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第3話

 ……あたし、雪哉くんと暮らすの? いつから? うそでしょ。夢みたい……。

 雪哉くんの姿が完全にちりレベルになるまで、あたしは外を眺めていた。


「ほら、さっさと閉めて帰るよ!」

 女将さんの声で現実に戻される。


「あ、はぁい!」

 あたしは自動扉のスイッチを切ろうと、ボタンに手を伸ばした時、若旦那こと、月本つきもと志郎しろうさんが、あたしより早くスイッチを切ってくれた。


「あ、ありがとうございます!」

 あたしは志郎さんにお礼を言った。


「……なぁ、さっき来てたのって、雪哉くんか?」

 志郎さんがあたしに尋ねてきた。和菓子屋の跡取り息子の志郎さんは、なぜだか黒い髪を背中まで伸ばしている。背が雪哉くんよりも高いし、あたしの友達は彼をかっこいいと言う。  


「そうです。久しぶりでした」

 久々の雪哉くん、相変わらず、塩対応だったな。海水より辛いよ……。


「そっか……。そんなことより、星奈、映画のチケットが手に入ったんだけど、今週日曜一緒に行かへんか? 『でッちあげモン』っていう映画なんだけど、教師がなんか生徒やら保護者にゆるキャラ疑惑をでッちあげられて、最後はホンマにゆるキャラになるっていう、おもろそうな内容のやつやで?」

 大阪の大学に通っていた志郎さんは、関西弁が抜けないらしい。


 ……でッちあげられて、ゆるキャラ?? どーゆー映画?


「あ、ごめんなさい。その日はちょっと……」

 雪哉くんと暮らす、そんなスーパー一大イベントを前に予定なんか入れられないよ……。


「ほーか、なら他をあたるわ」

 志郎さんの視線があたしから別なところに流れて、何事もなかったかのように、厨房に戻って行った。


 志郎さん……、時々、こうしてあたしを遊びに誘ってくれるんだよね。何回か遊んだけど、いつもなぜか女将さんセットなんだ。 


 ***


「た、ただいまぁ~!!」

 あたしは玄関の重たいドアを開ける。


「お、お嬢様! ご連絡をいただければ、この駒塚こまづか、迎えに行きましたのに、なぜにいつも徒歩で帰って来られるのです?」

 執事の駒塚が忙しなく、赤い絨毯の上を走ってきた。息が上がってる。駒塚は齢六十近い。すっかり髪も薄く、白くなったけど、うちの大事な執事。


「いいの、いいの! 歩きたい気分なの! それよりお母さんは?」

 駒塚の立場もあるだろうけど、歩かないと雪哉くんとバッタリ遭遇できるチャンスが減るじゃない。確率は少しでもあげないと。


 雪哉くん、遭遇なんて、クマに遭うような言い方しちゃってごめんね……。

 でも、あたしにとって雪哉くんに会えるのは、今となってはそのぐらい珍しいことなんだよ。


「あらぁ、おかえり~、星奈ちゃん」

 母があたしを出迎えてくれる。


 ……今日もゴリゴリの全身ブランド服だが、イヤミなく、着こなせるのはお母さんぐらいだよ。


 母はストレートの黒髪で清楚という言葉がよく似合いそうな可憐な美人。若く見える自慢の母。


「ねぇ! あのさぁ〜、雪哉くんがここに住むってほんと!?」

 開口一番にあたしは尋ねる。


「本当よ! 星奈ちゃん。良かったわねぇ!」

 母が目を細めて、あたしに満面の笑顔を向けた。


 そう、あたしが雪哉くんに十五年も片想いしてることを知ってるのは、母だけ。

 自分の部屋から、雪哉くんの勉強する姿を何時間も眺めているところを、庭にいた母に見られていたのが始まり。

 今では昼間もカーテンがきっちり閉められている、雪哉くんの部屋。寂しい……。


 でも、今はそんなことはどうでもいい……!


「ほんとにぃ! ヤッタァ!」

 あたしは母と手を叩き合って喜ぶ。


「さぁ、お祝いしましょうね。駒塚、今夜はパーティよ」

 母が駒塚にお祝いの準備を始めるように促した。


 ……主役の雪哉くんはいないけど、相変わらず、お母さんってばお祝い事好きだな。今夜は『雪哉くん同居決定パーティ』といった名目かな?


 そう、あたしの家は結構なお金持ち。家族はあたしをのぞいて全員が東大なんだ。父が大きな製薬会社を経営してる。
















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