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第7話

「なんてこと……」

「これはひどい」

 父と母が瓦礫の山を見て、そう言った。


 え? さっきまであんな幸せだったのに? これ現実?


「う、ううっ、ゆ、雪哉くん、死んじゃった……」

 あたしは地面に両手、両膝をついて失意のどん底にいた。


「おい。勝手にひとを殺すな」

 あたしの背後から雪哉くんの声がした。


「え?」

 この塩ハスキーボイスは……! 

 あたしが顔を上げると、そこには雪哉くんと星哉さんと鈴さんがいた。


「ぶ、無事だったんだねぇ~っ! 心配したんだよぉ!!!」

 あたしは嬉しくて、立ち上がって雪哉くんに飛びつこうとしたけど、片手でおでこを押されて、制止された。

 うっ、近づくことすら叶わない。


 ……なっ! ち、ちょっとぐらいいいじゃない。本物かどうかを確かめる必要性もあるし(めちゃくちゃな言い訳)


「今日はばぁちゃんの誕生日で、ケーキを買いに行ってたんだよ」

 雪哉くんがケーキの箱を持ち上げた。相変わらず、この状況下でも海水対応だった。



「あぁ、うちがとうとう、こんな状態に……。みなさま、ご迷惑をおかけしてすみません」

 鈴さんが頭を下げて謝る。近所のひとたちが「無事でよかった」と安堵の色を浮かべて、次々と家に帰っていく。


「ばぁちゃんがケチって、ここまで粘るから倒壊したんだぞ。だいたい雨漏りもしてる時点でアウトだろ」

 雪哉くんは鈴さんにも塩対応だった。もう限界だったと言わんばかりだ。


「しかし、これは参ったな。家の中に物が置きっぱなしだ」

 聖哉さんの眉が下がる。


 雪哉くんと星哉さんのご両親は、もうこの世にいない。十五年前に事故で亡くなったんだ。それ以来、祖母の鈴さんと聖哉さん、雪哉くんの三人で暮らしてきたんだ。


 ……そのお家が今日、なくなっちゃった……。あたしにも思い出深い場所……。

 もう二階から雪哉くんをこっそり眺めることすらできないのか。


「梅乃宮さん、無事でなによりです」

「ほんと、ほんと。大きな物音がしたから、心配してたのよ」

 父と母だった。


 この住宅街で地震により、全壊したのは梅乃宮家だけだった。


「梅乃宮さん、時期は早まったけど、よかったら今日からでも、うちにいらして」

 母が鈴さんに声をかけた。もともと建て替えなきゃいけなかった家らしいが、まさか今日倒壊してしまうなんて……。

 こんなことってある?


 雪哉くんは壊れた家を眺めていた。その目は少し憂いを帯びていて、悲しい色がそのまま出ていた。


 ……きっと思い出とかそういうの、たくさん詰まっていたんだろうな。 


「両親の写真もこれじゃ無事かわからないな……」

 雪哉くんが大きくため息をついた。


「あんたの親の写真、あたしが取ってくるわよ!」

 凛とした、その声は菜奈ななちゃんだった。水色のブラウスに細身のジーンズを履いている。

 髪はベリーショートで、真っ黒だ。口紅だけは真っ赤に塗られていて、薄暗い夜でもはっきりわかるぐらいだ。


 えぇえ? いつからそこにいた? ぜんぜん気づかなかったよ⁉︎


 菜奈ちゃんは壊れた建物に近づき、スマホのライトを頼りに、がさごそとあたりを探し始めた。


「菜奈ちゃん、危ないわよ」

「菜奈、やめないか」

「菜奈お嬢様、おやめください」

 父も母も駒塚も菜奈ちゃんを止めた。


「やめろよ! 菜奈。なにしてんだ」

 雪哉くんも強い口調で菜奈ちゃんを止めた。


 そうやって、みんなが菜奈ちゃんを止めたけど、菜奈ちゃんは消防と警察が来るまで、雪哉くんのご両親の写真を探し続けたんだ。


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