「なんてこと……」
「これはひどい」
父と母が瓦礫の山を見て、そう言った。
え? さっきまであんな幸せだったのに? これ現実?
「う、ううっ、ゆ、雪哉くん、死んじゃった……」
あたしは地面に両手、両膝をついて失意のどん底にいた。
「おい。勝手にひとを殺すな」
あたしの背後から雪哉くんの声がした。
「え?」
この塩ハスキーボイスは……!
あたしが顔を上げると、そこには雪哉くんと星哉さんと鈴さんがいた。
「ぶ、無事だったんだねぇ~っ! 心配したんだよぉ!!!」
あたしは嬉しくて、立ち上がって雪哉くんに飛びつこうとしたけど、片手でおでこを押されて、制止された。
うっ、近づくことすら叶わない。
……なっ! ち、ちょっとぐらいいいじゃない。本物かどうかを確かめる必要性もあるし(めちゃくちゃな言い訳)
「今日はばぁちゃんの誕生日で、ケーキを買いに行ってたんだよ」
雪哉くんがケーキの箱を持ち上げた。相変わらず、この状況下でも海水対応だった。
「あぁ、うちがとうとう、こんな状態に……。みなさま、ご迷惑をおかけしてすみません」
鈴さんが頭を下げて謝る。近所のひとたちが「無事でよかった」と安堵の色を浮かべて、次々と家に帰っていく。
「ばぁちゃんがケチって、ここまで粘るから倒壊したんだぞ。だいたい雨漏りもしてる時点でアウトだろ」
雪哉くんは鈴さんにも塩対応だった。もう限界だったと言わんばかりだ。
「しかし、これは参ったな。家の中に物が置きっぱなしだ」
聖哉さんの眉が下がる。
雪哉くんと星哉さんのご両親は、もうこの世にいない。十五年前に事故で亡くなったんだ。それ以来、祖母の鈴さんと聖哉さん、雪哉くんの三人で暮らしてきたんだ。
……そのお家が今日、なくなっちゃった……。あたしにも思い出深い場所……。
もう二階から雪哉くんをこっそり眺めることすらできないのか。
「梅乃宮さん、無事でなによりです」
「ほんと、ほんと。大きな物音がしたから、心配してたのよ」
父と母だった。
この住宅街で地震により、全壊したのは梅乃宮家だけだった。
「梅乃宮さん、時期は早まったけど、よかったら今日からでも、うちにいらして」
母が鈴さんに声をかけた。もともと建て替えなきゃいけなかった家らしいが、まさか今日倒壊してしまうなんて……。
こんなことってある?
雪哉くんは壊れた家を眺めていた。その目は少し憂いを帯びていて、悲しい色がそのまま出ていた。
……きっと思い出とかそういうの、たくさん詰まっていたんだろうな。
「両親の写真もこれじゃ無事かわからないな……」
雪哉くんが大きくため息をついた。
「あんたの親の写真、あたしが取ってくるわよ!」
凛とした、その声は
髪はベリーショートで、真っ黒だ。口紅だけは真っ赤に塗られていて、薄暗い夜でもはっきりわかるぐらいだ。
えぇえ? いつからそこにいた? ぜんぜん気づかなかったよ⁉︎
菜奈ちゃんは壊れた建物に近づき、スマホのライトを頼りに、がさごそとあたりを探し始めた。
「菜奈ちゃん、危ないわよ」
「菜奈、やめないか」
「菜奈お嬢様、おやめください」
父も母も駒塚も菜奈ちゃんを止めた。
「やめろよ! 菜奈。なにしてんだ」
雪哉くんも強い口調で菜奈ちゃんを止めた。
そうやって、みんなが菜奈ちゃんを止めたけど、菜奈ちゃんは消防と警察が来るまで、雪哉くんのご両親の写真を探し続けたんだ。