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第5話

 父と兄が会社の車で同時に帰宅した。


「おかえり~。お父さん、お兄ちゃん」

 あたしはバタバタと足音を立てて、二人を迎えにいった。


「ただいま~。星奈。今日はずいぶん可愛い服を着ているじゃないか。よく似合ってるぞ」

 父があたしのこの格好を見て、頬を緩めた。


 今日はリボンがついた、フリフリのピンクのチュニックにホットパンツを着ている。

 あたし脚にだけは自信があるんだ。だって毎日、家で美脚トレーニングしてるからね。


 そう、いつ雪哉くんに遭遇してもいいように、あたしは常に可愛い格好をして、職場以外ではバッチリメイクしているのだ。いつ何時バッタリ会ってもいいようにね。女は努力だよ。


「……はぁ、疲れた。星奈、和菓子ないか?」

 兄である、立花いつきはあたしの顔を見ると和菓子、甘いものって口にする。もはや口癖だ。

 兄は甘いものが大好きだけど、筋トレも欠かさないから、少しマッチョすぎるあたしのお兄ちゃん。いつもスーツがパッツパツだよ。スーツを着てなかったら、サラリーマンには見えないよ。短髪で筋肉もりもりの外見はスポーツマンにしか見えない。


 ……お兄ちゃん、筋肉で今日は一段とボタンが弾け飛びそうだよ。


「ごめんね〜。今日は和菓子はないよ、お兄ちゃん。でもね、今夜はパーティだから、甘~いデザートがたっくさん出るよ!」

 元気いっぱいのあたしとは対照的に、元気がない兄。最近仕事が超忙しいらしい。


「はぁ、またパーティか……」

 ため息混じりに話す兄。


「うん! 雪哉くんたちがしばらく家に住むから、それを記念してお母さんがパーティしましょって」


「な、なに? 雪哉くんがここに住むのか?」


「え? なにも聞いてなかったの、お兄ちゃん」


「まさか、ここにタダで住む気じゃないよな?」


「え、家がお隣だし、もう十五年も前からのお付き合いなんだよ。別にいいじゃない。そんなケチケチしなくたって……」


「星哉は公務員だから副職は厳しいが、雪哉は使えそうだな……」

 兄はそれだけいうと、悪代官みたいな顔をして自分の部屋に消えていった。


 ***


 みんなでワイワイ、『雪哉くん同居決定パーティ』を楽しむ。

この名目を謳ってるのはあたしと、母だけ。父と兄はしょっちゅう開かれるパーティがなんなのか、さして興味もない様子。 


「おぉ! このワインは最高だな。駒塚。どこで仕入れた?」

 父がワインを片手に駒塚に話しかける。ワインソムリエの資格を持つ駒塚は、父の好みのワインを知り尽くしている。


 駒塚が父となにやら話をしながら、笑顔で丁寧に頭を下げる。


「ほんと、お魚も美味しいわね。お口の中でとろけるわぁ」

 母がサーモンのマリネを楽しみながら、微笑む。


「まったくパーティばっかりして、うちのエンゲル係数も少しは考えろよ、母さん」

 東大の経済学部を出た兄は数字にはうるさい。


「いいじゃないの。人生、今を楽しまなきゃ。ケチくさいことばかり言ってると、いつまで経ってもお嫁さんがきませんよ、お兄ちゃん」

 母がぶつぶつ言いながら食事をする兄をなだめる。


「ふふふ」

 そんないつもの光景を見て、あたしは微笑む。菜奈ちゃんは誘ったけど『そんな暇はない。だいたいなんのパーティよ』ってそっけない返事だった。


 そう、これがあたしの家の日常。温厚な父に、明るく美人な母、数字にはうるさいけど、父の会社の跡取りで頼りになる兄。


 それが壊れる時が来るなんて、この時のあたしは想像もしていなかった。


「あ、あれ、揺れてる……!?」

 突然、シャンデリアがゆらゆら動き出した。


 地震?


 その時、グシャ、ガコーン、ドーン。ドガシャーンってお隣から、なにかが壊れる大きな音がしたんだ。













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