、ちょっと勝手なこと言わないでよ。家がたまたま隣ってだけで、あたし一度も雪哉くんのこと、好きって言ったこと、ないじゃん!」
あたしは赤くなりながら、否定する。
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、さっきの件、問題ないな。では女将さん、また。みたらし団子ありがとう。じゃあな、星奈」
そういうと、微笑しながら雪哉くんは店を出て行った。
女将さんの前では笑うのに、あたしの前ではちっとも笑わない男、梅乃宮雪哉。
いつか、絶対振り向かせてやるんだから、と思いつつ、もう十五年経つ。雪哉くんのことは小学校一年生の頃から好きだ。
だってあんなにかっこいいひと、いないから……。
彼氏でも作れば忘れられるのかな……。