父と兄が会社の車で同時に帰宅した。
「おかえり~。お父さん、お兄ちゃん」
あたしはバタバタと足音を立てて、二人を迎えにいった。
「ただいま~。星奈。今日はずいぶん可愛い服を着ているじゃないか。よく似合ってるぞ」
父があたしのこの格好を見て、頬を緩めた。
今日はリボンがついた、フリフリのピンクのチュニックにホットパンツを着ている。
あたし脚にだけは自信があるんだ。だって毎日、家で美脚トレーニングしてるからね。
そう、いつ雪哉くんに遭遇してもいいように、あたしは常に可愛い格好をして、職場以外ではバッチリメイクしているのだ。いつ何時バッタリ会ってもいいようにね。女は努力だよ。
「……はぁ、疲れた。星奈、和菓子ないか?」
兄である、立花
兄は甘いものが大好きだけど、筋トレも欠かさないから、少しマッチョすぎるあたしのお兄ちゃん。いつもスーツがパッツパツだよ。スーツを着てなかったら、サラリーマンには見えないよ。短髪で筋肉もりもりの外見はスポーツマンにしか見えない。
……お兄ちゃん、筋肉で今日は一段とボタンが弾け飛びそうだよ。
「ごめんね〜。今日は和菓子はないよ、お兄ちゃん。でもね、今夜はパーティだから、甘~いデザートがたっくさん出るよ!」
元気いっぱいのあたしとは対照的に、元気がない兄。最近仕事が超忙しいらしい。
「はぁ、またパーティか……」
ため息混じりに話す兄。
「うん! 雪哉くんたちがしばらく家に住むから、それを記念してお母さんがパーティしましょって」
「な、なに? 雪哉くんがここに住むのか?」
「え? なにも聞いてなかったの、お兄ちゃん」
「まさか、ここにタダで住む気じゃないよな?」
「え、家がお隣だし、もう十五年も前からのお付き合いなんだよ。別にいいじゃない。そんなケチケチしなくたって……」
「星哉は公務員だから副職は厳しいが、雪哉は使えそうだな……」
兄はそれだけいうと、悪代官みたいな顔をして自分の部屋に消えていった。
***
みんなでワイワイ、『雪哉くん同居決定パーティ』を楽しむ。
この名目を謳ってるのはあたしと、母だけ。父と兄はしょっちゅう開かれるパーティがなんなのか、さして興味もない様子。
「おぉ! このワインは最高だな。駒塚。どこで仕入れた?」
父がワインを片手に駒塚に話しかける。ワインソムリエの資格を持つ駒塚は、父の好みのワインを知り尽くしている。
駒塚が父となにやら話をしながら、笑顔で丁寧に頭を下げる。
「ほんと、お魚も美味しいわね。お口の中でとろけるわぁ」
母がサーモンのマリネを楽しみながら、微笑む。
「まったくパーティばっかりして、うちのエンゲル係数も少しは考えろよ、母さん」
東大の経済学部を出た兄は数字にはうるさい。
「いいじゃないの。人生、今を楽しまなきゃ。ケチくさいことばかり言ってると、いつまで経ってもお嫁さんがきませんよ、お兄ちゃん」
母がぶつぶつ言いながら食事をする兄をなだめる。
「ふふふ」
そんないつもの光景を見て、あたしは微笑む。菜奈ちゃんは誘ったけど『そんな暇はない。だいたいなんのパーティよ』ってそっけない返事だった。
そう、これがあたしの家の日常。温厚な父に、明るく美人な母、数字にはうるさいけど、父の会社の跡取りで頼りになる兄。
それが壊れる時が来るなんて、この時のあたしは想像もしていなかった。
「あ、あれ、揺れてる……!?」
突然、シャンデリアがゆらゆら動き出した。
地震?
その時、グシャ、ガコーン、ドーン。ドガシャーンってお隣から、なにかが壊れる大きな音がしたんだ。